スクラッチくじ
「ーーーースクラッチくじを下さい」
迷いなくそう言いきり、彼は例の銀貨一枚を支払い、くじ券を一枚購入した。
「どうぞ、大きく当たりますように」
くじ屋の女性に渡されたくじ券には、銀色のテープが貼られた小さなマスが計九個並んでいる。
その小さなマスをコインで削って同じ絵柄を揃えるというものらしい。脇にある大看板に貼り出された配当金の一覧表を確認する。
【当選金額一覧】
7が斜めに揃うと五等賞、小銀貨一枚。
7が斜めに二つ揃うと四等賞、大銀貨一枚。
上段の列に7が三つ横並びに揃えば三等賞、大金貨五十枚。
*小銀貨一枚=百円
大銀貨一枚=五百円
小金貨一枚=千円
大金貨一枚=一万円
相当である。
「大金貨、五十枚……」
大金貨五十枚という金額がポツリと彼の口からこぼれ出た。その金額にはあまりにも多くの彼の深い感情が込められていた。
それらの感情とは当選金を手にしたいという、安っぽい単なる欲望からでは無い。大金貨五十枚とは彼にとってそんなに軽々しい金額ではないのだ。
大金貨五十枚は彼にとってはあまりにも、あまりにも特別な金額だった。
それは彼が幼少期から夢を叶えるために多くのものを我慢し、犠牲にしてまで決死の思いで貯金をしていたあの頃。その姿を見て胸を打たれた生前の祖母が『あんたの夢は、私の夢でもあるからね。このお金はあんたに貯金する事にするよ』と言って自身のヘソクリを全額彼に託してくれたのだ。
あの日の、くしゃくしゃの笑顔を浮かべて応援してくれた祖母の顔は一日たりとも忘れた事は無い。
だから、大金貨五十枚というのは彼にとってこの上なく特別で、重要で、大切な金額なのである。
あまりにも親しみ深く、あまりにも辛すぎる金額なのである。
彼は激しい感情の起伏を抑えるように、両のまぶたをぎゅっと閉じた。
彼の脳裏に幼少期からの記憶が次々と蘇る。
オヤツを買うのを我慢し、泣きべそをかいて貯金箱に放り込んだ小銭たち。
友人と街へ出かけるのを我慢し、ひとりぼっちだったあの日々。
初めてのバイト先の初給料日、家族へのプレゼントは買っても、決して自身へのご褒美は買わなかったあの頃ーーーー貯金の先にこそ、自身への本当のご褒美があると信じていたから。
懐かしき青春の日々が次々と浮かんでは消え、浮かんでは消えていった。その度毎に目頭が熱くなるのを感じる。
これはきっと、神様が与えてくれた最後のチャンスなのだろう。
死ぬ寸前だった、死に向かって確実に歩を進めていた自分に生きるための最後のチャンスを与えてくれたのだ。
ーーーー受け入れよう。
神様が与えてくれたこのラストチャンスをモノにできるかどうか。
あるいはさっき醜悪な悪魔に唆された悪魔ゲームとやらに打ち勝つ事が出来るかどうか。
神か、悪魔か。
勝つか、負けるか。
人生を賭けたラストゲーム。
ここまで来たなら、やるしかないだろう。
彼は受け取ったくじ券を強く握りしめ、全身全霊をかけ真剣勝負を挑んだ。
左手にはくじ券、右手にはもう一枚の銀貨を手に彼は一つ大きな深呼吸をした。
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