12話 アナスタシアの思い
アナスタシアギルドのギルドマスターであるアナスタシアは、クロエから討伐終了の連絡を受けて戦地へと赴いていた。
アナスタシアは戦場を見て呆然としていた。
黄土色の草原と低木が広がる山がある台地であった場所には町一つ入りそうなクレーターが形成されており、山は削られ崖へと変貌していた。
「リヌイ・マルティネス!!ほんっっとに、盛大にかましてくれたわね!!こんな馬鹿でかい大穴あやがって、ほんとに!!高ランクの魔獣の素材が一つも残っていないじゃない!!」
限界高度から自由落下してきたリヌイにアナスタシアが詰め寄る。
因みにリヌイはクロエの布のように改良された結界によって受け止められていた。
「えぇ。これ俺が悪いの?!これしか倒す方法なかったんだって。」
リヌイの発言に、アナスタシアは不満の表情だったがクロエがロードリッチが出現したというと、「知ってるわよ」と言ってさらに苦い顔をした。
アナスタシアはぶつぶつと文句を言いながら、ファイルを袋から取り出してまとめていく。
「アナス......タシア?」
「なによ!!# 」
「一応ロードリッチが使ってた魔導書と杖は回収してきたんだけど、、、、」
リヌイが伏目気味に拾ってきた杖と魔導書をアナスタシアに見せると、アナスタシアの顔がほっとしたような顔になり、魔道具を受け取った。
アナスタシアが来たことによって戦場にいた冒険者が集まってきた。
そこでアナスタシアは冒険者に労いの言葉をかけた。
「冒険者たちよ!今回特Sランクのアンデットも出現するというイレギュラーな事態にもなったし、重傷者もいたものの死者を出さなかったことを誇りに思うわ!!ここにいるすべての冒険者にアナスタシアギルドから報酬と宴会を差し上げるわ!!存分と、はしゃぎなさい!!」
アナスタシアが透き通るような声で冒険者たちに呼びかけると、地面が震えるほど大きな歓声が上がった。どうやら始めから準備していたようで、すぐに空から大鍋やお酒が落とされ、宴会が始まった。
朔がアルダーに声をかけようとすると、すでにアルダーが戦場を去っており姿が見つけれ無かった。
一人になってしまった朔がキョロキョロとしていると、後ろからルシアが「わっ」と言って驚かせてきた。
「わ。驚かすなよ、誰かと思った。」
「えー朔君、反応薄くない?もう少し驚いてくれると嬉しかったんだけどなー」
ルシアは血が付いた顔をぬぐいながら、にっと笑った。
朔がルシアと並んで中心にいる、クロエとリヌイの下に向かっていると命が駆け寄ってきた。
手には真っ黒の角が生えた羊の頭が握られている、ご丁寧に血抜きは済んでいるようできれいな断面の肉が見えている首からは一滴の血も滴っていなかった。
「命はどんな敵と戦ってたんだ?まぁ見ればわかるけど、、」
「私は、ブラドホーンシープだよ。3000匹くらいの群れをずっと相手してたんだよね。まぁ殆どはリーダーが倒してくれたんだけど笑、この頭は収納袋に入りきらない分を持って来たんだよ。」
それを見たルシアが、おいしそうと言って命から肉を分けてもらっていた。
「ちなみに、この羊は羊特融の臭みが無くて美味しく食べれるんだよ。その上角がアンデット用の回復液になるから魔法薬として結構需要があるんだよ。」
ルシアがそういうので朔は角を分けてもらうことにした。
アルダーにお礼として渡す為である。
もうアルダーの姿は見えなかったが、クロエがアルダーと知り合いのようだったので、朔はクロエに頼ることにした。
大人たちは既に出来上がっており、リヌイはクロエの膝枕にてすやすやと眠っていた。
クロエは楽しそうに微笑んでいる。
「クロエさん、アルダーとは友人なんですか?もしそうなら居場所を教えてもらえると嬉しいんですけど。」
「あー、まぁ一応友人ですよ。彼とは幼い頃通った学校が同じだったんですよ。今では仕事以外では会うことはあまりありませんがね。用事があるなら彼の研究室をお教えしますよ。」
クロエはアルダーのことが苦手なようで、苦い顔をした。
仕事で訪問した際、散々な目に合ったらしい。
すると、疲れて寝ていたリヌイがふと目を覚ました。
リヌイは少し付いた寝癖を気にしながら、あたりを見回すと「朔じゃん、初戦闘どうだった?楽しかった?」と言って目じりを下げた。
朔は困った顔をして「正直怖かったです。」と答えた。
整頓された世界で生きてきた朔にとっては明確に殺しに来る存在が初めてで、それを自らの手で葬るというのはあまりにも現実離れしていたからだ。
「俺にはこの弱肉強食で歪に美しくぶつかり合っていく世界は合いません。できれば仲の良い友人たちと脅威におびえることなく大自然で遊びながらゆったりと過ごしたい。」
朔が残された戦場を見ながらリヌイに言うと、リヌイは「なら、俺よりも誰よりも強くならないとね」と言った。
朔が命とルシアに呼ばれて、ご飯を食べにその場を後にする。
リヌイはその場を後にする朔の背中を見ながら、すぐそばに居るクロエに難しい顔をしながら話しかけた。
「あのさクロエ。朔君が今言ったことはさ、この世界の戦いも全部なくして、各魔王たちだっておとなしくさせないといけない。今まで平和を築こうとした魔王様やどんな勇者でもできなかったことだよね。」
「そうですね。今の世界で大自然でゆっくりと仲間たちと暮らすってのは、雲をつかむような話です。」
「俺達には、そんな考えなかったよね。強くなって守りたいが最終目標だった。」
「えぇ、先代も亡くなって。りぬ様が特Sランクとなったときにそう誓いましたね。何が何でもこの場所を守ると。」
「朔は出来るかな」
「どうでしょうか。魔力の才能もいまいち武気術もそこそこですね。でも......」
「うん。あのスキルは異常だよなぁ。しかも息をするように使いこなし始めてる。やっぱり異世界人には強いスキルが備わるのかな。」
「わかりません、その上表面の魔力は普通ですけど奥底に異様な魔力を秘めています。」
「俺も感じた、始めて朔に魔力を触れさせたときに俺もぞっとするようなほど強い魔力が眠ってた。」
「本人は気づいてない様ですけど、あれを使いこなせるようになればひょっとしますね。」
「うん。俺もそう思う。だ・か・ら!!朔は俺が育てるからね!俺の一番弟子だから。」
「はいはい、知ってますよ。」
リヌイとクロエは、楽しそうに朔を見つめた。
すっかり日落ちても騒ぎ続ける冒険者たちを尻目に、アナスタシアはロードリッチの杖を保管庫に入れて厳しい目つきで眺めていた。
「ロードリッチか。私が若い時に一度だけ見たことがあったな。ロードリッチはリッチの特別な個体が数百年とかけて育つことで生まれる個体......。確かにここにはリヌイが殺した軍が眠っていてリヌイへの怨念は途轍もないものだったろうし、素体となるリッチの個体も死んだ魔法使いから産まれただろう。条件にはピッタリ。だが、進化するにはあまりにも時間が早すぎる。今回はリヌイがいたからよかった。だけど、いなかったら......ぞっとするわね。」
アナスタシアは元特Sランク冒険者であり、世界で初めて冒険者ギルドを作った人物であった。
それは1500年前のこと。まだ若かったアナスタシアは自身一人強ければ何でも解決すると信じていた、だが今でいう特Sランクの魔物。神獣と呼ばれる生き物の気まぐれであった。
アナスタシアが住む国は数分で海に沈み大勢の生物が死んだ。
当時すでに特Sランクに近い実力を持っていたアナスタシアは神獣を討伐しようと試みたが手も足も出ずに瀕死からがら逃げ延びただけであった。
それからアナスタシアは、自身が一人強ければいいという考えをやめて、ギルドを作り仲間を集めた。
その活動が功を奏したのか、1500年かけてギルドを中心として町ができてそこに人が安心して暮らせるようになった。
「アナスタシア様。ローブの鑑定が終わりました。間違いなくロードリッチの物で装備したアンデットに冥王神の加護が与えられます。これはどうしましょうか。」
鑑定を得意とする部下が鑑定したローブをアナスタシアに提示する。
アナスタシアはそれを受け取ると、綺麗に折りたたんで幾重にも魔法がかけられた箱の中にしまった。
「これは私があずかるわ。封印してギルドの呪物保管庫にしまっておく。」
アナスタシアは去っていく部下の背中を見送りながら、同時に冒険者達を眺める。
「「「われら~は、ぼうけ~んしゃ、!!みんな~をま~も~る~
ちょぉとぉ~こわい~けど、てもとりあうさぁ~」」」
お酒が入って気持ちよくなっている冒険者は、いつできたのかもわからない地域の冒険者の歌をみんなで合唱している。お酒が飲めない未成年の冒険者も一緒に歌っている光景は、いつもは厳しい表情をしているアナスタシアの頬を緩ませた。
「アナスタシア様、さっきからずっと仕事をして、お食事は済ませていないじゃないですか。」
リヌイの側近のクロエがいくつか、肉が棒に刺さった料理とお酒を持ってきた。
アナスタシアは礼を言いながら、美味しそうにほおばった。
「あなたたち冒険者は戦前で戦う。私みたいに戦前を退いたものはこうやって後から仕事をするのが務めだよ。クロエも頑張ったそうじゃない、聞いたわよSランク最上位の魔物をルシアと協力して倒したって。」
「ありがたいお言葉です。あれは俺一人じゃ倒せなかった、ルシアがいたから倒せたんです。」
「リヌイ・マルティネスの相手がいいのなら、少しお酒に付き合ってちょうだい。」
アナスタシアはクロエを捕まえて、お酒を飲み始めた。
アナスタシアは昔話をした。
「ロードリッチは私がギルドを作ってやっと広まってきた時に一度だけ現れたわ。
その時はあまり強い冒険者も集まってなくて、被害は甚大な物となったのよ。ちょうど私も国を離れてて、駆けつけることができなかった。ロードリッチは暴れに暴れ回って私が事態を聞きつけて応援と共に戻った時は大陸一つ滅んでた。この大陸よ。その時協力して倒したのが、初代マルティネス、彼も始剣の使い手だったわ。大陸を支配し力をつけたロードリッチはあまりにも手強かった。だから初代は始剣に命を捧げて討伐した。」
「これが歴史よ。」
「そうだったんですね。マルティネスの書庫にはそんな記録はありませんでした。」
「初代が嫌がったのよ。自分が死んだ時の事は書物にするなって。だからロードリッチって聞いた時びっくりしたの。まさか同じ光景を再びみるとは思わなかったら。」
「今回はすぐに討伐して誰も死にませんでしたよ。」
「えぇ、本当に素晴らしい事よ。もっと強くなってね。」
アナスタシアとクロエが話してる間に騒いでいた冒険者たちは寝てしまい。あと数時間もすれば夜が明ける。クロエはリヌイをおんぶして家に帰り、アナスタシアもギルド本部へと戻った。
アナスタシア
「アナスタシアギルド」ギルドマスター兼元特Sランク冒険者
冒険者として活動していたころは「騎士戦姫」と呼ばれ慕われた。
冒険者を引退してギルド運営に本腰を入れた後も強さは変わらず荒々しい冒険者共をまとめ上げている。
非常に美しく若々しい美貌は各国の王様ですら惑わせるが、中身は2千年ほど生きている歴戦の英雄の一人であり冒険者ギルドを作った第一人者である。
自身のギルドの冒険者が成長することに喜びを感じており、昇格試験結果を大きく張り出したり、高ランクに昇格したものを集めてお祝いをしたりしている。また、小さい子が通う冒険者育成学校も運営しており、運動会や炊き出しなどの催し事も率先して行っている。




