17歳
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カインとジルダが婚約した年の冬に侯爵夫人は、領地の屋敷で静かに息を引き取った。
夫人の葬儀は国中の貴族が参列するほどの規模だった。
若い頃から社交界の華として、国内一の貴族と名高いエスクード侯爵家に嫁ぎ、領地運営をはじめ、庶民の教育や登用、錬金術師や魔導士への支援により魔道技術の発展など、その短い人生の中でも目覚ましい功績を人々は称え、その死を惜しんだ。
8歳を迎える前に母を亡くしたカインは、葬儀の中涙を流さず、悲しみに打ちひしがれる侯爵を支えて静かに立っていた。その目の感情は誰にも読み取れなかった。
カインの魔力暴走に備えて葬儀の列に控えていたジルダは、夫人との思い出に胸が締め付けられるようで、これが悲しみなのだと、一人理解した。
葬儀の前も後も、カインの魔力が暴走することはなかった。
「明日は街道の結界を補修しに行くんだ。だから次回の魔力吸収は必要ないと思う」
「そうですか。でも念のためにお伺いするようにしますわ。万が一という事もありますし」
「好きにしなよ」
首都の侯爵邸の庭に誂えた東屋で、カインはテーブルを挟んで向かい合っているジルダにその手を優しく握られていた。
しかし、それは恋人同士のお互いを求めあう行為とは程遠いものだった。
手を取り合っていても、カインの目はジルダを見ることはなく、生垣の青々とした葉に向けられており、ジルダもまた、カインではなく握った手を伏し目がちに見つめていた。
3日に1度の魔力吸収の日。
婚約してから10年、欠かすことなく続けられている。
17歳になったカインは、亡き侯爵夫人に似た透けそうな金の髪と、空の青さを写した瞳は変わらず、しかし面持ちはエスクード侯爵に似て男らしい美しい若者に成長していた。
ジルダも17歳になり、赤毛は少し金色に近づいたものの、カインの美しい髪に並ぶとくすんだ赤茶けた色にしか見えず、腫れぼったい小さな目は肉が落ちてすっきりし、丸い鼻は少しだけ鼻筋が通り、まるで不器量と言うほどではなくなったものの、カインと並ぶと大きく見劣りする容姿であることは変わらなかった。
春先に行われた侯爵家主催の舞踏会では、カインと婚約者であるジルダがパートナーとなり、共にデビュタントを果たしたのだが、カインの精悍な美しさに並ぶと、どれだけ着飾っても間抜けなだけだとジルダは諦めていた。
その為、ジルダのドレスはカインと色こそ合わせていたものの、華麗ではあるが質素で、地味なジルダを目立たせない素晴らしい出来栄えのドレスだった。
――そもそも、カイン様と並んで見劣りしない令嬢がこの国のどこにいるというのよ……
それほど、カインの美しさは人並外れたものであり、その婚約者であるジルダはさぞかし令嬢達から妬みや恨みを買っている事だろうと思ったが、杞憂というものだった。もちろん、嫌味や気付かぬふりをして体当たりなどの嫌がらせもあったが、多くはあの婚約者と並ぶことへの同情の声だった。
誰が横に立っても見劣りするのならば、いっそ社交界一不器量なジルダであれば、自分はそれよりマシに見えると優越感を持てるというものだ。
もっとも、令嬢達が妬もうが見下そうが、カインとジルダの関係は皆がうらやむものでも何でもなく、冷ややかに冷め切ったものだった。
いつからだろうか。どちらからだろうか。
婚約したばかりの頃は、ぎこちないながらも少しずつ仲が良くなり、エスクード侯爵家への訪問が10回を超える頃には、ジルダもカインに心を開き、初めてできた美しい友達――婚約者だが――との時間を素直に楽しんでいた。
20回を数える頃には、カインの従兄弟のロメオとティン=クエンも遊び友達に加わり、青白い顔で笑顔が苦手だったジルダは、健康的な薄桃色の頬に弾けるような笑顔の少女へと変身していた。
カインはジルダにとても丁寧に、大切に接していたし、魔力吸収を行う際は頬を赤らめる事もあった。
「僕、ジルダに手を握られると、とても安心するんだ」
ある時、カインが屋敷から退出するジルダにそっと囁いた。
魔力が溢れそうになると苦しいものだし、不安になるものね。
ジルダはそう思って、カインに笑顔を返していた。
「いつでも握りに参りますわ。私の役目ですもの」
「うん――ずっと一緒だよね、僕たち」
「カイン様が必要とする限り、私はずっとおそばにおりますわ」
「何こそこそしてんだよ、カイン」
さっきまで草竜と遊んでいたロメオが、ジルダが獣車に来ないのを苛立って迎えに来た。
「ロメオ!ジルダがびっくりするだろ――ごめんね、ジルダ」
気の弱そうなティン=クエンがジルダに謝ると、ジルダは笑顔で「こちらこそお待たせしてごめんなさい」と言って、カインに別れの挨拶をすると、侯爵家から贈られたジルダ専用の獣車に乗って、侯爵邸を後にした。
――夫人の葬儀の頃からだったか。
ジルダはぼんやりと思い出した。
春から徐々に床に臥す事が増えていた夫人が、いよいよという知らせが来たのは冬が深まる少し手前の頃だった。
ジルダに会いたいと、夫人の従者が知らせたとき、そこにカインもいた。
あの時、カイン様はどんな顔をしていただろう。
子供だったジルダにカインを思い遣るだけの気配りはなかった。
急いで獣車を飛ばし、侯爵領に向かう道中にカインと話したのは覚えている。カインも一緒に来ていたのだ。
なんと話しただろう――「母上とお知り合いだったの?」「君も本を読んでもらったり遊んでもらっていたの?」「君も――」
カインの魔力を得て疲れ知らずとなった草竜たちにより、跳ねるように道を行く獣車の中はゆっくり会話を楽しむ空間ではなく、転がらないように捕まるだけで一生懸命だったのを覚えている。
その中で、短い休憩中に話した内容は何だっただろうか。
おば様には、王宮で魔力の訓練をしている時に、お作法の授業をしていただいていたの――ご本は読んでもらった事はないわ――そんな事を話したと思う。
侯爵領に到着し、夫人に最後のご挨拶をして、2日後に夫人は逝去した。
そこからは葬儀の準備だなんだと慌ただしく時間が過ぎて、落ち着いた頃にはカインは元のカインではなくなっていた。




