21話 守り主が守る物
何に使うのかもよくわからないマルティネグラスという薬草を手に入れることになった朔は情報を集めるため、朝早くからアルダーの元を訪れていた。
「うーん。マルティネグラスですかぁ.....聞いたことはありますが死霊術には使わないので扱ったことはないですねぇ。マルティネグラスを主食とする守り主がいるそうなので気をつけてくださいね。」
朝早くにも既に起きていたアルダーは片手に試験管のような道具を持ちながら出てきてくれた。
だが研究で忙しいのか朔の質問に短く答えると、すぐに自身の研究室へと戻った。
マルティネグラスがあるマルス山はマルティネス邸の真後ろに隣接している大きな山であった。
だがマルティネス邸から登るにはあまりにも傾斜が高いので、朔は一度街を出て遠回りの登山をすることにした。
マルティネス邸はマルティネス領が一望できる高台に立っており、アルダーの研究室も同じ高台の立っている。
見渡すと早朝のマルティネスでは舟を出して漁に出る人や市場の準備を始める人たちで忙しそうに活気づいていた。
朔が高台から下町に降りるなだらかな坂を下っていると、朝早くから獣人の子供が木の枝を持って駆け下りていった。そしてそのあとを桑と袋を持ったお獣人の父さんゆったりと歩いてついていく。
朔は親子の顔に見覚えがあった。
普段からマルティネス家で食べている野菜を作ってくれている農家のひとだった。
「おーい、そこのぼうやー」
朔が子供を呼び止めると勢い良く走っていた子供は急ブレーキをかけて立ち止まった。
朔が子供に駆け寄ると、子供は不思議そうに朔の顔を見つめた。
「黒目と黒髪って珍しいね、クロエ様みたい。」
そう言った子供にお父さんが駆け寄ってきて慌てて口を塞ぐ。
「すみません!!フィリム様!まだこの子、全員の顔を覚えてなくて....」
そう言って謝るお父さんに、朔が「逆に声をかけちゃって申し訳ない」と言うとお父さんは「とんでもない」と頭を横に振った。
朔は自身のカバンから飴玉を2個取り出すと子供に渡した。
物は試しと子供が一つ口に入れると、とても可愛げのある顔でにっこりと笑った。
その様子を見て飴玉を子供から受け取ったお父さんも口に入れる。
お父さんは驚いた顔をして朔を見た。
「これは.....砂糖?ですか。とても美味しい。」
2人は「ありがとう」と言って深くお辞儀をすると坂の途中の脇道に入っていった。
飴玉は朔が作ったものである。
この世界で砂糖は特段珍しくはないが、朔が前居た世界のように煮詰めて砂糖を取り出す方法で作ってはいなかった。前の世界ではサトウキビなどから砂糖を取っていたが、この世界ではシュガーウッドという砂糖を結晶として生み出す肉食の木があった。
危険度はそこまで高くない。
甘い匂いにつられる虫や小動物を捕食して生きている木である。
この世界ではそんな木から取れる砂糖の結晶を砕いて料理に使っていた。
シュガーウッドから取れる結晶はとても甘ったるくとても食べれたものではないが、朔はどうしても飴玉が食べたくなり冬の間に試行錯誤をして飴玉を作り上げていたのだ。
そんなことがあり坂を下りきって商店街やギルドを通り過ぎると、いつもの北門に到着した。
北門にはいつも通りおじさんが立っている。
「おはよう、フィリム君。こんな朝早くからご苦労様。」
「それはおじさんこそですよ。」
朔は一言挨拶を返すと東に進んでマルス山を目指した。
北門の前は草原が広がっているが、壁沿いを東に進むと森が見えてくる。
さらに森を東に進むとマルス山のなだらかな傾斜に差し掛かった。
山の栄養分で養われた広大な森は様々な音がする。
風で木々がこすれる音、動物が走る音、虫や鳥が鳴く音。
それら全てが合わさり朔に山が1体の生物のように生きているようにも思わせた。
マルス山の頂上は南にあるためここからは南に向かうのだが、マルス山は南東に曲がっているためカーブしながら南の頂上に向かうことになる。
朔が歩いていると、ガサゴソと草むらが音を立てて3体の牛がかき分けて出てきた。
鋭い角を持っておりそれで攻撃されたら痛そうである。
朔はその牛に見覚えがあった。それは異世界に転移して初日、朔が初めて倒したライトホーンだった。
「エネルギア。」
朔は牛に向かってナイフを投げる。
以前は振りかぶっての投擲しかできなかったが、冬の訓練によって下投げが出来るようになっていた。
手首のスナップだけで投擲されたナイフはエネルギアによって急加速し、弾丸のようにライトホーンに突き刺さった。一体のライトホーンが倒れ込むと2匹のライトホーンが突進して朔を攻撃しようとするが一体は蹴り上げられて転倒し、もう一体は振り下ろされた大太刀によって首を断たれた。
その間僅か2分。
以前とは違い、朔はカップ麵を作るよりも早くライトホーンを倒せるようになっていた。
朔は転倒したライトホーンの首を切ると、血抜きを済ませ収納袋に入れる。
みるみるうちに小さくなった収納袋は朔のカバンにしまわれた。
「ふぅ、最初は血とか怖かったけど流石に慣れてきたな。命が戦うのは楽しいって言ってた意味が分かる気がする。」
その後は猛獣や魔獣に遭遇することなくすんなりと頂上付近まで登ることができた。
頂上付近はあまり木など生えておらず草花が少し岩肌を覆っていた。
「(!・・)80m先Aランクレベルの魔力量を検知。気をつけてください。」
朔がシズテムの警告を聞き、気を付けて坂を上るとお城が立てれそうな盆地が広がっている。
生き物が居そうな気配はなく、足を踏み出せば足音がはっきりわかるほど静まり返っていた。
「大蛇だ。」
そこにいたのは体長10mはありそうな真っ赤な大蛇だった。
大蛇はとぐろを巻き、静かに眠っている。
そして大蛇の後ろには小さな祠がある。
祠の周りには炎を花にしたようなとても美しい花があった。
「あれがマルティネグラス。」
朔はジッと大蛇を見つめる。
巨大な大蛇を魔力感知で見ると莫大な魔力が内側からあふれ出ている。
「うん。シズテム。帰るか。」
「(’’’・・)ダメです主」
朔が冗談で帰ろうというとシズテムが即刻否定する。
10mという巨体は朔のエネルギアの弱点であった。
エネルギアのエネルギー増減の条件として効果範囲内に全て収まっていないと効果が適応されないという条件がある。
効果範囲内半径4mのエネルギアだと、10mの大蛇に押しつぶされて終わりである。
それなら遠距離攻撃しかないが、あの分厚い皮膚はどれだけ朔がナイフを投擲したところで傷をつけれそうにない。
「武気術・6%。」
朔の体が武気術によって強化される、朔の体は内側から魔力で強化され全身を覆うように魔力の流動層が形成された。ルシアや命に比べるとまだまだ不完全だが一応武気術の形をなしている。
朔はエネルギアで足音の音エネルギーを減少させて、音もなく走りこんだ。
マルティネグラスまであと20m。
大蛇の横を通り過ぎようとすると、朔の体はさっきいた場所まで突き飛ばされていた。
背後にあった岩にぶつかり山から落下することは免れたが、勢い良く岩に強打した背中はじんじんと痛みが走りっていた。ひび割れた岩を見ると普通の人間なら即死級であることが伺える。
エネルギアと武気術、どちらかが欠けていれば朔は大怪我になっていた。
マルティネグラスから朔が離れたことを確認した大蛇は再び静かに目を閉じる。
次、朔は走って通り過ぎるのではなく、こっそりとゆっくり近づくことにした。
だが結果はおなじで20mほどまで近づくと見えないほど早い攻撃で後ろの大岩にぶつけられる。
「赤外線か。」
朔はそう結論付けた。
エネルギアで自身から発生する微弱な赤外線を減少させる。
その判断は間違っていなかったゆっくりと忍び足で近づいていくが、大蛇は目を開けることなく静かにそこに立たずんでいる。朔はビクビクしながら大蛇の横を通り過ぎて祠の前までやってきた。
朔はマルティネグラスを取る前にどうしても気になって、僅かに空いた祠の扉から中をのぞいた。
「っつ!!これって。」
朔が見たものは折れた日本刀だった。
既に刀身はほとんどさびており、微かに光陽と書かれた文字が見える。
朔がよく見ようと足を踏み出したとき、足元でぱきっと音が鳴った。
焦った朔がエネルギアを展開するが、朔に衝撃は来なかった。
恐る恐る朔が後ろを振り向くと、大蛇の尻尾を片腕で受け止めているアルダーがいた。
「そんなに驚かないでください。私は死霊術師ですが、決して肉弾戦ができないわけじゃありません。」
アルダーはそう言うと、大蛇の尻尾を抑えていた腕でノックをするように大蛇を殴る。
すると大蛇のし尻尾は大きく吹き飛ばされた。
アルダーは大蛇の顔に向かって試験管を投げつける。
試験管が割れた瞬間、中の液体が青色の煙となって大蛇の顔を包んだ。
朔には手も足も出なかった大蛇が頭を落として目をつぶる。
小さく上下に膨らむ様子から大蛇が完全に眠りについていることが窺われた。
「やっぱりあなたにはその文字が読めるのですね。それにしても素晴らしい。あのマルティスネークの感知をかいくぐってここまでたどり着くなんて。」
朔がどうしてここにという顔をするとアルダーは高笑いをしてマルティネグラスを摘み取った。
「あっはっはっは笑。私はただ新作の眠り薬を試すついでに手助けでもしてあげようと思っただけですよ。まぁその必要はなかったようですが。」
そう言ったアルダーが魔法を発動させると、何かがパリンと音を立てて割れた。
割れた音のする先を見るとクロエが立っていた。
「はぁ、やっぱり貴方は気づいてたんですね。アルダー」
「もちろん、心配で揺れてる思考がよく見えてましたよぉ?」
そういわれたクロエが心底面倒くさそうな顔をしてため息をつく。
だが、そんな様子をみたアルダーは、にやにやと笑ってとても楽しそうだった。
「流石クロエさんです、極小の牢を特殊な手袋型の魔道具を使って纏ってたんですねぇ。」
「そうやって人の魔法を初見で見破るところも嫌いです。」
朔がマルティネグラスを摘んでいる間もずっと掛け合いをしており、仲が悪いという事ではなさそうだった。だが基本的にずっとアルダーのペースであるのがクロエが嫌なようで、段々とまともな返事をすることが減っていっていた。
「クロエさん、今回のってもしかして俺にあの祠を見せる為だった?」
「えぇ、そうですねそれもありますけど、入学試験に向けてのちょっとした力試しですよ。頑張りましたね。」
そう言ってクロエは笑うと、ちょっかいをかけてくるアルダーを結界を使って無理矢理引きはがす。
「なんでそんなことするんですかぁ」というアルダーを見てクロエはクスクスと面白そうに笑っていた。
祠とマルティネグラスを守る主・マルティスネーク
マルス山だけに生息するAランク魔獣。
マルス山全てを縄張りとしている食物連鎖の頂点、だが縄張り意識は低く自身の力の源であるマルティネグラスに近づくもの以外は食事の時以外で攻撃しない。10mの巨体から放たれる鞭のような尻尾はほとんどの冒険者を寄せ付けない。ここまで強く成長するのはずっとマルティネグラスを食べることで濃い魔力を蓄えるからだと言われている。祠はついでに守っているだけである。




