24.時間は限られている
そう、シルヴィアは竜だった。
それ故に迫害され、城を追い出された姫君だ。
けれど今は人としての姿を持ち、表情がわかり、言っていることもわかる。
だからこそ今までは強要されていなかった淑女としてのマナーを身につけるように言われたのだが、本人としては「お話をしたらすぐに別れるのだから不必要ではないかしら!」などと思っていた。
思っていたのだが。
「リョウ様は学ぶことに興味がお有りのようですね。予定の範囲を超えて質問等をするので教えるのも楽しい、と我が家の家令が笑っておりましたわ」
カエルム辺境伯夫人、イザベラにそう言われてシルヴィアは「う」と詰まった。
実際に日を追うごとにリョウの所作は美しいものへと変わっていく。おそらくグラシエルの侍従ができる程度には。そして、そうなっていく理由が自分であることもシルヴィアには理解できてしまう。
今のリョウが努力するのは大抵がシルヴィアのためであるからだ。
そうであるならばシルヴィアも覚悟を決める他ない。
リョウの影響で本腰を入れて頑張り始めたシルヴィアを見ながら、イザベラ・カエルムは息子であるグラシエルに「あれでは政略結婚等させられないと思うのだけれど」と呟いた。
「そもそも、竜から番を奪おうなんて愚かにも程がありますよ」
「そうよねぇ。でも、異世界人とはいえ平民に姫を嫁がすことはできないでしょうね」
「リョウに功績を立てさせるか、どこかの養子にするか。いずれかしかないでしょう。彼を失えば、殿下が狂うは必至。我が国の吉兆である竜姫を外に出す訳にはまいりません」
「……皇妃陛下もそれを理解していてくださればよかったのですけど」
イザベラの目がキツく細められる。扇で隠れているが、口元もきっと不快さに歪んでいるだろう。
「竜だろうが、虎だろうが、自らの胎で育んだ子を売り飛ばそうとするなど正気ではないわ」
「まぁ……母上なら育てられたでしょうねぇ」
グラシエルはそっと母親から目を逸らして頰を掻いた。
普通の女人が、いや女人でなかろうと、己が子が異形であって正気であれる人間は少ないだろう。せめて獣人という今の形で生まれていれば違ったはずだ。王家に嫁ぐ以上、竜人が生まれるという想定はあっただろうから。
「まぁ、国にとっての吉兆を売ろうとした時点でダメだが」
皇帝がすでに国民に向けて竜の姫が生まれたと詳らかにしているのだ。認められないという理由だけでシルヴィアを排除しようとした彼女には何らかの罰が与えられるだろう。
「ふふ、それにしても素直でおとなしい子たちは可愛らしいわね。本当にうちの子にしたいわ。あなたも含めて、うちの息子たちのなんてやんちゃだったか」
「勘弁してください、母上……」
このままいけば、過去のことを持ち出された上で説教が始まるだろう。そう察したグラシエルはうんざりしたような声でそう言った。
何にしても、春までには間に合いそうだ。
そう思いながら、胸を撫で下ろした。
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