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【完結】侯爵家の婚約者  作者: やまだ ごんた


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淑女教育

お読みいただきありがとうございます

 冬が深まった頃、イレリアは侯爵家のサロンでカインと向き合ってお茶の時間を楽しんでいた。

「元々君の所作はひどくなかったけど、最近は見違えるように美しくなったね」

 カインはイレリアの所作の美しさをため息交じりに褒め称えた。事実、イレリアの所作はジルダには及ばないものの、一般的な貴族の令嬢と比べても遜色がないと思われた。

「薬師になると、商人や貴族ともお茶をする機会があるからと、師匠に教えられていたの――」

 恥ずかしそうにイレリアが頬を赤らめた。

 すっかり貧民街に戻りたいと言わなくなったイレリアの口から、久しぶりに薬師の名を聞いて、カインは一瞬身構えたが、イレリアの口から貧民街に関する言葉はそれ以上出てこなかった。カインは安堵したが、同時になぜ貧民街の薬師が商人や貴族に招かれるなどと思ったのか疑問が頭をよぎった。

 カインの顔が曇ったのを見て、自分に里心が芽生えてカインが不安がっていると思ったイレリアは「今はカインの傍にいることが私の望みよ」と言ってカインの手に自分の手を重ねた。

 その温もりにカインは心が満たされる気がして、イレリアの手を強く握り返した。


 茶の所作は問題なく覚えられたが、それ以外の所作や教養は教師からもまだまだと指摘され続けていて、イレリアは疲れていた。

 しかし、自分が貴族となって認められれば侯爵に認められ、カインの愛妾として傍にいれるのだという思いがイレリアを奮い立たせていた。

「お茶をお願いしていいかしら」

 イレリアは自室に戻ると女中に声をかけた。

 女中は頭を下げると、茶の用意をするために部屋から下がった。

 侯爵家に来た頃はあの女中にも頭を下げていたが、今のイレリアは侯爵家の後見を得た客人だ。卑屈になることはないのだ――それに貴族は身分が下の者にはへりくだってはいけない。教師もそう言っていた。

 侯爵家の後見を得た自分は、社交界ではどの令嬢よりも身分が高いのも同然なのだ。

 優雅に、尊大に、しかし慈しみ深く――イレリアは女中の淹れた茶を飲みながら今日の授業を思い返していた。


「イレリア嬢は優秀な生徒です。意欲的で吸収も早い。薬師見習いをしていただけあって、地頭がよいのでしょう」

 教師の報告にエスクード侯爵は頷いて見せた。

 イレリアの後見を決めたのは、貴族に対する体裁だけでなく、イレリアの存在がカインの魔力を安定させている為、イレリアを認めてほしいというジルダの要望によるものだった。

 その為、侯爵は注意深くカインの動向を観察しながら、然るべき時に最善の方法を取れるよう準備をしていた。

 カインの魔力暴走がなければ、もう少し穏便にイレリアの存在を明るみにすることができたとのだが、オルフィアス伯爵のおかげで貧民街出身の薬師見習いである事すら隠すことができなくなってしまった。

 しかし、それが逆に良かったのか、庶民からの評価が上がり、イレリアの存在は首都のみならず、国中で語られることとなり、庶民の人気を取り込みたい貴族達はこぞってイレリアに茶会やパーティーの招待状を送りつけていた。

 しかし、いざ貴族の社会に送り出すにはまだまだ不安が残るため、招待には応じないようアレッツォやカインに言い含めていた。貴族社会はちょっとした失敗を針小棒大にあげつらえて足を引っ張るものだ。

 イレリア本人はともかく、カインがその矢面に立つことは避けねばならなかった。次期侯爵ともなる存在が、たかだか貧民街の女性によって傷つけられるわけにはいかない。今はまだ社交に関心のないカインも、その重要性を認識すれば自分の言っていることも理解できるだろう。

 侯爵は教師にイレリアの教育を急ぐよう言いつけると、教師を下がらせて窓の外を見た。

 この雪が解けたら春の月がやってくる――カインとジルダの婚姻の年になるのだ。


 イレリアはダンスの授業が一番好きだった。

 薬師見習いをしていた時から、机に向かって勉強するのは慣れていたが、一番好きなのは農場で農作業をしたり、森で薬草を摘んだり、体を動かしている時だった。

 それに、ダンスの授業の時はその多くをカインがパートナーを務めてくれていた。

 カインが来れないときは騎士や執事のアレッツォがパートナーになってくれていたが、他の男性と踊るからこそカインのエスコートが完璧で最も優雅であると、イレリアでさえ理解できるのだ。

 それに、カインの謹慎中はもっと二人で過ごすことができると思っていたのに、朝から晩まで授業が組まれて、自由なのはお茶の時間と授業が終わった夜だけだった。

 食事の時間でさえマナーだの会話だので常に教師や執事と共にしなければならない。

 夜の短い間――寝室に入り眠りにつくまでのひと時だけが、カインとイレリアの癒しの時間だった。

 だから、堂々とカインと一緒にいられるダンスの授業は大好きだった。

 ステップを踏みながらこそこそとおしゃべりを楽しむ。――晴れて授業が免除されたら二人でどこに遊びに行こうか、春になったら別荘に行こうか――

 おかげで、カインの謹慎が終わる頃には、イレリアのダンスはカインに引けを取らないものとなっていた。

 窓の外では冬が終わろうとしていた。

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