日記4
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使者から手紙を受け取ったリオンは、すぐに手配を開始し、国内外からありとあらゆる情報を収集した。
領地の技術改革をするのだと言う言い訳で魔導士も何人も雇い入れては、収集した情報の検証を行っていた。
おかげでアバルト侯爵領は王国一の魔道技術を有する事になったのは嬉しい副産物だった。
そうして1年が経過した頃、古のアベル王子が遺したものではないが、それに近いものを発見したと報告があった。
魔導士たちが検証した結果、確かに一時的に魔力量を上げる術で間違いないという。
リオンはすぐに姉に魔力を飛ばした。緊急時や非常事態が起きた時の連絡手段で、伝えたい言葉を魔力に込めて相手に届けるものだ。かなりの魔力を消費するため、普段の通信手段には使われない。しかし、今はそんな事を言っている場合ではない。
2日後、通知を受け取ったアルティシアは、夫に適当な言い訳をつけてアバルト侯爵家に戻ってきた。
「術の効果は30日です。その間にご懐妊なさらなければ次の機会はないとお考え下さい」
魔導士の言葉にアルティシアは頷いた。
「姉さん、待って下さい。確かに魔力量が上がることは確認しました。でも安全性についてはこれからだと報告でもお伝えしたでしょう」
リオンは、せめて誰か――奴隷か、それとも平民の協力者を探して、その者で安全性を確保しても遅くはないのではないかと説得した。
だが、イレリアにそれを待つだけの余裕はなかった。
先日耳にした社交界の噂では、エスクード侯爵家にいつまでも跡取りができない事に業を煮やした国王が、オレリオに魔力の強い女性を与えようとしていると言うのだ。
今はまだのらりくらりとかわしているオレリオも、国王命令と言われれば応じないわけにはいかない。応じない場合は爵位領地を全て返上の上、平民に落ちる事になる。
自分のためにオレリオを平民になど落としてはならない。
アルティシアは、リオンに頼み込んだ。
「お願い――このままではあの人は全てを捨ててしまう。私はどうなってもいいの。でも、あの人にあの頃の私たちのような惨めな思いはさせたくないの」
姉の悲痛な叫びを無視できるほどリオンは冷徹な男ではなかった。侯爵家が困窮した時、自分はまだ子供だったが、姉は社交界に行く事もできず、山のように来ていた求婚状は全て撤回され、これまで姉をもてはやしていた人たちは誰も姉に手を差し伸べようとは思わなかったという。
社交界に行かなくていいのなら、少しでも領地の事を勉強して父様のお役に立つことができていいわと言って、姉はいつも笑っていた。だが、その心中は惨めで悔しかったに違いない。
その思いを夫であるエスクード侯爵に味わわせる事はしたくないという気持ちも理解できる。
侯爵ならば、姉以外の女を娶れと言われれば、平気で爵位も領地も返上してしまうに違いない。それほどまでに姉を愛し慈しんでいる姿を子供の頃からずっと見ていたのだから。
リオンは「危険があればすぐに止めるからね」と約束して、魔導士に術に取り掛かるよう伝えた。
――自分も姉達のような夫婦になれるだろうか。夫のために命を懸ける事に何のためらいもない姉を見て、リオンは少し羨ましく思った。
昨年の秋の月に結婚したばかりのリオンは、妻をとても尊重はしていた。明るく社交的な伯爵家出身の妻は、仕事にかまけてばかりのリオンに不満を膨らませているようで、領地に寄り付こうとはしなかった。リオンはそれを幸いと仕事に没頭するふりをして、姉のための術を探していた。
――これが終わったら、妻と向き合ってみようか。
姉夫婦のような関係にはなれなくても、お互いを思いやれる関係になれればいい。
リオンはそんな事を思いながら、魔導士と歩いていく姉の後ろ姿を見送った。
魔導士たちが用意した部屋で、アルティシアは指定された魔方陣の中心に言われるがまま横になった。
術が始まると、アルティシアの体に不思議なほど生命力が溢れてくるのが分かった。
術は半刻もかからず終了し、魔導士の「成功です」と言う言葉がアルティシアの長年の重荷を全て取り去ってくれるようだった。
そして、領地に戻ったアルティシアは、翌月侍医から妊娠の報せを受けるのだった。
全てが元通りになったと思われた。
お腹の子供はアルティシアとオレリオの魔力に包まれ、順調に大きくなっていた。
つわりが酷い時期が長く、アルティシアは一時的に衰弱したが、オレリオの手厚い看病と温かい眼差しを守ることができた幸福感で耐えることができた。
やがてつわりがおさまり、お腹が大きくなってくると、漸く自分の胎内でオレリオの子供が育っていると言う実感を得ることができ、愛しくてたまらなかった。
毎夜のようにオレリオと枕を並べては、生まれてくる子は男の子だろうか、女の子だろうか。女の子ならアルティシアに似て美人になるし、男の子ならオレリオが一人前の騎士に育てると鼻息を荒くしていた。
そして、翌年の春の日――20時間という長い時間をかけて、美しい男の子が生まれた。
妊娠中に二人で考えた名前――カイン・ジュノア・フィン・エスクード=ランク―ザー。
エスクード侯爵家にのみ許された、エスクード侯爵家の始祖であり、建国の英雄の名であるジュノアを第二名としたのは、王家への叛意はない事を示すためだった。
英雄ジュノアは、建国の際王家に綽名す国を一人で滅ぼしたと言われる魔力の持ち主で、生涯を王家への忠誠に費やしたとされている。逝去の間際、この名を付ける者は自分の生まれ変わりのみであり、エスクード侯爵家以外は付けることはならないと遺言を残したとされていた。
生まれ変わりではないが、王家に忠誠を誓う者と言う意味合いで、第二名に付けることは何世代か毎に行われていた。
生まれたばかりの我が子から感じ取れる魔力は非常に強く、将来王家が危険視しない為にも、名で忠誠を表しておくことは重要だとオレリオは考えたのだ。
「アルティシアが命懸けで産んでくれた子だ。私が生きている限りは私が命懸けで守ろう。だが、万が一私が守れくなった時、この名がお前を守るだろう」




