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救国の黒姫は、瑠璃の夢に微睡む  作者: 卯崎瑛珠
第三章 宿縁、繋がる

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第20話 宿縁 ~左大臣の視点~



 左大臣である俺は、いつも通り黒い束帯(そくたい)姿で、皇城内のとある部屋に居た。陰陽術であらゆる目から隠れる仕様になっている、特別な部屋だ。

 

 その眼前には、並んで跪坐(きざ)(片膝立ちで(ひざまず)くように座ること)する黒雨(くろさめ)一位と二位が居る。一位は大きな体に太い骨格、二位は子供と見紛(みまご)う程小柄で華奢であるが、ふたりとも覆面と忍装束でその面貌は分からない。


「用意した『替え玉』が先程、()()致しました。何らかの術であるとのこと。全てお見通しとは……げに恐ろしいですぞ、左大臣殿」


 口を開くのは、黒雨一位。野太い声で、存在自体に威圧感がある。

 

「俺ではない。夕星(ゆうつづ)だ」


 茶を口に含んでから、懸盤(かけばん)の上に碗をとん、と置いた。口の中をゆすぐようにしてから、また口を開く。

 

「国宝の力には限りがあるに違いないと、ずっと訴えていたからな。その証拠に、年々(けが)れの強まる陛下へ密かに解毒(げどく)術を施しておった。さらには、継承の儀をせぬまま冥界へ渡られることも見通していた。陛下の情は龍樹にあるが、素養は魅侶玖であるからして、決断せず()かれるのではと」

涼月(りょうげつ)と夕星が姿を消したのは、十年以上前のことでありまするぞ!」


 隠密が感情を荒らげることは珍しい。それほどまでに、希代の陰陽師の作った盤の上で事が進んでいるようにしか思えず、そら恐ろしいのだ。

 両袖口に反対の手を差し込んで、腕を組む。過去の記憶を、脳裏に映す。

 

「俺も半信半疑であったがな……まさか娘に力の一部を託して、()()()()()()()()()()賭けに出るとは思わなんだ。それもこれもみな」

「っ、ギー様の御為(おため)であらせられる」

「うむ」


 ふー、と眉間に深いしわを寄せ、目を閉じる。

 

 夕星の、低く朗々と唱える真言の数々を思い出す。強い意思を内包した音は、いつでも俺の心をざわつかせた――ひょっとして、人あらざる者なのではないかと。そんな女が選んだのが、涼月という類稀(たぐいまれ)な武人なのもまた、頷ける。いったい誰が、鬼より強い人間がいるなどと想像できただろうか。


 実際、試合稽古であれギーに片膝を突かせたのは、数百年の中でも彼のみだという。


 

「老いたものよなぁ」

 

 

 楽しそうに笑って紫電一位を譲ったギーよりも、悔しそうに肩を震わせる夕星の方を覚えている。


 

 そんな過去から現実へと、思考を無理やりに引き戻した。


「とはいえ、青剣(あおのつるぎ)までお隠れになるとは想定外であった。民の犠牲はとどまるところを知らぬ。まったく胸の痛むことよの……」

 

 夕星の一人娘である沙夜に危機が迫った場合、黒雨の者が皇都へ導く手筈を整えたのは、他でもない、俺自身だ。皇太后である夕宮――夕の字を夕星に与えるほど可愛がっていた――の印をついた書状を預け、後宮司所(つかさどころ)へ現れたらそのまま自身で囲うつもりで。


 ところが、愚闇はなぜかギーの元へと連れていった。

 想定外であったものの、離宮で会った沙夜は、顔立ちこそ涼月によく似ていたが、意思の強そうなところが夕星に似ていて思わず微笑んでしまった。

 

 女嬬(にょじゅ)として預かる訳にはいかない、さてどうしたものかと悩んだのもひと時のことで、魅侶玖殿下の心の機微(きび)を悟った。試しに()()()と――まさか更衣に召し抱えるとは思ってもいなかったことだが、嬉しくもあった。第一皇子の頑なに閉じた心を、俺なりに心配していたからだ。

 

「未来を切り開こうぞ。そのためには」

「……粛清はこちらにて」


 暗黙の了解とばかりに、隠密ふたりが深く頭を下げてから姿を消す。



 何もない空間に向かって、誰ともなく言を放つ。


「龍樹殿下は、殺しすぎた……直接でないにしろ、恨みは穢れを助長するぞ。皇帝の座に近い魅侶玖殿下の方が先かと思うておったが」


 

 その身に皇帝の血を受け継ぐものは、過去数百年の穢れをも受け継ぐ――実際先に倒れたのは、魅侶玖の方だった。


「早く決着をつけねばな……いくらそなたの『先見(せんけん)(めい)』あれど、間に合わなくなるぞ。夕星よ」

 



 ◇

 


 

 とっくに日が昇っているはずの時間であるのに、未だ薄暗い。

 朝の空気の中で、チュルチュルと鳴く百舌鳥(もず)が、早くも縄張りを主張している。

 

 秋を迎えようかという皇城天守閣にある小さな書庫は、不便な場所にあって滅多に使われない。おまけに入り口の狭い密室であるので、人払いに最適だ。

 そこで、第一皇子である魅侶玖殿下は腕を組んで胡坐(あぐら)をかき、これ以上ないぐらいに険しい顔をしている。

 その向かいには、膝を突き合わせて座す、紫電二位。こちらも胡坐をかいているが、対照的に優雅な笑みを浮かべている。


 左大臣である俺は二人に挟まれて、とにかく居心地が悪い。とりあえず愛想笑いを浮かべておくことにする。


「やはり死の呪いだったよ、夢。無事でなにより」

「だが影武者には申し訳ないことをした」

「われが、迷わないよう冥へ送ったよ」

「かたじけない」


 ギーとそのような会話をしていると、魅侶玖殿下は待つ間も惜しいとばかりに声を荒らげた。

 

「おい! 沙夜が夕星(ゆうつづ)の娘だと、なぜすぐに言わなかった! 知っていたんだろう、そこの(からす)!」

「うえっ!? オイラただの道案内兼護衛ですもん……思いついて、ギー様に会わせただけですよ。いくら殿下でも、(からす)呼ばわりやめてください」


 ギーの斜め後ろで縮こまっていた愚闇が、()ねる。

 産まれてわずか十年で烏天狗に成るなどと、前例のない速さゆえに当然幼い。まだ十歳そこそこかと思うと、誰もそれ以上は何も言えない。


「っ……おい、ギー。お前、(はな)から気づいていたんじゃないのか!?」

「おやおや。今度はわれに八つ当たりとは」


 あれほど具合の悪そうだった紫電二位は、なぜか気力(みなぎ)り、存在だけで恐ろしさを覚えるほどだ。目力だけで相手を(ひる)ませるような迫力だが、第一皇子の矜恃(きょうじ)か、魅侶玖殿下も負けてはいない。

 そのビリビリとした空気に、愚闇は嫌そうな顔をして割って入る。

 

「あーのー! それより夜宮様は、ご自身が『餌である』と察していらっしゃいましたよ」

「う」

「殿下の逢瀬(おうせ)がなくなり、(ふみ)も来なくなったって愚痴ってましたけど。会わなくて良いんですか?」

「!」


 たちまちボッと赤くなられる理由が分からないのか、愚闇が首を傾げているのがまたおかしい。

 ギーがころころと楽しそうに喉を鳴らした。

 

「これはこれは。熱烈なこと」

「? とにかく、めっちゃくちゃ怒ってたので、早めに何かしら」

 

 無邪気に指摘する愚闇の意見を、殿下は焦って遮る。

 

()()(さと)いからこそ、黙っていたのだぞ! 知るほど危険ということもある。護衛がいるなら問題なかろうが!」

 

 珍しく感情を抑えず素直に怒っているのが、おかしくてたまらない。

 しかも愚闇は恐れることなく「殿下のそれって言い訳ですよね」と言い切るのだから、殊更(ことさら)

 

「違う!」


 だが、言い争いは時間の無駄でしかない。



 ――パンッ

 


 乾いた音が、白熱したふたりの空気を切り裂いた。

 

 ギーが強く手を振って(みやび)な赤い扇を開いた音である。それでゆるやかに顔を扇ぎつつ目を細めた。

 

「さて。そろそろ愚かな傀儡(くぐつ)が動いた頃であろ」

 

 愚闇が、ふうと息を吐いた後で襟を正して向き直る。

 

「は。予想通り龍樹殿下が先ほど、皇帝位に就き継承の儀をと蜂起(ほうき)されました。皇城内を陽炎(かげろう)の一部が占拠している模様です」


 それを聞いた第一皇子は、ぎゅっと眉間にしわを寄せながら、思考を整理するように天井を仰ぐ。


「やはり陽炎はあちらにつくか……結局、夕星(ゆうつづ)の手のひらの上だなあ」


 

 病で弱っていく正妃。ひとり皇子。有力貴族からの圧。

 

 前皇帝は心優しい気質のため、それらの状況に(あらが)えず、有力貴族筆頭の娘である清姫(きよひめ)を、側妃として迎えざるをえなかった。

 そうして授かった龍樹が第二皇子となり、彼を()清宮(きよみや)派が出来上がる。


 その状況を憂い、裏で皇雅軍の結束を強めたのは、他でもない紫電一位である涼月(りょうげつ)の力だ。

 ギーとの模擬試合であれ、『鬼に片膝を突かせる』ほどの豪勇と、稀代(きだい)の陰陽師を妻にする度量でもって、個々が強い者たちすらもまとめあげていた。

 ただ、式や術の道具で湯水のごとく()()()()陽炎だけは、取り込めない。しかも立て続けに皇太后、正妃と身罷(みまか)り、いよいよ皇帝自身も(とこ)()せることが多くなってしまったという時に――


 皇雅国最強の夫婦が、突然消息を絶った。

 

「十二年、か」


 魅侶玖殿下の呟きで紫電二位の気が鋭くなり、俺の背に冷たいものが駆け抜けた。

 

「十二年? ということは……一周、か!」

「ギー? 一周とは」

「十二方位・方違(かたたが)えの術を施したに違いない……殿下! 陛下が冥へ()()()()から、何日経ちまするか」

「? もうすぐ四十九日だ。喪が明ける」


 『黒』狩衣の良く似合う殿下は、戸惑っている。

 

「ふく、ふくくく。げに恐ろしきかな、陰陽師。やはり龍樹の蜂起すら織り込み済みよの」


 ギーが確信を持った目で、告げる。


(にえ)、成りらむ」

「贄とはなんだ」

皇雅(こうが)の民と、宝剣を()()者の血であるかと」


 

 ――ぞっ。



龍樹(りゅうじゅ)……っ」

 

 魅侶玖殿下は思わず片膝を立てた。たとえ小憎たらしく相容れない存在であろうとも、血を分けた弟だ。

 そのようなまっすぐな心が、眩しく、そして()()()


(いくさ)の匂いがしてきました」

 

 どこかのんびりとした愚闇の声が、余計に焦燥を駆り立てるようで、若い皇子は拳をぎりぎりと握りしめる。


 その横で、鬼がニタリと笑った。

 

「ふくく。いよいよハク様ご来臨の機、整ったり」


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