交錯
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男達に襲われ、薬師に助けられた後、目を覚ましたイレリアは薬師の自室で横たわっていた。
薬師が運んでくれたのだろう。上掛けこそは掛けられていたが、裸だった。薬師が戻ってくるまでに服を着ようと思ったが、ベッドの周りにそれらしきものはなく、イレリアは途方に暮れていた。
しばらくして、薬湯を手にした薬師が戻ってきて、ベッドの縁に座り椀を差し出すと、イレリアに薬を飲むように言った。
上掛けを手繰り寄せながら体を起したイレリアは、言われるがままに椀を受け取り薬湯を口にした。
苦いのが苦手なイレリアの為に、蜂蜜で甘くしてある。イレリアが子供の頃から風邪をひいたり体調を壊すと、薬師はこうやって高価な蜂蜜を惜しげもなく使って、イレリアに薬を飲ませてくれていた。
イレリアはその甘さに漸く自身に起きた事を思い出し、薬師にしがみついて泣き叫んだ。
「怖かったろう。これは心を落ち着かせる薬だ。飲みなさい」
イレリアを宥めたが泣き喚くイレリアに業を煮やして、薬師は薬を口に含むとイレリアに口移して無理矢理飲ませた。
その行為にイレリアは驚き、呆気にとられていると、もう一口薬師が口移した。
薬がなくなっても二人の唇は離れず、イレリアは薬師にされるがまま身を委ねていた。先程の恐怖からくる諦めではなく、ただそうしたかったのだ。
鈍い痛みとともに、自分の体の上で忙しく動く薬師を、イレリアはただ満たされた想いで見つめていた。
イレリアはロメオの目を見る事が出来なかった。
なぜわかったのだろう。カインは自分が初めてじゃない事については何も聞いてこなかった。だから自分も何も言わなかったのだ。
薬師との関係はそれきりだった。
事が終わった後、薬師はイレリアに新しく用意した服を寄越すと着替えて出て行くようにと言って、部屋を後にした。
イレリアはさっきまでの出来事が現実ではないような気がしたが、下腹部に残る鈍い痛みとベッドに沁みた血液が現実であると言っているようだった。
しかし、それ以降もイレリアと薬師の関係は師匠と見習い以外あり得なかった為、イレリアは全て忘れる事にした。
たった一度の事なのに、なぜロメオは気付いたのだろう。イレリアの忘れたい過去を。
イレリアの顔色でロメオは確信した。
イレリアに魔法を仕込んだのは薬師なのだと。
「いつからだ?いつから関係を持った」
ロメオはイレリアの肩を掴むと、椅子の背に強く押しつけた。先程までの甘い表情はそこには無く、怒りに満ち溢れた男の顔がイレリアの目に写り、恐怖が色濃くイレリアを襲った。
「じ……15の時に一度だけ」
震える声でイレリアが答えると、ロメオは「それだけか?」と追い討ちをかけ、イレリアは頷く以外できなかった。
二人が出会う2年も前から周到に用意されていた事なのか――いや、あるいはもっと前から――。
そして、薬師は間違いなくオルフィアス伯爵と関係がある。
――だが、なぜオルフィアス伯爵なのだ。
オルフィアス伯爵と言えば、50年前の戦争で領地を守り切れず一度敵に滅ぼされ、その領土は以降王家に帰属されエスクード侯爵家が管理していた。オルフィアス伯爵家の傍系であった先々代が伯爵位を継ぎ、今代の伯爵になって領地を再度下賜された家系だ。再興後は見る間に頭角を現し、あっという間に議会の中枢に昇りつめた手腕は王家の覚えもめでたく、オルフィアス伯爵の再興を後押ししたエスクード侯爵家には恩義こそあれ、攻撃などする理由がない。
「――あの……ロメオ様……?」
考え込むロメオに、イレリアは恐る恐る声を掛けた。
「すまない、イレリア嬢。楽しい時間をありがとう。私はこれで」
帰りの車は用意すると素っ気なく告げると、ロメオは足早に厩舎へと向かった。この事実を侯爵に伝えなくては――。
ロメオは草竜に跨ると、ティン=クエンとエスクード侯爵がいる王宮へ向かった。
王宮内の侯爵の部屋には、有難いことにエスクード侯爵とティン=クエンが揃っていた。
ロメオはイレリアから書き出した情報を二人に伝えた。
「オルフィアス伯爵についてはまだ調べが終わっていない。――薬師の確保を急ごう。奴はまだあそこにいるのか」
しばらくの沈黙の後、侯爵が口を開いた。
「ここに来る途中でカインに魔力を飛ばしています。既に動いていると思います」
ロメオが答えた時、部屋の扉が勢いよく叩かれ、ダーシー卿が飛び込んできた。
「し――失礼します。侯爵閣下!た……隊長が重傷を負われました」
ロメオからの魔力通知を受け取ったカインは、すぐにダーシー卿を連れて貧民街へ向かった。
数度しか顔を見合わせたことのない薬師は、いつも不機嫌な顔をしていた。元々無愛想で神経質な性格なのだとイレリアが言っていたので気に留めていなかったが、あれは自分に対する敵意だったのではないか。
カインを乗せたポッチが、走りながら心配そうに背中のカインを振り返る。感情が乱れているのは自分でもわかったが、ポッチにも伝わったようだ。
「心配してくれるのか?――お前がいてくれるんだ。大丈夫だよ」
カインはポッチの長い首を優しく触ると、グルルとポッチが喉を鳴らすのがその手に伝わって安心する事ができた。
なぜ薬師が自分を憎んでいるのかは分からないが、イレリアを利用しこの国を何度も危険に陥れた事は変えようのない事実だ。真相を解明し、罪を償わさねばならない。
カインは手綱を握りしめた。




