6.十六夜の夜に
崖から落ちたリョウは崖から出た木の枝や葉にぶつかりながらも奇跡的に生きていた。途中で腕を伸ばして何度も枝を掴もうとしたからか、足よりも腕の方がダメージが大きい。自分の頑丈さに思うところはあったが、生きていることにホッとする。
けれど、生死を確かめにこられては生きているのが分かってしまう。
ここからは、スピード勝負だ。よろけながら立ち上がり、精一杯の速さで足を前に出す。決して早くはないけれど、立ち止まっている恐怖に比べれば身体の痛みなど気にならなかった。
地図はないけれど、この先を真っ直ぐに歩き続けていればいずれはどこかに抜けるはずだ。そう信じて歩くしかない。
どうしてそこまでして生きていたいと思ってしまうのだろう。死ねば楽になれるのに。そんな気持ちをよそに身体は立ち上がり、先に進む。朝が来て、昼が過ぎて、夜になっても幽鬼のように止まることはない。やがて、明るくなって木々の中を抜けたと思った。
そこにあったのは美しい湖だった。
人が入らぬような辺鄙な土地だというのに整えられているように見える。
満月から一つかけた月は美しく湖面を照らしていた。その中心に輝くものを見つけたリョウは導かれるように湖へと入っていく。不思議と躊躇いはない。ただ、どうしても共にあらねばならない何かがそこに在るのだと、本能が強く叫ぶ。
湖は中心で腰くらいの深さになった。そこに浮いている白銀の生き物。手を伸ばすと、リョウに気が付いたのかその赤い目でじっと彼を見つめる。力なくリョウを見つめる白銀の竜から、リョウは目を離せなくなっていた。
抱き上げると、月のスポットライトに照らされているようだった。神聖な空気に満ちている。竜を抱きしめてリョウは静かに涙を流す。落ちた涙は波紋のように広がって、金色の光が彼らを包む。
秋で肌寒い季節のはずなのに、水温があたたかいとすら感じる。
竜を抱きしめて湖から出ると、リョウは異変に気がついた。
「あれ、ケガが……身体も軽い」
流石に濡れた身体は冷えてきているけれど、無傷の状態になっている。不思議には思ったけれど、彼はそれよりも竜に暖を取らせることを優先した。
リョウは才能があるわけではなかったが、器用だった。小さな火の魔法を使って焚き火を起こすと、衣類を手早く乾かす。風の魔法を使えば、そう時間がかからなかった。あとは鍋などがあれば食事も作れたけれど、長期の依頼の予定ではなかったために野営の道具は持ち出せていない。
竜を膝に乗せて、ゆっくりと息を吐く。
(これから、どうすればいいかな)
冒険者ギルドは大陸共通だ。見つけることができれば、口座から金は出せるだろう。ギルド証も奪われてはいない。生きていることはバレるだろうが、それは遅かれ早かれというものだ。遺体が崖の下にない時点で調べればすぐ分かってしまう。
(手持ちにある金もそう多くはない。どういうわけかケガは治ったけど、状況が良くないのはわかる)
パチパチと火がはぜる音を聞きながら、意識が消えていく。身体は回復したけれど、その疲労の全てが消えたわけではなかった。気を失う寸前、「眠るといい」と少女のような声がした。
白銀の竜はリョウを労るように鳴く。
眠るリョウの額に口付けを落とす動作はまるで人であるかのようだった。ゆっくりと翼を広げると、一度、強い魔力を放つ。リョウと竜の周囲に強固な膜が貼られた。結界の魔法はそう簡単な魔法ではない。
竜がリョウを見つめる瞳には、確かな熱が灯っていた。
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