22.来訪へ向けて
リョウが領主一家の名前を知らないのは仕方がない。そもそも別の世界から呼び出された存在だし、そもそも召喚された先だって隣国だ。むしろ、カエルム辺境伯爵という名前を知っていただけ記憶力がいいといえるだろう。
シルヴィアにしても、竜の姿で社交などできるはずもなく、兄も彼女を慮って学校での話など一切しなかった。
「なんでそんな人が冒険者活動をしてるんだ」
「ははは……我が家の家訓で、民の暮らしを知り、生きている土地のことを理解すべしという理由らしい」
「死んだらどうするんだ」
「それで死ぬような者など要らん、ということだ。実際、兄上は『私にはとても無理だなぁ』とあっさり諦めて、婿入りしていった」
この土地で後継者として残ることは思ったよりも厳しいらしい。リョウが理解できないという顔をしているのを見て、グラシエルは苦笑した。血を繋げることを大事にする貴族の多くにも、理解できないと言われることは多い。
「加えて、土地を治めるための知識や才能も必要なんでしょ?ここの領主って超人だったりする?」
「まぁ、そうだな」
その家訓故に脳筋だと思われがちであるが、現在のカエルム辺境伯爵はこの雪深く、魔物多き地を良く治め、栄えさせている。それらは強いだけでなし得ないことだ。
そんな当たり前の事もわからない人間はそれなりにいる。だから血塗れ伯爵だなんて渾名をつけて笑えてしまうのだ。
だからだろう。グラシエルは「お前は賢いな」と弟たちにやるように頭を撫でた。リョウは「やめ、やめろ!子供扱いするな!!」と怒っているが、そういうところが子供っぽいと思われる要因だった。
「それで、春になったらテオドール殿下がいらっしゃる。出迎えの準備をしておいていただきたい」
「私が受け入れるのがわかっているという口ぶりね」
「違いますよ」
グラシエルはにこやかに「会って、しっかり話し合わないと今後に差し障るので、無理矢理でも会って頂くという宣言です」などと言ってのけた。
(まぁ、実際この人なら、問答無用でひっ捕えておく事もできるだろうしな)
話を持ってきてくれるだけ良心的だとリョウが呆れながら考えている隣で、シルヴィアは「何なのよ、それ!」と怒っている。
「シルヴィア、俺も君のお兄さんに会ってみたいな」
「……う、ぐぐぅ……!!言っておくけれど、彼に何かあれば、私から彼を奪えば、許さないから!!」
「それは絶対しないので大丈夫です。竜の運命を傷つけるなんて阿呆しかしません」
また知らない単語が出てきた、とリョウはグラシエルを見つめる。何を言いたいのかわかったようで、「テオドール殿下が来てから説明する」と苦笑した。
シルヴィアと自分を引き離すつもりはなく、近々説明もしてもらえるならばいいだろうと納得する。
テオドール皇子の来訪と、シルヴィアに準備がいることは理解したけれどその後の「そういうわけで、お前らウチ来て勉強な」は予想していなかった。
冷静に考えたら、高貴な人間に会うのならばマナーや文化の勉強は必須だ。それに、服装なども整える必要がある。リョウはすぐに金の心配を始めた。
読んで頂き、ありがとうございます!




