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2.異世界召喚と無能



 目の前の自称姫であるの少女が言うには、異世界から召喚された人間の多くは勇者、聖女という能力を持っているらしい。彼らは多くの場合に優れた能力を持ち、その異能を持って世界を平和に導くとされていると彼女は言った。

 龍太は説明を聴きながら、考える。平和に導くとされている割には、説明に慣れているような気がした。特に異世界転移やら転生を願う性格でもなかったので、早く帰してほしいとしか思えない。



(こういうのはフィクションだからいいんだよ。誰が好き好んで命懸けの戦いをしなきゃならないんだ)



 龍太自身、現代っ子らしく動物も殺したことがない。虫くらいはあるけれど、それだって蚊くらいだ。そんな世界の住民を召喚したとしても、戦いなんてできるはずもない。なのに目の前の少女は戦うための筋肉さえついていないとわかるはずなのに、龍太たちが戦えることを確信している。龍太にはこの状況が酷く不気味に感じられた。

 不自然なほどに煌びやかな部屋に案内されると、不思議な水晶を持つ老人がいた。姫(仮)は龍太たちにそれに触れるようにと要求した。どこかワクワクしている様子の元友人カップルの呑気さを少し羨ましくも思う。



「この水晶は触れた対象の能力を調べることができるのです。さぁ、どうぞ勇者様方」



 嬉しそうに三人に目を向ける姫に不信感しか覚えない。龍太は自分に能力があるのならば知りたいと思うと同時に「あるとしてもここでは知られるべきではない」と感じる。

 目の前の二人が勇者、聖女という能力を得ているその後で龍太は渋々水晶に手を翳す。しかし、前の二人の時のように水晶が光り、力の名を示すことはなかった。無である。



「あら、これは」



 上機嫌であった姫の目に冷え冷えとしたものが見えた。

 龍太には何の能力もないということだろう。



「この場合は元の世界へと戻してもらうことは可能ですか」



 龍太の問いかけに、姫は笑顔を保ったまま、「こちらから呼びかけるだけの一方通行な術なのです」と困ったように言う。あるなんて言って勇者たちに帰られても困るだろう。異世界側の事情ではあるが、現状彼らが方法の有無に関わらず、帰すつもりがないということだけは把握ができた。

 そのまま居着くのも嫌な予感がするな、などと考えていた時だった。



「は、無能はさっさと出て行かせればいいだけでしょ。お荷物になるし、いくらか金だけ渡しておけば後はお前次第だ。せいぜい這いつくばって生きるんだな」


「ふふ、何もない人って無様ね」



 龍太は自分を笑ってくる元友人と元彼女を見ながら「つくづく、人を見る目がなかった」と少しだけ遠い目になる。彼らが言うことに同調するわけではないけれど、ここに居るよりはその対応の方がマシじゃないかという予感がバシバシする。龍太の危険感知センサーはサイレンを出しまくっていた。反面、追い出されてもどうすればいいか分からない。

 姫はそんな二人の言葉に「あらあら」と言って、困ったような素振りを見せた。そして、側近らしき青年とコソコソと話すと、龍太はあっという間に裏口に連れていかれ、手に布の袋を押し付けられ、放り出された。袋の中にはコインのようなものが入っている。



(あー……そういう感じ)



 役に立たないし、勇者がそう言うのだから、ということなのだろう。

 逃げられたことはよかった。けれど、貨幣の価値も、この世界での暮らし方もわからない。

 どうしたものか、と悩んでから仕方がないと溜息を吐いて、人の気配が多い方へと歩き始めた。

 城に召喚されただけあって、城下町が近かったのは幸いした。丸腰で歩いていて無事に済んだということだけでも運がよかった。

 龍太は人に尋ねながら、ファンタジーあるあるの冒険者ギルドに足を踏み入れた。



「ようこそ、冒険者ギルドへ。新規のご登録ですか?」


「はい。あの……何の経験もないのですが、大丈夫でしょうか?」



 不安そうな龍太に、受付嬢は微笑ましそうな顔で「問題ありませんよ。初歩的な説明からさせていただいた方がよろしいですか?」と言った。

 訳ありの人間など冒険者には珍しい話ではなかったし、龍太はパッと見た限りでは少し幼い顔立ちの礼儀正しい少年だった。

 日本人では相応の年齢に見える龍太だが、日本人は海外では童顔に見えるというのがこの世界でも適応されているのか、実年齢よりも子供に見られていた。


 先に登録だけを済ませることになり、出された用紙を見つめる。それは龍太の知る紙ではなく、羊皮紙だ。召喚された人間がそれなりにいるため、この世界の文化は多少発達している。けれど、契約などには魔力の込めやすい羊皮紙がまだ利用されていた。

 字を読めない人間が多いのか、受付嬢は丁寧に字を指差し、読み上げながら項目を説明してくれる。そこで判明したのは、書いてある字の上に日本語訳が現れて読めるようになっていることだ。

 しかし、いきなり字が書けるわけではない。平民が字を書けないのも珍しいことではなかったので、血判を押す代わりに代筆してもらった。



「それではお名前は」


「リョウです」



 あからさまな日本人らしい名前はやめた方がいいだろう、と来る時に決めておいた名前を口に出す。リュウタと呼ばれることがそれなりにあったので、ヘタをすると元友人たちもこの名前では見つけられないかもしれない。

 無能であるかもしれないし、召喚は巻き込まれてのものだったかもしれないが、帰ることができないのならば働くしかない。



(金が貯まったらこの国は出ていきたいな)



 龍太、改めリョウは元友人たちに関わりたくもなければ、この国のヤバそうな人間の相手もしたくなかった。

 何より、リョウ自身は彼らを恨む気持ちでいっぱいだ。無事に苦しい受験戦争を乗り越え、新生活を迎えようとしていた矢先に恋人と親友に裏切られ、戦わせるためにと呼び出され、目的の能力者でないと追い出された。人生を丸ごとぶっ壊された彼は相応に怒っていた。

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