口論
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侯爵邸の客用のサロンで、ロメオは苛立ちながらカインを待っていた。
ここ数週間のカインの仕事ぶりは評判が良く、街道の魔法陣を書き換えた魔導士こそ見つからないものの、首都周辺の街道の確認や、魔道技術の設備の見回りなど、精力的にこなしているという。
一時は貧民街に入り浸っていると噂があったが、最近ではそれも聞こえてこない。
その代わり聞こえてくるのは、エスクード次期侯爵が女人を連れ込み寵愛しているという噂だった。
ロメオが深くため息をついたと同時にサロンの扉を叩く音がし、続いてカインが姿を現した。
「君の休日を邪魔しないよう午前中にしたんだが、それでもまだお邪魔だったかな」
皮肉を込めてロメオが右手を差し出すと、その手を握り返しながら「なんのことだか」とカインは笑って見せた。
「貧民街には顔を出していないようだな。ようやく諦めがついたと思いたいんだが」
ソファに腰掛けながらロメオは尋ねた。
「僕が彼女を諦める時は、僕が死ぬ時だけだ」
「どうかしている」
ロメオはため息をつきながら吐き捨てるように言った。
「愛妾を持つ事はどうでもいい。僕の父上だって若い頃は別棟に隠していたのを知っている。だが、君はまだ結婚前だろ」
貴族の結婚とは親や王に命じられて行うものであり、生活を共にすることで幾ばくかの情は生まれても愛のない結婚が殆どだった。だから愛妾を持つ事は謂わば当然の風潮があった。
しかし、それは結婚をしているからこそ許されるものであり、カインのように婚約者がいる場合は、婚約者に尽くし結婚まで純潔を貫くことが貴族としての在り方である。
「だからと言って彼女をいつまでもあんな所で生活させるなんて無理だ」
「何も恋人を作るなと言っているんじゃない。もっとうまくやれって言ってるんだ」
事実、結婚前に身分の低い女性や、婚約者以外の女性を恋人にする貴族も少なくはない。しかし、カインのように隠すこともなく、堂々と入れ込むのは婚約者を侮辱する行為であり、カイン自身貴族社会から嘲笑される事でもあった。
「僕は名誉なんかより、彼女の方が大事なんだ。彼女の存在を隠す必要なんてない僕は――」
「いい加減にしろよ!」
ロメオは声を荒げた。
「君はエスクード侯爵家の嫡男であり次期侯爵だ。おまけにそのとんでもない魔力量だ。国王陛下も君を手放すくらいなら色恋沙汰くらいいくらでも目を瞑るだろう。だけど、ジルダはどうなるんだ」
「ジルダなら――」
カインはロメオをじっと見つめると、苦々しい口調で続けた。
「君も知っているだろ。ジルダは僕の気持ちを感じる事ができる。全て知っているさ。知っているのに何も言わない。せいぜい自分がいなければ生きていけないだろうと念を押す事くらいさ」
「そういう事を言っているんじゃない。君のせいでジルダは社交界のいい笑い者なんだぞ。彼女がなんと言われているか知っているのか」
苛立たたし気に茶を一気に飲むと、ロメオはその器を叩きつけるようにテーブルに置くと、カインを睨みつけた。
「ただでさえ君との婚約で心無い事を言われているというのに、君の行動で更に彼女の評判は地に落ちたんだ」
カインとジルダの婚約が王命であることは、当事者達だけが知るところだった為、社交界ではシトロン伯爵家が娘の能力を盾にエスクード侯爵家に婚姻を要求したとまことしやかに囁かれていた事はカインも承知していた。
だが、ジルダは周りからどう思われていようが、3日に1度の魔力吸収のためにエスクード侯爵家を訪れては、務めを果たすと何も言わずに帰っていく。
まるでカインの事など全く興味がないように。
「彼女は侯爵夫人になる事だけが目的なんだ。そうじゃなかったらこんな面倒な役割を黙ってやるわけがないし、イレリアの事も黙っていないだろ」
「君はジルダを何だと思っているんだ」
「なら君がジルダを妻に迎えればいい。そうすれば彼女が侯爵夫人になる事も変わらないし幸せだろ」
「カイン!」
ロメオは立ち上がるとカインの胸倉を掴み上げた。
「――僕は何があっても君の味方だ。例え今言った事が本気だったとしても、僕は君の味方であることをやめない。でも、ジルダを侮辱する事だけは許さない」
胸倉を掴まれたままカインは抵抗もせずロメオを見上げていた。
力だけならロメオの数倍の魔力量を持つカインが負けるわけがない。だからと言うわけではない。
いつも温厚なロメオが感情を露わにするのはジルダが絡む時だけだった。
「君は――ジルダが好きなのか」




