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救国の黒姫は、瑠璃の夢に微睡む  作者: 卯崎瑛珠
第二章 錯綜する、糸
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第15話 不気味な予感



 ヒョウ、ヒョウ。

 ヒョウ、ヒョウ。


 相変わらず続く、後宮の夜に響き渡る不気味な鳴き声は、女官たちを次々と(さいな)んでいた。


 どこから聞こえてくるのか。

 なんの鳴き声なのか。


 謎に包まれたまま、不快な声だけが夜の後宮を襲っていた――かに思われた。



「夜宮様。しばらくお部屋からは、決して出ないように」

「愚闇……それは分かったけれど、いったい何が起きているの?」

「判然としませんが、何かが入り込んだ様子」

「! まさか、あやかしの(たぐい)?」

「分かりません。……だが、命を吸っている気配がいたします」

「助けに行かないの!?」

「オイラの役目は夜宮様の護衛です。後宮護衛方がいますから、そちらが対処するでしょう」

「そ、か……」


 烏天狗の能力は分からないが、愚闇の言うことは確かだろう。その証拠に、玖狼が沙夜の側から片時も離れようとせず、耳は立てたまま喉がグルグル鳴っている。


 そこへ、夕餉(ゆうげ)懸盤(かけばん)を持ったすずが青白い顔でやってきた。

 

「すず、どうしたの!? 顔が真っ青」

「夜宮様……お、おそろしくて……」


 震える手で懸盤を床に置いてから、ようやく深呼吸をし、落ち着きを取り戻してから告げる。


女嬬(にょじゅ)が、一気に何人も亡くなりました」

「!!」

「原因が、わからず……その、死にざまもまた、おそろしくて……」

 

 すずいわく、顔中が真っ赤な柘榴(ざくろ)のように(ただ)れて死んだのだという。少なくとも五人以上が、同時に。

 よほど恐ろしかったのか、胸元に入れた『護身の札』に手を添えるようにして、背を丸めて縮こまっている。


「朝のお勤めが終わって、いつものように皆でおしゃべりを楽しみながら、(すだれ)に隠れて昼寝をしていたのです。それで、目が覚めたら……あああ」


 ガクガク震える肩を、沙夜は寄り添ってさすった。自分もまた尚侍(ないしのかみ)(むご)い姿を見た後ではあるが、あれは愚闇が法の下に罰したもの。

 意味も分からず奪われたものとは違う。ましてや、おしゃべりをするような仲の者たちであるなら、なおさら恐ろしいだろう。


「うう、うううう、すみません……」

「いいのよ。そんな大変な時に世話をありがとう。大丈夫よ、すず。ここなら愚闇も玖狼もいるわ」

「夜宮様……」

 

 ぎゅううう、と襟元を握りながら嗚咽(おえつ)するすずの肩を、撫で続けるしかできない。

 

「柘榴……」


 ぎ、と宙を睨む愚闇の視線が、鋭くなった。


 

 

 ◇

 



 夜宮といったか。

 第一皇子殿下に召し抱えられたばかりか、ギー様のお取り計らいで護衛に隠密がつくなどと――もののけとは言っても、(おのこ)禁制の後宮ぞ。

 平民から更衣などはありえぬ処遇であるし、特別扱いが過ぎるのではないか。

 


 わらわは望まれて参内したというのに、殿下のお声は掛からず、ひとりで無為(むい)に時を過ごすだけであるというのに……

 

 ああ憎しや、憎し。




 ああああ、憎し。憎うて憎うて――憎しニクシクシクシャシャシャ……


 


 ◇

 


 

 それからの沙夜は、いたずらに時を消費していた。

 

 魅侶玖の見舞いに行くことはできず、かといって後宮の中でできることは、なにもない。

 

 夏の終わりだというのに、日が落ちてもじめりとした空気がまとわりつく。それは何も、気温のせいばかりではない。



 (よど)んでいる。



 後宮というのは、ただでさえ負のものが溜まりがちのため、それらを浄化する仕掛けが随所(ずいしょ)になされているはずなのだが――機能していないと感じる。


「わたしの部屋って、次々不幸がやってくる、呪いの宮って言われてるみたいだね。果ての次は呪いかあ」

 

 呆れたような、諦めたような顔をして、沙夜は(つぼ)庭を眺めながら独りごちる。

 

 

 ヒョウヒョウと鳴くような不思議な声は、夜になると必ずやってくる。

 

 

 心がざわつく。言いようのない不安に襲われるようなこの感覚は――異常としかいいようがない。その証拠に、姫たちは恐怖や焦燥でますます部屋に引きこもり、女官たちは次々辞めていっているそうだ。人手不足のため、すずは何部屋も掛け持ちすることになってしまい、こちらにはあまり来られなくなってしまっている。


 

 沙夜も例に漏れず、悪いことばかり考えてしまっていた。だからこうして、愚闇や玖狼が話し相手になってくれているのは、ありがたかった。


「……あやかしを消せたんなら、(けが)れは消せないのかな」

「っ、それは! だめです」

 

 即座に否定する愚闇に、沙夜はくすりと笑ってから、部屋の片隅で跪坐(きざ)(片膝を立てて座る)している隠密を振り返る。

 

「だめってことは、できるってことだよね」

「う」

「おのれ愚闇……迂闊(うかつ)にも程があるぞ! ぐるるるる」


 沙夜の脇に寝そべっていた玖狼が、すかさず顔を上げて愚闇を叱りつける。


「玖狼、怒らないで。なんとなくだけどね、不思議な力が湧いてくるような感覚があって」

「「!」」


 沙夜の(げん)に、ふたりは黙って耳を傾ける。

 ヒョウ、ヒョウと鳴く声が遠くなったり近くなったりする。

 

「魅侶玖殿下に、目が瑠璃色になったって言われてからかな。胸の奥が、熱いような、懐かしいような」


 愚闇が背後でごくりと息を呑む一方で、玖狼が諭す。


「そうか……沙夜。おぬしの中にあるものは、特別なものだ。だが、決して拒まないで欲しい」

 

 たち、と柔らかな玖狼の足裏が、木の床を打つ。

 立ち上がった獣は、何かを確かめるかのように沙夜の顔をじっと覗きこんだ。

 

「とくべつ? こばむ?」

「うむ。強い力を持つのを単純に喜ぶ者と、望まぬ者がおるだろう? 沙夜は後者だろうからな。受け入れよ、さすれば道は繋がる」

「さすが玖狼、わたしの性格をよく分かってるね。そっか……受け入れる……」

 

 複雑な表情をして胸に手を当てる沙夜に、たまらず愚闇が言葉をかけた。

 

「俺らが、ついてますから!」

「うん」

 

 

(みんな、死んじゃった。けど、わたしは今、ひとりじゃない。)

 

 

 ほわりと胸の内が温まる。それから、感覚が研ぎ澄まされた。視界がより澄み渡ったようで、今まで目に入らなかったものも見える気がする。

 

「ありがとう愚闇。……なにか、様子がおかしくなってきたわ。そんな気がしない?」

「え? ……! 確かに」

 

 どこがどう変というわけでもない。なんとなく嫌な予感がする、という程度の違和感だ。

 

「うぅむ、まずいな。なんぞ来よるか」

 

 玖狼がグルルルルと低い唸り声を出しながら、耳をぴくぴくと動かす。


「来るって、何が」


 沙夜のその問いには、愚闇が無言で抜刀することで応えた。護衛の殺気は、危険な相手に対しての牽制(けんせい)でもあるのだ。


 と――


 ふっ、と辺りがもう一段暗くなった。

 

 宵の口の薄暗さが漂っていた外の空気は、気づけば濃い紫色に染まっている。


「ふは。まるで冥だな。()()()()

「玖狼!?」

「案ずるな沙夜。さあて、鬼が出るか蛇が出るか」

「どっちも嫌だよ!?」

「がっはっは!」


 チャキ、と忍刀の(つば)音が鳴った。

 愚闇から、更なる殺気が(ほとばし)る。



 シャー、シャー、シャーッ……



 空気音のようなものを発しながら、やって来たのは――

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