けがの功名
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「からっぽにする必要はないんだよ」
マールは敬語を使う事を諦めたようだった。ジルダも特に注意もしなかった。マールと話しているとロメオやティン=クエンと話しているのとは違う安心感を得る事ができた。
兄とは年に数回しか顔を合わせる事がないが、仲のいい兄弟がいればこんな感じなのだろうかと、ジルダはこっそりと思っていた。
「余りをできるだけ最小にすればいいんだ。そしたら残りを魔法陣で吸収させることができる」
マールの提案にジルダは目から鱗が零れ落ちる気がした。
「一番消費量が少ないのは剣や盾だけど、数をそろえるのが大変よ」
カインの魔力量を考えると、少なくとも小さい魔石が20個は必要になる。大きい魔石だともっと少なくていいのだが、使い切るのに時間がかかる為、回転率を考えて小さい魔石にする事にした。
「ったく、お嬢さんは本当に頭が固いな。あんたんとこの家は農場を持ってるだろ」
マールは農具に魔石を埋め込めば、一度にたくさんの農夫に使わせて魔石を回収することができると提案した。
奇しくも、カインがイレリアを屋敷に連れ帰った頃だった。
シトロン伯爵家の農場には農夫もいたが、春から秋にかけて貧民街から人を雇い入れる事が多かった。賃金が安いからだ。
ジルダはイレリアがいなくなった貧民街に、カインが申し訳程度の支援だけ送って放置している事を知っていた為、それを償う意味も込めて、正体を明かさずに貧民街に支援事業を行う事にした。
資金はジルダの個人資産を使う事にした。正体を明かさないのは、イレリアの功績にする為だった。
カインと婚約した直後、ジルダには首都の一画の所有権が王室から祝いの名目で与えられていた。
それは、貧民街を含む所業施設が立ち並ぶ区画だったため、貧民街もジルダのものだった。これはジルダの身の安全を考慮して、カインと結婚するまではシトロン伯爵家にも明かされず、表向きの管理は王室が行っているとされていた。
ジルダは貧民街に必要な支援内容を、ティン=クエンに調査してくれるよう頼み、エスクード侯爵の伝手を使って製糸技術を取り入れるよう手配したり、建物の補修を行い、冬の間の住処と収入減を与え、春になると計画通り魔石の入った農具を無料で貸し出した。
「魔石の効力が切れたら捨てずにお返しください。魔石を交換いたしますので」
ジルダの使いは、ジルダの指示通り丁寧に貧民街の住民達に接していた。
また、農具以外にも魔石の込められた弓や短剣を配布し、首都近郊の小型の魔物の魔石を適正価格で買い取った。
こうして、魔石の余り魔力を最小限にすることは成功したのだが、肝心の仕組みが難航したままだった。
魔石を空にする事、空にした魔石を安全にカインに渡す事。
これが最大の難関だった。
何しろ空の魔石は、誰かが触れるだけで魔力を吸い取るため、カインに渡す前に誰かの手が触れたら下手をすると命に係わる。ましてや、カインが素直にジルダからの提案を受け入れるかも疑問だった。
そんな時、カインが突然変わった。
イレリアを避けるどころか、ジルダが用意した魔力を安定させる首飾りを受け取ったのだ。
ジルダはカインが遂におかしくなったのかと我が目を疑った。
そして、今回の事件が起きた。
パウロの作った魔法陣はジルダ達に大きな手掛かりを与えた。
そして、完成したのがこの袋だった。
「これは魔石の魔力を吸収する魔法陣を組み込んだ袋です。残り魔力が僅かな魔石を入れると魔力を吸収します。魔力を吸収した魔法陣によって、袋の色が青から緑に変わりますから、この袋が緑に変わったら魔石の魔力は空になったと言う事です。袋の色が緑の時は魔石が空の場合は魔力を吸収する魔法陣が発動します。魔力がいっぱいになったら、袋の色は青く戻ります。魔法陣はカイン様の魔力にだけ反応するように調整していますので、他の方が触れても安全ですわ」
ジルダは経緯をざっくり説明すると、袋の使い方を説明した。
「君は――これをどういう気持ちで作ったんだ」
カインの質問にジルダは「カイン様がいつでも婚約を解消できますようにと」と、あっさりと言ってのけた。
「簡単に言ってくれる――君は僕と婚約を解消したいのか」
カインはジルダの手を握ったまま尋ねた。
「君は――その錬金術師が好きなのか」
ジルダの回答を待たず、カインはジルダに詰め寄った。
――この人は自分が何を言ってるのかわかってるのかしら。
ジルダは握られた手をどう振りほどこうか悩んだが、思いの外しっかりと握られていて、振りほどけそうにないのを察すると、カインの目を見て言った。
「私は婚約を解消したいとは思っていませんし、マールの事は兄のようなものだと思っていますわ。私はカイン様と婚約しておりますし」
言い終わる前にカインはジルダを抱き締めた。ジルダの優しく温かい魔力がカインに触れた。
「すまなかった。もう二度と君を疎かにはしないと誓う」
「苦しいです――カイン様」
ジルダはカインの手が自分から離れた事に気付くと、カインの背にそっと手を回した。




