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【完結】侯爵家の婚約者  作者: やまだ ごんた


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出立前

お読みいただきありがとうございます

 ティン=クエンからジルダは不在だと言う事を聞いて、なぜティン=クエンがジルダの予定を把握しているのかと、カインは不機嫌になった。その様子を目ざとく察知したティン=クエンは、なぜだか嬉しくなり意地悪をしたい気分になった。

「ジルダから色々頼まれていることがあってね――君の魔力吸収がない日はよく会っているよ」

 その様子にカインは更に機嫌を悪くし、獣車の窓から顔を離した。

「君とはまだ絶交中だ――それにジルダは僕の婚約者だ。周囲に誤解されるような事はやめていただきたい」

「君が謝るのなら僕はいつでも許すつもりだよ?」

 ティン=クエンは草竜を獣車に近付けると、窓からカインの顔を覗き込んだ。

 ジルダの話をしても不機嫌になっていないどころか、子供の時のような事を言っているのが嬉しかった。

 カインとロメオは長男だったが、ティン=クエンは三男だった。その為、二人はジルダが二人に着いて行けなくて困っていても気がつかなかったが、ティン=クエンは同じ末っ子同士ジルダの事がなんとなく理解できたので、いつも傍にいてジルダを庇ってやっていた。

 ジルダも、ティン=クエンには安心した表情を見せる事が多く、それを面白く思わないカインはよく、「ジルダの婚約者は僕だぞ!」とティン=クエンに食って掛かっていたものだ。

「なんだ――その顔は」

 カインはティン=クエンが薄ら笑いを浮かべて自分を見ているのが腹立たしくも、嬉しかった。

 この幼馴染は、自分が屈辱的な言葉を吐いて傷つけたのに、軽蔑するどころか昔のように笑いかけてくれている。

「別に――ただ、僕にそんな態度を取っていいのかな?明日からの出張に随行するのは僕なんだが?」

 意地悪を浮かべたティン=クエンは草竜の手綱を引くと、獣車から離れようとした。

「僕と君が険悪なままでいいのなら僕は構わないけどね」

「待て」

 獣車から離れようとしたティン=クエンを、カインは慌てて引き留めた。

「――その……ごめん」

 カインの子供じみた謝罪に、ティン=クエンは大笑いしながら手綱を引くと、「謝罪の詳細は明日の獣車でしっかりと聞かせてもらうよ。――あと、ジルダは今日は遅くまで戻らないそうだ」と言って、カインに手を振って走り去っていった。

「ルー……家へ戻ってくれ」

 ――あの根性悪め。何かをごっそりと削られた気分になりながら、カインはどこか軽くなった心を感じていた。

 心地よく揺れる獣車の中で、カインは考えていた。どのみちジルダは明日出発前に魔力吸収に訪れる予定だ。その時に話せばいい――だが……

 ジルダがティン=クエンにした頼み事と言うのが、カインの胸に引っかかっていた。


「日記は父上にお渡ししたよ」

 夕食時、家族用の小さな食堂に置かれた円卓で隣り合わせに座ったカインに、イレリアが日記を読ませて欲しいと頼むと、カインは首を横に振った。

「どうして――?」

「母上の想いをもう一度読み返したいとおっしゃってね。領地にお戻りの際に持っていかれた」

 イレリアは頭に血が昇るのが分かったが、確かにあれは彼女のものではなく、エスクード侯爵とカインの物だ。イレリアが持つ権利はなかった。しかし、イレリアがジルダよりも素晴らしい女性であると認められる為には、人々が口を揃えて褒め称えるエスクード侯爵夫人の記録が必要だったのだ。

「見つけたのは私よ?」

 感情を抑えきれず、イレリアはきつい口調でカインに言った。

 これまでイレリアがこうやって感情的になる事はなかったのに、どうしたと言うのか――カインは驚いて食事の手を止めてイレリアの手を握った。

「父上はイレリアに感謝していたよ。よく見つけてくれたと。この10年間ずっと探していらしたそうだ」

 優しい口調だったが、その顔にはイレリアを訝しがる表情が浮かんでいたのをイレリアは見逃さなかった。

「――お母様は社交界でも憧れの存在だったとよく耳にするわ。だから――私あなたの隣に立つのに恥ずかしくないよう、日記を読んでお母様のように振舞えるよう勉強したいと思っていたのよ」

 慌てて怒りを抑えると、イレリアは取り繕い笑顔を作った。社交界で覚えた淑女の笑みというやつだ。

 だがカインは、その笑みを見た途端、弾かれるように顔を背けると、突然席を蹴り立った。

「すまない。――昨日の今日で疲れているらしい。部屋に戻らせてもらう――ああ、そうだ。明日は朝にジルダが出発前に魔力吸収を行いに来る。君は見送らなくても――いや、好きにすればいい」

 失礼すると言い残して、逃げるように出ていくカインを、イレリアは引き留める事が出来なかった。

 なぜカインは顔を背けた時、嫌悪感に満ちた顔をしていたのだろうと、呆然としていたのだ。


 翌朝、サロンでカインの手を握り魔力吸収を行っていたジルダは、カインの魔力に揺らぎを感じていた。

 おかしい。魔力が安定するようにわざわざ2日も休日を与えてイレリアと過ごさせ、魔力が安定するように根回しをしておいたのに。

 しかも、後悔や疑念、嫌悪、愛情など様々な感情がカインの心を占めていて、心を感じることが出来なかった。ただ、嫌悪の感情とともに、淑女の笑みを浮かべたイレリアの表情が浮かんでいる。

 喧嘩でもしたのだろうか。一年近くも一緒にいれば一度くらい喧嘩もするだろうが――それより問題は魔力の揺らぎだった。カインの中の二つの魔力が拮抗している。

「カイン様――」

 ジルダに手を取られながら、体は横を向けて顔を逸らしているカインに、ジルダは声を掛けた。


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