表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
救国の黒姫は、瑠璃の夢に微睡む  作者: 卯崎瑛珠
第三章 宿縁、繋がる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/34

第21話 遺言のお導き

 

 魅侶玖への報告のためと、ギーは愚闇を伴って皇城へ戻った。

 一方の沙夜は、桜宮を安全な場所へ移すため、後宮護衛方の到着を待っていた。

 玖狼の毛並みに顔を埋めて、先ほどまでの恐ろしい光景を消化しようと努めながら。


(おご)るな、か……」

「キツイ言い方をしてすまなんだ」

「ううん。玖狼の言う通り。強い力を持っただけのわたしは、傲慢だった。あんなのを倒せるだなんて、錯覚してはダメ」

「正しい心の在り方も術も、徐々に修行や修験(しゅげん)で得ていくもの。焦るなよ、沙夜」

「うん」

「夜宮殿……」

「あ! 気づいた?」

「ええ」


 気絶をしたまま寝かせておいた桜宮が、身を起こす。

 顔色はいくぶんかましになったように見える。


「大丈夫? 巻き込んでしまって、ごめんなさい」

「そんな! わたくしこそ、見当違いの恨みをぶつけに来たのですから……むしろ、あのような恐ろしいものを退治していただき、感謝をいたしております」


 布団から流れるように下りて、すっと礼をする。

 桜宮の言葉や仕草を目の当たりにして、沙夜は『姫とはこうあるべき』と教わった気分になった。

 

「綺麗……」

「え?」

「あ。うんと。女のわたしから見ても、桜宮殿はとっても綺麗だなって」

「まあ」


 嬉しそうに微笑む様を見て、ようやくホッと一息を吐いた沙夜へ、玖狼が厳しい声を投げかけた。


「息つく暇もないとはこのことだ。(いくさ)の匂いがしてきた」

「え!」


 驚く沙夜の一方で、桜宮は険しい表情をする。

 

「戦……まさか、龍樹殿下が……」

「ちょ、どういうこと!?」

「以前から、皇帝の地位を手に入れるために画策している、という噂があったのです」

「なるほど! だから魅侶玖は、わたしを餌にしたのねー?」


 厭味ったらしく黒狼を見やると、びくん、と体が跳ねた。


「殿下がそのようなことを!?」

「あーいいのいいの。ほら、特別に護衛とかつけてもらったし、そんなことだろうと……あとで叩きのめすけど!」


 沙夜の言葉に、桜宮は目を丸くする。


「叩き!?」

「ん?」

「あの、怖くは、ないのです?」

「全然怖くないよ。なんかすごい不器用な人ってだけだよ」

「っ」


 絶句した後で、眉尻を下げられた。

 

「……それほどまでに、夜宮殿にはお心を開かれているのですね」

「え?」


 どういう意味か問い(ただ)そうとしたが、異様な気配に(はば)まれた。



  

 ――ねちょり。



 ――ねちょり、ねちょり。


 

「ひ!」

 

 恐ろしさに強ばる桜宮を気遣いながら、沙夜は目を鋭くする。


 

 ――うぞうぞうぞ……ねちょり、ぺたりん



「玖狼は、桜宮殿を」

「沙夜っ」

「大丈夫。今度はきちんと、やってみせる」


 

 昼前だというのに、目の前の庭に、今度はうぞうぞと(うごめ)くあやかしが、何体も浮かんでいた。




 ◇

 

  

 

 鮮やかな青の小袖(こそで)に黒い打袴(うちばかま)姿の後宮の更衣がひとり、部屋から簀子(すのこ)縁へ踏み出す。動きやすさのため、(うちき)(ひとえ)は身に着けていない。強い意志でもって唇を引き結び、目を閉じてから深く息を吸って吐く。

 

 それからカッと見開いたその瞳は、瑠璃色に輝いていた。しゅさり、と衣擦(きぬず)れが鳴る。カアッと遠くで烏が鳴く。


「……まよいあやかし、はよかえり。めいのもんは、とじかけり。るりのまもりにゃかなわんて」

 

 低く穏やかな声で歌い、複雑な手の印を結ぶ沙夜は、落ち着いていた。


(おご)らず。清らかに)

 

 目の前には多数のあやかしが()()()()と浮かんでいる。普通なら泣き叫んでもおかしくはない状況であるのに、その心の様はまさに(なぎ)であった。


 左足をすり足で前に出し、次の右足を先の左足に引き寄せて前に出すことを、三度繰り返す。

 これもまた祖母に教わった。大切な歌を歌う時の歩き方だよ、と。

 


 後宮へ(はべ)り、正しきものを門へ導け――


 

 今沙夜の頭に浮かんでいるのは、星影(ほしかげ)の笑顔だ。厳しい暮らし、温かい手。一度も「あれをせよ」「こうあれ」とは言われなかったが、共に居るだけで背筋の伸びる思いがしていた。所作、立ち居振る舞い、物の見方考え方。思い出の中に、全ての教えがある。


「ねえばあば……正しきものって? 門って、どこ?」


 喉も、手も、記憶も。

 連綿と続く血を感じ、それを(たぎ)らせ、沙夜はただひたすらに舞う。


「分からないけど。わたしは、わたしにできることを!」


 

 ――ねちょり

 

 ――ぺたり、ねちょん

 


「わおおんっ!」

 

 一体のあやかしが沙夜の肩に触れようとしていたのを、玖狼は威嚇する。


 動きの鈍ったあやかしをふわりと舞って避けたが、すぐにまた追ってくる。宙をさらりと飛んでいく広袖が、(かわ)す。絡めとらんと、懸命に伸びてくる。ひらり、ひらりと歌いながら、舞っている。

 

 うぞうぞとした()()()()がこぞって追うは――たなびく黒髪に青い(ころも)の、華麗に羽ばたくオオルリアゲハ蝶のような陰陽師の娘だ。

 

「いと、うつくし……」


 恐怖を忘れたかのように、桜宮(さくらのみや)がほうっと感嘆の息を漏らす。

 その横で、玖狼はぐるると唸りながら言う。


「あれこそが、瑠璃玉を受け継ぐ陰陽師だ。舞っているように見えるは、悪鬼(あっき)調伏(ちょうぶく)のための反閇(へんばい)(特有の足さばき)」

「おん、みょうじ……」


 やがて(うごめ)く黒いものたちが、一箇所に吸い寄せられる。

 

「まよいあやかし、はよかえり」

 

 先ほどまでとは違い、甲高く強い言葉を発した沙夜が、パン! と大きく一度柏手(かしわで)を打つ。



 ――ろーろろろろろ……



「っ! 消え……」


 桜宮が驚くのも無理はない。

 あれほど醜悪な存在感を放っていたあやかしたちが、満足げに鳴いたかと思うと、徐々に薄まってやがて消えたのだ。


「見事なり! あおおおおおん」


 玖狼の遠吠えが、後宮に響き渡った。


「ふあ~疲れた! 暑い!」


 汗みどろの沙夜が、部屋の前にへろへろと戻ってきて、どさりと腰を落とした。

 普段着とはいえ、小袖(こそで)姿で舞を舞うのは重労働だったに違いない。

 

 桜宮がささっと駆け寄り、額に手ぬぐいを当てる。その顔が安堵しているのを見て、沙夜の疲れは吹き飛んだ。


「素晴らしき調伏(ちょうぶく)でございました」

「えへへ」


 そうして気を抜いたのも束の間、ばさりと大きく黒い翼をはためかせて降り立ったのは、烏天狗の愚闇だ。


「沙夜、無事か!」

「無事。遅いよ愚闇ー」

「すみません……」

「! 怪我、してるの!?」

「あー、大丈夫です。すぐ治ります」


 愚闇の右腕が、痛んでいる。刀傷の上から焼かれたような――


「術の匂いがするな。陽炎(かげろう)か」


 玖狼がすんすん鼻を揺らすや、隠密は硬い声を発する。


「はい。ここも危険です。桜宮様、安全な場所へ」

 

 いつの間にか沙夜たちの背後に、黒雨と思われる忍装束がふたり、静かに立っていた。沙夜はそっと立ち上がり桜宮の移動を促す。

  

「夜宮殿は、いずこへ?」

 

 不安そうな彼女に、真摯(しんし)に向かい合う。

 

「うんとね……迎えに行かなくちゃ」

「迎え?」

「うん。心配いらないわ! また、おしゃべりしましょうね!」

「……約束、よ?」

「はい!」


 沙夜が笑顔で頷くとようやく、桜宮は歩き出した。

 その背を見送ってから、きりりと眉間に力を入れ直す。

 

「離宮へ。きっと、そこだ」

 

 短く発するその音には、覚悟が乗っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ