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救国の黒姫は、瑠璃の夢に微睡む  作者: 卯崎瑛珠
第三章 宿縁、繋がる

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第22話 ふたりの皇子、それぞれ

※不快で残酷な表現があります。苦手な方は、退避をお願いいたします。


「ぎゃああ!」


 後宮にある豪奢(ごうしゃ)な部屋で、清宮(きよみや)龍樹(りゅうじゅ)陽炎(かげろう)部隊の護衛を盾にしつつも、震えあがっていた。

 

 守りを固めたものの、ねちょりぐちゅりと音を立てながら、容赦なく次々と目の前で喰われていく者どもを見て、恐怖で気が狂わんばかりになっている。

 

「やだ、やだ、やだああああああ!」


 血と涙と糞尿まみれになった龍樹に、美麗な第二皇子の面影はどこにもない。

 蜂起したはいいものの、なぜか後宮にはあやかしが溢れた――いよいよ青剣(あおのつるぎ)の力が失われたか。それとも『護国』に逆らったその代償か。

 そのどちらでもあるだろうが、知る由もないままに、襲われている。

 

 いかに皇雅の誇る術式部隊『陽炎(かげろう)』であろうと、大量のあやかしに抗う術は、単体では持っていない。全ては紫電(しでん)の武力、白光(びゃっこう)の補助、そして黒雨(くろさめ)の暗躍ありきであるのだから。


「なんとかしやれ! しりゃれ! ぎゃああああああああ!」


 絶世の美貌もどこへやら。

 叫ぶ清宮の、絢爛(けんらん)で重たい十二単の金糸が、薄暗い中ぎらぎらとしている。

 

 それもまた、次々と喰われていく陽炎部隊の返り血でどす黒く染まり、しとどに湿り、動きを封じつつある。

 脱ぎ捨てれば良いものを、栄華に追いすがるためかそれとも単に思いつかないだけなのか。ずりずりと引きずって(にぶ)く逃げるのみだ。


「やだ、やだあああああ! だれぞ! だれぞおおおおおおおおおおおおお」

 

 龍樹もまた、戦うなど微塵(みじん)も頭に浮かばない。逃げるという発想もない。

 ただただ誰かなんとかしろ、と泣き叫ぶのみである。

 

 

「あーあ。オイラもやだよーこんなの。はーあ。でもなー、沙夜のお願いだもんなあ」


 ――と。


 ぶつくさ言いつつ、ばさりと大きな黒い翼をはためかせて突然その場に現れたのは、烏天狗の愚闇(ぐあん)だ。


「うわぁ。きったねーから、お首元。失礼しまーす」


 ぐい、と龍樹の首後ろの布を持ち、引きずって部屋の外の濡れ(えん)まで出るや、バサバサと雑に飛び立った。

 ぽかんと口を開けてそれを見送る清宮が、ねろねろと黒い影に覆いかぶさられ「ぎや」と短い悲鳴を上げる。それを見ずに済んだのは、龍樹にとってきっと不幸中の幸いだったであろう。

 

「城まで運びますんで~」

 

 どこかのほほんとした声を聞いて我に返った龍樹は、空中にも関わらずジタバタと暴れ始めた。

 

「ひ!? ぎゃあ! ぶぶぶぶ無礼なっ」

「ええ? んじゃ……手ぇ、離します?」

「ややややめろっ」

「へえへえ。うっかり離すと落ちて死にますからね。黙っててもらえます?」

「っひ、ぎゅ、ぐ」

「ハハ」


 

 ――あれでも魅侶玖は、弟のことを思っているんだよ。だから、助けてあげて。ね。


 

「こんなのでも、ねぇ……」


 烏天狗の呟きは、皇城の空に消えた。

 

 

 

 ◇

 


 

「ギー。なぜここに連れてきた?」


 離宮にある池を背にして、魅侶玖(みろく)は眉間にしわを寄せる。

 

 宙に向かって刀を正眼に構える傍らには、紫の狩衣を優雅に着こなす最強の鬼が、不思議な指印を組んで立っていた。驚くことに、「ボロン」と気を発する()()であやかしを滅している。魅侶玖は、その隣で剣を構えているだけで何もしていない。

 

「来臨の機が整ったと言っていたが……」


 

 ――ねちょり、ねちょり。



 近づいてくるあやかしを滅しながら、ギーは「(しか)り」としか言わない。

 回廊や庭には、何人もの武装をした人々が倒れている。龍樹に呼応した陽炎部隊に襲撃を受けたふたりであったが、ことのごとくギーが蹴散らし、ここまでやってきた。

 命までは取らなかったつもりが、

 

「ぐはぁ」

「ぎゃ」

 

 悲鳴のする方へ顔を向ければ、あやかしがのしかかって()()()()()()

 

「……(むご)いな」

「同情は禁物ですよ、殿下」

「冥へ引きずられるというのだろう。分かっている」


 ギーが口角を上げたのが、見ずとも気配で分かる。

 


 ――んで……



「? 何か言ったか?」

「ふくくく。やはりか」

「ギー?」

「聞こえたなら、応えるがよい」

「……わかった」



 ――呼んで……


 

 魅侶玖は体の力を抜いて、刀をだらりと下ろした。すー、ふー、と丹田(たんでん)に力を入れて深く呼吸を繰り返す。



 ――呼んで……真名(まな)を……



 青剣(あおのつるぎ)の眷属。その『真の名』を先代皇帝より(たまわ)ることが、継承の儀には盛り込まれている。

 

 ギーがそれを魅侶玖へ与えることを決めたのは、三百年前と同じように『青剣を持つ()()』があるかどうかを()()()()からに他ならない。

 

 魅侶玖には資格があり、その証拠に、()が聞こえている。

 

 夕星(ゆうつづ)の描いた儀が、今まさに成ろうとしているのだ。

 ギーの胸の内に溢れるのは、安らぎか寂寥(せきりょう)か。本人ですら、分からない。

 

 

伯奇(はくき)!」



 魅侶玖の張りのある声が、曇天(どんてん)(とどろ)いた。



「うん」


 返事は、池の方から聞こえる。

 振り返ると、赤い太鼓橋の上に人影がある。


 白い髪に白く濁った目の、水干(すいかん)姿の少年だ。

 いつかここで会ったな、確か名前はハクと言ったか……と魅侶玖が思い返していると、柔らかく微笑まれた。


「頑張ったね、魅侶玖」

「え……?」


 特別なことは何もしていない。何も思い当たらない。


 首を傾げる魅侶玖をにこにこと見つめながら、少年はふうわりと飛んで――物音ひとつさせず、ふたりの側に降り立った。その姿は、前に見た時よりも少し()()()()()()


「瑠璃玉の忠誠を得ること。それが僕を眷属とする条件だよ……まあ、代々皇帝の中には得られない人も当然いてさ。継承の儀で無理やりにってことも多かったけど。君は自分で得たから、すごいね」

「瑠璃玉の、忠誠?」

「沙夜は、君が国を良くすると心から信じている」

「っ!」


 魅侶玖はたちまち目を見開き、息を呑んだ。


「けれど、継承の儀の前にそれを裏切ったら、僕も失う。心して」

「っ、絶対に裏切らない。誓う!」

「はは。良いけど。やっぱり危ういなあ」

「危うい、とは」


 ハクの目が、細められた。


「きれいなままだと、(けが)されたら戻れないんだよ」

 

 魅侶玖には、やはり想像もつかないことだった。


「さて。表に出ているのも疲れちゃうからさっさと……あ、来た来た」

 

 回廊を走り抜け、こちらへ向かってくるのは、大きな黒い狼の背に乗った、青い小袖(こそで)姿の女だ。黒髪をなびかせて、大きく手を振っている。

 

「みんな、無事っ!?」


 ギーが、するりと指印を解いた。

 あれほど()()()()(うごめ)いていたあやかしたちの姿は、気づけば全て消えている。


「ふくく……さぁいざいざ。迎えようか」

 

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