20話 始剣を持たざる者
「リヌイ・マルティネスの炎に比べたらお粗末。精々目くらましってとこね。」
豪火に飲み込まれたアナスタシアは煩わしい小虫を払うように手を振った。
先ほど体当たりをしようとしてきた朱雀が再びアナスタシアに向かって突進する。
アナスタシアは振り向いて確認すると、反発で跳ね返すのではなく自身の手で拳を作った。
「拡張技巧・皎撃」
朱雀に向かって空を突いたアナスタシアの拳は、衝撃波を生み出し朱雀の5枚の羽根を打ち砕いた。
羽根を失い落下する朱雀の元に、自身を空間から反発することによって一瞬で移動したアナスタシアが現れる。
アナスタシアはゆったりと落下する朱雀を流れるように上に蹴り上げた。
朱雀は真っ直ぐと打ち上げられる。
再び瞬間移動したアナスタシアは、自身の手によって打ち上げられた朱雀に最後のとどめだと言うかのように、皎撃を直接叩き込んだ。再び周囲に衝撃波が広がり、朱雀は地面へと叩きつけられて息を絶ち地面の岩肌は小さなクレーターを形成した。
アナスタシアは、神属性を扱ってくるもう一方の朱雀と向き合った。
仲間が殺されているのにも関わらず傍観していた朱雀の周りには、先ほどアナスタシアを飲み込んだ火球が複数浮かんでいた。
「そうね、ちょっと本気見せてあげる。来なさい。」
アナスタシアが後ろにいる朔を反発で引き寄せ、逆手で受け止める。
急にその場からはじかれてアナスタシアに受け止められた朔は目を白黒させ驚いていた。
「うわ!!」
「ふふ、特別講習の試験前授業よ。」
朔は急に朱雀の目の間に引っ張り出されて目の当たりにする朱雀の強さに圧倒されていた。
アナスタシアは赤子の手をひねるように相手していたが、朔にとっては神を目の前にしているようだった。アナスタシアは朔を空中に立たせると両手で掌印を作った。
「固有結界解放・解時相殺」
アナスタシアがそうつぶやくと、アナスタシアの足元に魔法陣が描かれ朱雀達を取り囲む形で球状の結界が構築された。
結界にとらわれた朱雀がさらに火球を出してアナスタシアに攻撃する。数十の火球がアナスタシアに向かって放たれ大きく膨れ上がる。だが、アナスタシアは反発で防ごうとはしなかった。
「『裏術・包容』さぁ、おいで。」
結界の半分を覆いつくそうとする火球が、暖かく笑うアナスタシアの広げた懐に小さくなって流れ込んでいく。流れ込んだ火球は一点に纏まって消えていった。
朱雀は更に火球を生み出そうと頑張るが、ただでさえ消耗の激しい神属性の炎を一度に莫大な規模で放出してしまった朱雀にはそれ以上火球を生み出すすべは無くBランクの魔獣を焼き殺すのが精一杯の軽い熱風が起こっただけだった。
「そろそろ、終わらせようかしら。」
アナスタシアがそう言って指を鳴らすと結界から音がなくなった。
朔が辺りを見回すと同時に閉じ込められた草や虫などが空中でピタリと止まっている。朱雀をみると、美しい剥製のように空中で静止していた。
朔が時の止まった世界で呆然としていると、アナスタシアから莫大な魔力があふれ出てきてアナスタシアのすぐ前に刃先が地面を向いた形で一振りの剣が現れた。
「これが始剣を持たざる人間が始剣に対抗するべく生まれた術式・魔法・スキルの頂点よ。」
アナスタシアは目の前の朱雀を見つめて柄の上に片手をおいた。
「私の固有結界の内部では通常私だけに適応されている時間の反発が結界内部すべてに適応される。そして無制限の魔力と時間そのものを断ち切る剣。それが私の強さを助長させる。」
アナスタシアは目の前の剣を掴むと朱雀に向かって地面と水平に空間を切る。
動き出す気配のない朱雀はアナスタシアの一筋により胴体を半分に切り分けられた。
アナスタシアはさらに一歩踏み出し先ほどの剣筋に対して垂直に剣を振り下ろした。
時の止まった世界に更に一筋の線が刻み込まれる。
抵抗することも許されず十字の筋を引かれた朱雀は既に死んでいた。
「この時の剣は切った相手を時間の縛りから開放する物。皮肉よね時間という檻に縛られなきゃ命は歩めないのだから。」
アナスタシアは剣を空に収めると、小さく一息こぼした。
「固有結界は文字通りその人固有の結界よ。結界にはその人固有の効果がついてくる、イメージで言うと自分の得意な土俵に相手を閉じ込める形に近い。そして普通の結界とは違って特異的な部分がある。それは結界を構築すると展開者は一時的なゾーンのような状態に入る。ゾーンに入った展開者は『裏術』という自身の術式と対になる力を扱えるようになる。でも、強力な分リスクがある。」
アナスタシアの結界が崩壊した。
足元から作られていた結界は天井から溶けるように崩れて、空中にあった剣が光の粒子となって消えていった。
すると、空中に反発で足場を作っていたアナスタシアの体が落下する。
それと同時に朔の体も落下した。
アナスタシアが空中で魔力を放出して移動し朔を抱きかかえると、音もなく地面に着地した。
「リスクは結界を構築するのに莫大な魔力を使う上に、結界を閉じると一時的に術式・スキルが使えなくなること。まぁ、私の場合は魔力が全開するからそこまで影響はないのだけどね。」
アナスタシアは収納袋を取り出して、朱雀の遺体を回収していく。
皎撃によって地面にたたきつけられた朱雀の羽根も一枚も残していなかった。
「少しも素材残さないんですね。」
「えぇ、貴重な素材だし何より私が奪った命なのだから当たり前よ。」
アナスタシアは手に持っていた朱雀の羽根をじっと見つめる。
羽から顔を上げてちらりと朔を見ると、二千年以上生きているとは思えないほどあどけない顔で朔の胸に朱雀の羽根を押し付けた。
死んでも尚温かみを持つ朱雀の羽根が朔の胸を温める。
その行為は朔にアナスタシアの考えを示すのに十分な行為だった。
ドラゴンが待っている場所に歩いていくアナスタシアの背中を見て、朔は両掌で自身の頬をぱちんと叩いた。
カームドラゴンの元へ戻るとアナスタシアに鍛えられたドラゴンは、遥か格上である朱雀の子供と仲良くなっていた。キュルキュルと鳴くカームドラゴンに朱雀の子供が弱めの熱風を吐いて遊んでいる。
アナスタシアはカームドラゴンに乗ると、遊んでくれたお礼と言わんばかりに朱雀の子供に肉を与えた。
朱雀の子供は肉を焼いてから食べる習性があるらしく、器用にくちばしで食べやすい大きさに切って自身が吐く炎で焼いて食べ始めた。
「これを守るのも私たちよ。」
「あはは.......頑張ります。」
朔が苦笑いしながらカームドラゴンにまたがると、カームドラゴンは大きく羽を一振りして暴風を巻き起こしてふわりと体を浮かした。
子供の朱雀が飛ばされないようにかぎ爪でしっかりと岩に爪を突き立てている。
ドラゴンが羽を一振りするごとにどんどんと火山地帯が遠くなっていき、すばらくするとマルティネス領に戻ってきた。
朔は上からのマルティネス領を眺めていて、なんとなくほっとしたような安心感を抱いたことに内心驚いた。すっかり朔にとってマルティネス領は帰る場所になっており、地元のような感覚になっていたのだ。
カームドラゴンを草原に止めて、アナスタシアと共に門の前に戻るといつもの門番のおじさんが出迎えた。
「私は反発でギルドまで戻るわね。今日は帰っていいわよ。」
アナスタシアの姿が元から居なかったかのように一瞬にして搔き消える。
街の人はアナスタシアが帰って来たことに誰も気付く様子がなかった。
朔が何か買って帰ろうかと出店を見まわした時、遠くから執事服の高身長イケメンが走ってくるのが見えた。夕方の食材ラッシュになったマルティネス領は忙しく人であふれかえっているが、クロエは一切他の人にぶつかることなく朔の元まで駆け寄ってきた。
珍しくクロエが焦っている。
朔はその事実に驚愕しながらクロエに何があったのか尋ねた。
クロエは神妙な顔でついてきたらわかると言って、マルティネス邸に朔を引っ張っていった。
急いでマルティネス邸に戻った朔は図書室に連れていかれて有り得ない光景を目にしていた。
ルシアと命の2人が机に突っ伏して倒れている。
2人の腕の下には異世界の文字が書いてある本があり、開かれたページが苦しそうに押さえつけられていた。
朔が2人の体を揺らすが一切起きる気配がない。
「いや。まじで何があったの??」
状況を飲み込んだ朔が冷静に突っ込む。
すると、図書室の扉が開いてリヌイがやってきた。
リヌイの手にはティーポットがあり炎を出して温めていた。
「ずっとクロエが教えてくれてるんだけどさ、この二人1時間くらいすると寝ちゃうんだよねぇ。だから起きれるように薬効効果のあるお茶を飲ませたんだけど、効果切れたとたんこうなっちゃった。」
リヌイが耳と尻尾を下に下げてしょんぼりとする。
朔がリヌイを慰めているとクロエがかけ毛布を持ってきた。
クロエは2人に毛布をかけてあげ、リヌイから受け取ったティーポットでリラックス効果のあるハーブティーを淹れて、横に置いておく。
さらに結界での保温も付いたVIP対応である。
「それで、俺はなんで呼ばれたんでしょうか....」
朔はなぜ連れてこられたから分からず手を少し上げると、クロエが本を開いてあるページを朔に見せた。
そこには「秘薬草・マルティネグラス」と書かれており、生息地が書かれていた。
朔が呼ばれた理由はこれを取って来て欲しいとのこと。
リヌイは他国の王様と面会がありまたすぐにマルティネス邸を出ないといけないらしく、クロエもリヌイの事務作業があるらしく手を離せないから朔がするしかないとのことだった。
その秘薬草があるのはマルティネス領の外にあるとても高い山の山頂部。
次の日、朔は自室から大太刀を取り出して肩掛けバックと一緒に肩にかけると玄関に向かう。
玄関ではクロエが掃除をしており、この掃除が終わったら事務作業だと言った。
「いってきまーす」
朔はクロエに見送られてマルティネス家を後にした。
アナスタシア 元特Sランク冒険者
術式「反発」
時間・空間・術式・スキル・魔法などのあらゆる現象を全て反発させる。
その効果は凄まじく時間の反発は自身の老化を防ぎ、空間の反発は立体的な移動を可能とする。
さらに、術式・スキル・魔法の反発はアナスタシアの反発を象徴する最強の防御になっている。
固有結界・解時相殺
固有結界とは元々始剣を持たざる者が始剣に対抗するために生まれた技術。同じように固有結界の開放ができるものや始剣の所有者であれば、結界の押し合いによって対抗することができるが持っていない者に対しては圧倒的なステータスとなる。
アナスタシアの結界に付与された効果は時間の停止。
結界内で生み出された剣は敵の時間の流れを断ち切り時間の流れから開放する。
さらに、展開者のアナスタシアには裏術である包容と無制限の魔力が付与される。
武気術・極(皎)
武気術100%を超えたアナスタシアだけの究極の武気術。
体外を覆う白く煌めく魔力は武気術の特徴である流動層がアナスタシアに合わせて変質したものでその神々しい見た目は周りに圧倒的なプレッシャーを与え、弱点である神属性を妨げる効果がある。
アナスタシアの背後に生み出される両翼はアナスタシアの魔力が濃く濃縮され具現化しているもの。皎撃は反発で神属性と魔力に指向性を持たせ衝撃波を生み出すことで圧倒的な破壊力を生み出す。
裏術・包容
固有結界でアナスタシアが使えるようになる対の力。
全てを拒絶する反発とは違い、全てを包み込み受け入れる。
だが、リヌイの全力のような全てが神属性で構成されているような攻撃はときによって受け止めきれない時もある。




