贈り物
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ジルダを目の前にして、カインは彼女の持つ優しい魔力を久しぶりに感じた気になった。3日前も同じように目の前にいたのに、その時は相変わらず疎ましく感じていたものの、この一年間抱いてた嫌悪感は感じなかった。
だが、今日はどうだろうか。
この人はこんなに優しく温かい魔力をいつも自分に向けていたのかと自覚すると、これまでの態度が思い浮かばれて恥ずかしいやら情けないやら、しかしどこかでまだジルダを疎んじている自分がいて、頭が混乱してまとまらない。日記の事やティン=クエンの事など聞きたい事が沢山あったが、まともにジルダの顔を見れず、手だけをジルダに預けて顔と体は横を向ける事で、カインは何とかジルダの前に座ることができた。
「カイン様――」
ジルダに名を呼ばれて、カインは飛び上がりそうになった。
ジルダの声を久しぶりに聞いた気がした。こんな落ち着いた女性の声だっただろうか?もっと舌足らずな幼い話し方ではなかったか――
「カイン様の魔力が本日は安定していないようです。何かございましたか?」
カインの横顔を見つめながら、ジルダが問いかけた。
「いつも通りだ。何もない――」
ジルダの方を見ないようにして、混乱を悟られないようそっけなく答えてから、カインは後悔した。
しまった――日記の事を切り出す機会だったのに。
「そうですか――なるべく多めに魔力を吸収しておきますが、魔獣討伐は到着してすぐ行われるわけではありませんよね」
カインの対応の悪さには慣れているジルダは、特に気にする様子も見せず、部屋の隅に控えていた自分の侍女に目配せをして、小さな包みを持ってこさせた。
「こちらを」
ジルダは包みから、カインの瞳によく似た青い親指の先ほどの大きさの宝石が付いた首飾りを取り出すと、カインに差し出した。
首飾りの鎖には繊細な細工があしらわれており、赤みを帯びた金の鎖はどことなくジルダの髪を思い浮かばせた。
「錬金術師に頼んで作ってもらったものです。――カイン様の魔力を安定させる効果があると思います」
二つの魔力を持つ者などそうはいない――いや、恐らく現存しているのはカインのみだろう。
だが、ジルダはカインの片方の魔力――黒い方の魔力さえ抑える事ができれば、カインの魔力が安定する事を知っていた。だから、その魔力を抑えるであろう魔法陣を埋め込んでお守りを作ったのだ。
問題はジルダを嫌っているカインが、ジルダから受け取った首飾りを身に着けるかだが――
「あ……ありがたく使わせていただく」
カインはそう言って首飾りを受け取ると、すぐに着けてみせた。
青い宝石はカインの瞳によく映えて、赤みのある金の鎖はその細工から光を乱反射させて、カインの美しい金色の髪を際立たせた。
ジルダは、まさかカインが素直に受け取るとは思わなかったため、呆気に取られてカインを見つめていた。
普段は決して表情を崩す事はないジルダのその表情を見て、カインはとても可笑しくて大笑いした。
「――すまない。いつも鉄面皮の君がそんな間抜けな顔をするとは思っても見なくて」
「間抜け――ですか」
「とても――」
ジルダの不機嫌な気配を感じ取り、笑いを堪えてジルダを見ると、ジルダは既にいつもの無表情に戻っていた。――が、カインに笑われた事が恥ずかしいのか、怒りからか、その頬は真っ赤に染めあがっていた。
魔力吸収の続きを行うと、再びカインは体ごと横を向けて、ジルダの視界に入らないように片方の手で首元の青い宝石を触った。
その宝石は温かく優しいような気がした。
カインの出立にイレリアは見送りには来なかった。
魔力吸収を終えると、ジルダはすぐに侯爵邸を後にした。いつもの事だったが、今日に限っては特にイレリアとの時間を取らせてあげようとの配慮だったのだが、無駄に終わったことをジルダは知らなかった。
ジルダの帰り際にカインは漸く勇気を振り絞り、「この仕事から戻ったら話したいことがあるんだ。時間をいただけるだろうか」と伝える事ができた。
ジルダは黙って頷くと、美しい所作で礼をして獣車に乗り込むと侯爵邸を後にした。
その姿を見送りながら、カインは何故か、出発までジルダを引き留めたい衝動に駆られたが、これまでの自分の言動を考えるとしてはいけない気がして、なんとか引き留めない事に成功したのだ。
帰りの獣車に揺られながらジルダは、帰りがけにカインが言ったことを思い出していた。
話したい事とは何だろう――もしかしたら婚約解消を侯爵が承知したのかも知れない。だから今日はあんなにいつもと違い上機嫌だったのではないか。
――それでもカイン様。あなたは私がいなくては生きていけないじゃないですか……
ジルダは計画を急がねばならないと思い直すと、御者に行先の変更を伝えた。
青い宝石はサファイアのような青と思っていただければ嬉しいです。




