18話 ルシアとカツサンド
2人の女の子が手元のランタンを頼りとして薄暗い洞窟へと入っていった。
薄暗い洞窟は、天井から滴り落ちてくる水滴の音を反響して、物静かに彼女たちを迎えようとしている。
尻尾を太股に括り付けていた狼人の女の子は手にランタンを持って洞窟に入っていき、続いて黒髪の女の子も大きなリュックサックを背負ってウェアウルフの女の子の後をついていった。
「よしっ、やりますか洞窟探検!!命ちゃんがんばろーね。」
ルシアはBランクの冒険者で、一つ上のAランク任務までの依頼を受けることができる。
この日ルシアは、Cランクで留まっている命を連れてAランク任務に出向いていた。
依頼内容は洞窟の最奥で発生したAランクの人型魔獣の調査と駆除。
この依頼は、以前Cランク冒険者が2人がかりで挑んだが失敗したことから等級が引き上げられていた。
ルシアは命にランタンを持たせると、真っ暗な洞窟を進んでいく。
道中には僅かな植物が生えているだけで、何の面白みもない。
だが、奥へ進むにつれて洞窟が明るくなっていった。
ふと命が上を見ると、洞窟の天井には青く光る苔がびっしりと生えている。
命が「わぁ、きれい」と感嘆の声を上げると、ルシアが触ってはいけないと口に出した。
苔には神経毒が含まれており、その毒が美しい青い光を生み出す。
毒に触れた生き物は、うまく魔力を扱うことができなくなって次第に動けなくなってしまう。
苔はその生き物に生えてまた数を増やすのだ。
命は天井に伸ばしかけていた手を慌てて引っ込める。
その様子を見たルシアは「解毒薬があるから大丈夫だよ」といって、ふへへと笑った。
ルシアは狼人である。
狼人の特徴は高い身体能力と五感である。
洞窟内で命が感じない物音を、ルシアはハッキリと聞き取っていた。
(そこら中から魔物の音がするなぁ。でも、私たちがきても出てこない。多分魔物がおびえるだけの強いやつが洞窟の最奥にいる。)
ルシアは言葉に出すことは無かった。
それはせっかくの楽しい雰囲気を崩したくなかったからだ。
2人はゆっくりと歩きながらスムーズに洞窟を進んでいく。
洞窟の中に崖があったり、高い段差があるが2人にはあまり関係がないことだ。
もっと進むと、様々な色で光っている透明な石英がまばらに点在するようになっていた。
異世界に来てあまり時間が経っていない命は知る由もないが、この石英は強い魔物から溢れる魔力に自然の石英が影響を受けて発生するものだった。
だからルシアは先輩冒険者として、にこやかな談笑を続けながらも警戒を怠ることはしなかった。
「ルシア?どうしたの?顔が硬いけど。」
「ん?へへ、何でもないよ、だいじょーぶ。」
やっと洞窟の3分の2程を進んだころ、平たく休憩できそうなスペースが現れた。
命が敷物とクロエが作ってくれたお弁当を取り出した。
丁度ルシアのお腹がぐぅとなる。
命は笑って先に食べていいよと言うように、手に持っていたお弁当をルシアに手渡した。
ルシアがお弁当を開けると、クロエの結界が解けて美味しそうなソースの香りが辺りに漂った。
中にはカツサンドが入っていた。
以前食べたラージボバインの肉を厚切りにしてパンの衣で肉汁を閉じ込めたクロエの力作である。
受験前最後の任務だからといって、クロエがルシアの一番の好物を作ってくれていたのだ。
ルシアの耳がピクピクンと動く。
お腹が空いているルシアだが、命と同じタイミングがいいのか命の準備が終わるまで食べるのを我慢していた。
命が食べる準備を終えると、2人でいただきますといって食べ始める。
ルシアが口を大きくあげてカツサンドをほおばると、柔らかいパンとサクサクの衣の味が肉汁とともにルシアの口いっぱいに広がる。そうしてルシアの四角のバスケットいっぱいに詰め込まれていたカツサンドは、ものの十数分で無くなっていった。
「ふーおいしかったぁ」
ルシアが満足そうに自身のお腹を撫でる。
命には少し多かったのか、少し食べ過ぎたような顔をしている。
すると突然、地響きが鳴った。
運がいいことに落盤の様子はないが天井の石がパラパラと落ちてくる。
「これ、急いだほうがいいかな。」
「うん。そーだね。ちょっと急がないとかも。」
命が敷物を片付けると、2人で駆け出した。
ルシア一人なら僅か数分ほどで最奥までたどり着くことができるが、今回は命がいる。
ルシアは命に合わせて走った。
30分ほど走り続けると洞窟の最奥が見えてきた。
だが、どこにも魔物の姿がない。
命が戸惑う中、ルシアは奥の石をコンコンと叩いていた。
「多分だけど、この岩の奥に魔物の部屋がある。」
ルシアが岩を殴ると、思いのほか脆かったらしく簡単に岩が崩壊した。
凶悪
中にいたのはその二文字が浮かび上がる頭が2つのモンスターだった。
一見するとゴーレムのようだが関節をつないでいる肉は生き物のそれである。
人型といってもゴリラのように両手足がとても太く、まばらに付いてる石のような装甲は攻撃力と防御力を兼ね備えていた。
巨大な体に大きな口。
狭い穴では自身は出ることができず、人型魔獣は飢えていた。
前の食事はCランクの冒険者2人。
そんなときにやってきたのは、美味しそうなカツサンドの匂いを漂わせた少女2人。
そんな2人を人型のAランク最上位魔獣「シレクスロイ」は食事だと認識した。
ルシアは自分をつかもうと伸びてきた腕を確認すると、咄嗟に命を突き飛ばして自身は反対側へと飛び込んだ。
「つよい。思ってたより。」
シレクスロイは、自身の真横を横切った美味しそうな匂いを追いかける。
ルシアは、その大きくて美しい切れ目細めて、急加速する。
速さ×重さ
物理的性質を極限まで強化する「加速と加重」は狼人の性質とよくかみ合っていた。
狼人の性質は肉体にある。
それは触覚 視覚 聴覚 嗅覚 魔力感覚 それらのすべてに置いて他種族を圧倒していること。
ルシアはそんなフィジカルに自身の「加速と加重」「武気術」「魔力強化」の3強化を施すことで圧倒的な機動力と破壊を体現していた。
加速したルシアはシレクスロイに愛用武器である矛ばさみ「ヴェアヴォルフ」を打ち付ける。
シレクスロイの腕はヴェアヴォルフに両断されるとルシアが確信した瞬間、シレクスロイの皮膚から更に装甲が出てきてヴェアヴォルフをはじき返した。
咄嗟の出来事にルシアは対応できずに、シレクスロイに腕を掴まれて壁に投げつけられる。
余りにも速すぎる戦闘に命が介入する余地がない。
ルシアは壁に頭から打ちつけられて、頭部から多少の出血をしていた。
その様子を見た命が助けようと奥から出てくるが、ルシアが「だいじょうぶ、すぐ終わらせるから。」と言って命を静止させた。
拡張技巧である「鈍速」を使うためには広い空間が必要だった。
今戦っている洞窟ではそれは使えない、ルシアは追い詰められていた。
「神記書物解放・神霊憑体、韋駄天。」
静止したはずの命が飛び出してくる。
ルシアは再び止めようとしたが、声にはならなかった。
ルシアにとってはあまりにも遅い速度だ。
だが負傷したルシアを救い出して一度退避するには十分だった。
「私はすぐ治るから平気だよ。すぐ倒して帰ろうね。」
命が必死になって憑依させた神様の力で治癒しようとするが、ルシアが気遣って止める。
だが命は涙目になり、さらに強い魔力でルシアを回復していった。
「私異世界人で、あんまり強くなくてまだ守ってあげる存在かもしれないけど。こういう時ぐらい頼っていいんだよ。」
命の涙がルシアの頬に落ちる。
ルシアは自分がたった一人で生き抜いていた時のことを思い出した。
たった一人。狼人の村が戦争に巻き込まれてルシアは生き残った。
大泣きして、お腹がすいて、足も痛くて、更には奴隷商人に捕まって。
奴隷商が魔獣に襲われて、また一人生き残って、放浪して。
そんな時、ルシアを救ってくれたのは先代のマルティネスだった。
幼いルシアを抱きしめて先代は泣いた。
当時ルシアにはその涙の意味が分からなかったが、今ならはっきりとわかる。
息が荒かったルシアの呼吸は大きく深くなり、緊張していた顔の筋肉が緩みいつもの余裕が戻る。
シレクスロイはせっかくの獲物を見失ったことに怒りが沸いているのか、壁を叩き2つの頭で吠えている。
ルシアは立ち上がると命に背を向けてシレクスロイの方にゆっくりと歩いて行った。
再び現れたルシアを見て、今度は逃がさまいとシレクスロイがごつごつとした腕を振り上げて迫ってくる。
だが、ルシアはそれをギリギリでかわすと、無防備に空いたシレクスロイのお腹に全力の一撃を叩き込む。ずっと逃げ回っていた獲物に嚙みつかれた捕食者は驚きよろめいた。
獲物はそのすきに再度お腹をヴェアヴォルフで突き刺した。
先ほどの打撃で大きくひび割れていたお腹は、ヴェアヴォルフによって食い破られシレクスロイは息絶える。
無傷だった。
冷静になったルシアはいつものように速さで仕留めることはせずに、相手の急所に確実に最大火力の一撃をねじ込む決断をした。
そんな決断とは、一歩間違えば、一撃が通らなければ、相手がカウンターをしてきたら、自身の命を捨てる決断である。
今まで一人で生きてきたルシアには絶対にできない決断で、頼れる相手がいなければできないものだった。
これからルシアが同じ判断が出来るかまだ分からない。
だがシレクスロイを討伐して、命と洞窟を出るルシアの顔は一匹狼の猛々しさではなく、群れを成すような清々しい顔していた。
枝切葉バサミ型矛「ヴェアヴォルフ」
打撃・切断・斬撃
あらゆる近接戦闘において様々な用途を果たすことができる、ルシアの愛用武器
矛がハサミ状になっている大型武器で、矛のように相手を突き刺したり切ることもできる他、枝切ばさみのように相手をはさみ切ることも可能。デルデアの力作で莫大な費用が掛かっているらしい。先代マルティネスが費用を工面したそうだ。




