お似合い
お読みいただきありがとうございます
イレリアはカインの姿を見て安心で泣きそうになったが、カインの笑顔が「泣いてはだめだ」と言っているように見えて、何とかこらえることができた。
「カイン――私、私……」
「大丈夫。僕を見て。ほら、これは僕たちが好きな曲だよ」
カインが耳元で囁き、イレリアは耳を音楽へと集中させた。
確かに旋律の中に二人が好きでよく踊った曲が見えてきた。
「僕に合わせて――」
そこからは魔法のような時間だった。
さっきまでまるで知らない曲だったのが、カインのリードでいつも聴いていた軽快なステップが似合うあの曲となり、イレリアは練習の時のように自由に伸びやかにダンスを踊ることができた。
そして、それはここに集まった招待客の目にも奇跡と映ったのだった。
「ご覧になりまして?公子が微笑んでいらっしゃるわ」
「お相手のイレリア嬢もお美しくて――まるで神話の絵画を見ているようですわ」
貴族たちは口々にカインとイレリアを褒め称え、同時にジルダに憐みの眼差しを向けた。
「ジルダ――よかったら僕と踊らないかい」
ロメオがジルダに右手を差し出し、ジルダはその右手をじっと見つめた。そして、少し考えた後ロメオの手を取ると二人はホールへ歩き出した。
「エスコートの件はカインに頼まれたんだ。だがドレスの事は聞いていない」
ジルダの腰に手を当てながらロメオはジルダに懸命に釈明した。
「あなたが止めたところで聞くような人ではないわ。――それより」
「ああ。やはりカインはどこかおかしい」
ロメオの言葉にジルダは静かに頷いた。
「魔力吸収の時に何か異変を感じたりは?」
「いいえ――この頃は魔力も安定しているし――おかしいのは性格だけね」
ジルダが横目でカインとイレリアが踊っているのを見ると、ロメオも頷いた。
「僕が知っているカインは恋愛なんかに溺れるような奴じゃなかった。――もっとも、奴が誰かを好きになったのなんて一人しか知らないんだけどね」
「溺れたとしても自分のお立場を忘れるような人ではなくてよ」
だから尚更ジルダ達にはカインの変化が分からなかった。
ただ一つだけ明らかなのは、カインの異変は全てイレリアに出会ってからだったのだ。
「シトロン公女がエスクード公子以外と踊るのは初めて見ましたわ」
エスクード侯爵家の傍系と婚姻を結んだとか言う子爵家の夫人が馴れ馴れしく話しかけてきた。
名は何と言ったか……確か茶会にも誘われていた気がする。
「私のパートナーがアバルト公子のお相手をお借りしたもので――そのお詫びですわ。フィッツバーグ子爵夫人――もっとも、私ごときではあの美しい方の代役なんて恐れ多い事ですが」
漸く名前を思い出して淑女の微笑みで答えたが、これまで数度しか参加していない社交界でも数度も会話をしたことがない子爵夫人がなぜここまで馴れ馴れしく話しかけてくるのだろう。
「ええ――確かにお美しい方ですわね。エスクード侯爵が後見を公言なさってから、彼女の存在は私どもの間でも持ち切りでしたのよ」
ジルダがカインの婚約者であるのはいつ迄か――大方そんなところだろう。ジルダが答えずにいると、やり込めたと勘違いした夫人が嬉しそうに続けた。
「ですが、一目見てわかりましたわ――あの素敵なドレス。とてもお似合いですわ――ねぇ」
ジルダにとってはこの程度はどうでもいい事だったが、社交好きのフィッツバーグ夫人がジルダをやり込めたと風潮しては後々面倒だと、ジルダは相手をすることに決めた。
「ええ――とってもお似合いですわ。エスクード侯爵の後見を表すにふさわしいドレスですわ」
ジルダの言葉に夫人は扇を口元にやると、眉を上げて見せた。
「エスクード侯爵家のシンボルは緑のドラゴンに青のゴブレット、金色の蔦ですわ。お忘れになりまして?」
「え……ええ。そうですわね」
「侯爵のご配慮により、イレリア嬢は侯爵家の後見を受け、その身を侯爵家の預かりとされております。冬の月のわずかな間にあれだけの所作を身につけられた才覚はさすがとしか言いようはございませんわ――ねぇ?」
事実、イレリアの成長は目覚ましかった。初めてイレリアを見た人間なら、彼女が貧民街の出身とは露ほども思わないだろう。
ジルダはフィッツバーグ夫人に言い含めると、淑女の微笑みのままやんわりと礼をしてその場を去った。
イレリアとカインの瞳が侯爵家の色でよかった――ジルダはなぜだか二人に感謝した。




