あの女性が……?
視界いっぱいに広がる満点の星空。その一つ一つの輝きを見ていると、亡くなった祖母がーーーー、
「ーーーーっぱぁ⁉︎」
彼は意識を取り戻した。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
彼は息苦しさを感じ、肩を大きく揺らしながら呼吸をする。
汗ばんだ身体、激しい動悸、言い知れぬ不安と焦燥感。
はたして自分はここで何をしていたのか? なにかしらのスポーツで優勝でもしてしまったのだろうか? 彼は激しい疲労感と動悸による気の焦りからそんな事を思った。
違う。
俺は金を奪われ、死ぬ気で、女性と出会い、紅茶で、銀貨が、くじ屋でーーーーそうだ、くじ屋だ。銀貨でくじ券を買って、それで、それがーーーーそうだ。そのくじ券が当たっていて、それでーーーー、
混沌の沼の中にあった彼の意識は、ひとつひとつ記憶を辿り現実へと立ち返ってきた。
右手にしっかりと握られたくじ券を見つめる。
どくんっ、と大きく心臓が跳ねた。
歪んで見えるが、いくつもの7が並んでいる。
彼は全身に力を入れて立ち尽くした。握りしめた手に爪が食い込んだが、痛みは感じない。
落ち着けっ! 落ち着け俺! 現実逃避するな! 現実を見ろ! 信じられないほどの緊急事態だが、これは現実なんだ! 意識を、意識を保て! 集中しろ! 集中、集中!
彼はそう、自分に言い聞かせるのがやっとであった。
「ふぅ……」
彼はここでようやく現実を受け止める事が出来たようである。そうーーーー彼は一、ニ、三、四、五等全てに重複当選している事実をその身に受け止めたのだ。
金額にして、大金貨一千五百五十枚と大、小銀貨一枚づつに当選しているのだ。
「…………」
ごくりっ。
彼は生唾を飲んだ。
大金貨一千五百五十枚。騙し取られたお金よりも遥かに多い金額だ。
店が、建て……られる?
彼の脳裏に捨てたはずの未来が浮かんだ。
未来。そう、彼は未来を奪われ、そして自ら捨てたのだ。
未来に絶望し、未来を放棄した。
「あ…………」
彼はここでようやく答えに行き当たった。
あの時、例の謎の女性から『未来が変わらないから』と言われ、ひどく困惑した理由はこれだったのだ。
自身にはもう未来が無いと思っていたのに、捨てたはずなのに、それが変わる?
突如、自分では想像し得ない未来の可能性を提示され戸惑ってしまった。また一からこつこつと働いて資金を貯めるしかないのだと思っていたから。そういう未来しかないのだと思っていたから。
そんな未来が変わるなんて、考えた事もなかったから。だからーーーーだから。
という事は、あの女性が、彼女が言った通り、俺の未来を変えてくれた、という事になるのではないだろうか?
本来の予定通り高所から飛び降りて死ぬ運命にあった俺の未来を、銀貨二枚を渡す事で変えてしまった、という事に。彼はそう思うと、彼女が何か得体の知れないもののように感じられ、言い知れぬ恐怖に背筋を撫で回されたような気がした。
とにかく。今起きている事は全て現実の事実なのだ。不思議な妖しい彼女も実在した女性なのだ。その事は例の二枚の銀貨が証明している。
気をとり直そう。気をしっかりと持て。彼はそう自身を鼓舞する。
そういえば、重複当選というものはあり得るのだろうか?
看板に記載されている通りなら、このくじ券は一等から五等まで全てに該当するのだが……。しかし重複当選というものはあまり聞き馴染みがない。普通はくじ券一枚でどれか一つに当選するイメージだ。
であるならば、やはり一等の賞金だけ貰えるということになるのだろうか。さすがに五等の賞金だけということはあり得まい。
とにかく、くじ屋の女性に渡してみよう。それで全てがはっきりするはずだ。
彼は様々な想いを胸に、店頭へと歩を進めた。
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