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救国の黒姫は、瑠璃の夢に微睡む  作者: 卯崎瑛珠
第三章 宿縁、繋がる

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第23話 冥門、開かれり


 ギーが、目を細めて沙夜を見る。


「……なぜ助けた?」


 玖狼の背から降りた、沙夜はまっすぐにギーの元へ向かう。その目が瑠璃色に輝いているのを見て、ギーは口角をゆるやかに上げる。

 

「龍樹殿下のことでしょうか? だって、魅侶玖殿下ってなんだかんだ弟思いですし」

「!」


 魅侶玖が驚いて首を向けるのを悟って、沙夜はギーから目を()らさず頷きのみを返す。

 

「余計なことを。(にえ)が足らなくなるえ」

「足ります」

「皇帝の血筋が要る」

「……そ、れは」


 言うのを躊躇(ためら)う沙夜の代わりに、ハクがそっとギーの手首を掴む。


「龍樹の子がね。……流れている」

「っ!」

「な」


 ハクの言葉に絶句するギーと魅侶玖に、沙夜は静かに語った。

 

桜宮(さくらのみや)殿から聞いたのです。それを苦に、自らお命を絶った方が居て……それから殿下はおかしくなったのだと」

「っ……そうだった、のか……」


 (よわい)十九の皇子にとって、それはとても受け止めきれない悲劇であったであろうことは、容易に想像できる。


「知らぬというのは、罪だな」


 魅侶玖が苦しげに吐き出したのを、沙夜は(かぶり)を振って即座に否定する。

 

「いいえ、殿下の罪ではございません。清宮殿が、縁起が悪いからとひた隠しにしたと」

「! あやつめ……!」

 

 沙夜はそんな魅侶玖に思わず微笑んだ。


「ほうら、弟思い。ね? ギー様」

「そうか……ならば贄は揃った。今こそ開門の儀を()り行おうぞ。やり方は分かるか?」


 ばあば――星影に習ったもののうち、『かくれんぼ』に勝つため『隠れた門を開く』というまじないがある。きっとそれだ、と沙夜は確信していた。


「はい」


 頷き合ったふたりは池へ向かって横に並んで立つと、丁寧に頭を下げ、大きく一度柏手(かしわで)を鳴らした。

 それから、同時に口を開く――離宮の庭に、鬼と陰陽師の朗々とした声が、暗い空へ響き渡っていく。


「「かしこみ、かしこみ、もうす」」


 紫の狩衣と、青の小袖。しゅさ、とそれぞれの衣擦れが響くだけで、澱んでいた空気が澄んでいく気がする。先んじて言葉を発するギーに合わせて、沙夜は歩を進める。左足をすり足で差しだし、後から右足を寄せる、反閇(へんばい)と呼ばれる特別な歩き方だ。

 

「かけまくもかしこき、なりませる、めいのおおかみ」

「うつせみの、すがたをあらわせ、めいのもん」


 やがて赤い太鼓橋の上に、じんわりと姿を現してくるのは――赤く巨大な門だ。

 太く黒い(かんぬき)が下りていて、開く気配はない。


「かしこみささげしは、うつしよのにえ」

「あけたまえ、ひらきたまえ、みもろにおわす、めいのもん」

 

 そうして息の合った儀を行うふたりを、魅侶玖と並んで眺めていた黒い狼が、思わず言葉をこぼした。

 

「懐かしい匂いが漂ってきたな」

「!? しゃべっ」

「はは。驚いたか。こう見えて、我は冥の門番よ。()()()()()()の贄として、幽世(かくりよ)から現世(うつしよ)に参った」

「……なぜ、そんな」

「あやつの母親は、まこと恐ろしくてなぁ」

夕星(ゆうつづ)がか」

「おう。三つも頭があるんだから、一つぐらい切り落としても平気だろとぬかしよってな」

「あー……言いそうだな」


 はっは! と玖狼は高笑いをする。


「わしの首ひとつで、あのふたりが生きて渡れるなら、安いものよな」


 ぶるり、と魅侶玖が身震いすると、ガチンと閂が持ち上がり、ギギギギと門の音が鳴った。

 隙間から、紫色の煙がもわもわと漏れてきている。


「備えよ。冥のあやかしは強いぞ」

「! わかった」


 正眼に構える第一皇子を見て、さらに黒狼は笑う。


「なかなかやりそうじゃないか。皇子のくせに」

「皇子なんか向いてないからな。紫電に入ろうと思っていた」

「ほーう? なら、助けはいらんな」


 ガルルルル、と唸るその眼前にゆうらりと現れたのは――今までとは全く性質の異なる、あやかしだった。

 まるで()()()()のようなそれらは、明確な意思を持って襲いに来る。

 

「心の臓を、貫くんだよ」


 ハクがふわりふわりと宙を飛びながら指さす場所は、左胸のあたり。確かに、黒く光るなにかがある。


「あいわかった!」


 魅侶玖は愛刀を一度振るや、(かすみ)の構え(剣先を敵に向け、(つか)をこめかみに水平の高さにする)に持ち直した。

 それを見た玖狼は、打突で急所を狙うと同時に袈裟斬りもするつもりであることを悟り、少し距離を取ることを決めた――間合いに入ったら巻き添えを喰らう。



 ――おーおおおおお


 ――おーおおおおお


 

 すべての恨みを吐き出すかのような冥のあやかしの声に、背筋が凍る思いをした魅侶玖は、じゃりっと地を踏みしめぎゅっと眉間にしわを寄せる。


「思うように。大丈夫、僕がついてる」


 ハクの声で、構える剣に力が(みなぎ)った。

 紫電で修行していたとはいえ、魅侶玖にとって実戦は初めてのことである。

 

「フンッ!」

 

 意を決して鋭く突いた剣先に、ずぶりとした感触を得たと同時に「おおぉ……」と消え去っていくあやかし。手応えを感じて、ようやく魅侶玖は自身の腕が通じる、と自信を得る。

 ハクは、自分の言葉よりも自身の腕へ重きを置く魅侶玖へ、柔らかな笑みを向ける。

  

「ね? 大丈夫だろう?」

「……っふー」

「さあ。さあ。まだまだいるよ。ほら、倒さないと。沙夜が危ない」

「承知!」


 にこにこと笑う少年に(あお)られ、魅侶玖は『殺す』という恐ろしさでなく『殲滅(せんめつ)』へ心を置くことができた。


 どろりと溶ける闇に飲み込まれないよう、剣を振るい続ける。

 腕が重い。足さばきが鈍る。

 ねろねろと伸びてくる腕につかまりそうになると、玖狼が「がうっ」と威嚇(いかく)して補助してくれる。


「はは! 戦いとは、このように疲れるものなのだなっ……」


 魅侶玖は、毎日のように命がけで皇都を守っている、皇雅軍全員の心労を想う。

 一方で、ギーと沙夜の儀式は最高潮を迎え、ふたりそろって不思議な文言を唱えていた。

 

「「ナウマク・サマンダ・ボダナン・エンマヤ・ソワカ」」

 

 

 玖狼は、いよいよ時が来たとばかりに「あおおおおおおおおおん」と喉をのけぞらせて吼えてから、門番らしく宣言をした。


 

「さあさ、今こそ開くぞ、冥の門!」


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