装備の受領
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──装備の受領
魔王軍の生産ラインはフル稼働し、資源のある限り銃火器と火砲を生み出した。
銃弾や手榴弾、砲弾といった弾薬類も製造されては前線に供給される。とにかく数だけは多い魔王軍が数と質ともに備えた軍隊になろうとしていた。
五ヵ国連合軍もこれを眺めているわけにはいかなかった。
彼らは大量の火砲が魔王軍に配備されているのを見て、危機感を覚え、攻撃に出ることを決定する。そして朝焼けとともに攻撃が開始された。
五ヵ国連合軍は魔王軍の陣地に激しい砲撃を加える。
加えてドラゴンたちから航空優勢を奪い取りつつあった空軍部隊が地上を爆撃する。狙いは主に砲兵陣地。魔王軍陸軍がようやく受領した火砲が爆撃で吹き飛ばされようとする。だが、そう簡単にはいかない。
高射砲と対空機関砲が火を噴き爆撃を阻止しようとする。対空機関砲は命中せずとも敵に爆撃のルートを逸らさせるという狙いがあった。
その狙いは見事に果たされ、爆撃は火砲の位置からずれる。だが、全てではない。対空機関砲が当たらないと判断した騎手は見事に爆撃を火砲に命中させていた。せっかくの火砲が破壊されるのに魔王軍が敵の空軍を呪う声を発する。
五ヵ国連合軍は攻勢を続けるも、先頭部隊から順に戦闘力を喪失していき、魔王軍の逆襲を受けて撤退する羽目になった。
だが、この攻撃によって五ヵ国連合軍は魔王軍の火砲を12門破壊することに成功した。逆に言えば、数十万の犠牲で12門だけしか火砲を破壊できなかった。
「進もうとしても、進もうとしても、次から次に敵が現れるのです。もっと大規模な火砲の支援なしには敵の塹壕陣地を突破するのは困難です!」
五ヵ国連合軍のフランク共和国の将軍はそう言った。
「しかし、火砲の全てを今回の攻勢には回したぞ」
「それで不足しているのであれば増援を要請するべきでは?」
将軍たちは今回の攻勢の失敗について話し合う。
火砲の数が足りなかったため。もっと塹壕内で取り回しやすい武器が必要。歩兵の戦術の見直し。そういうものが議題に上がり、今回の攻勢の失敗の原因が議論された。
結局のところ、火砲は重砲が不足しているし、塹壕内では今の小銃は使いにくく、歩兵の戦術は塹壕戦に適していないという全てが原因だったということで結論は出た。
結論が出たならば、どうするかである。
本国に重砲を装備した砲兵の増援を要請し、新規小銃の開発を急ぎ、歩兵戦術は現場の意見を取り入れつつも、大局的な視野から有益なものを構築する。
五ヵ国連合軍はそれだけ決定すると魔王軍からの攻撃を避けるために離れた位置に陣地を築いた。それは事実上の五ヵ国連合軍の敗北を意味していた。
彼らは敵を前にして背を向けて逃げたのだ。
これによって魔王軍の士気が高まる。
大戦末期から負け続けであった魔王軍が勝利したのだ。これほど喜ばしいこともない。兵卒から将軍にいたるまで誰もが勝利を祝った。
「たるんでいますね」
その様子を見てアルマががそう呟く。
「仕方あるまい。ようやく得た勝利だ。祝いたくもなる。今日だけは大目に見てやろう。今は我々も勝利の余韻に浸るべきだ」
「次の戦いのことを考えるべきです。五ヵ国連合軍は退いた。ならば、次はどうするべきか。このままここに塹壕陣地を構え続け敵に出血を強い続けるのか、あるいはこちらから攻撃に出て敵を追撃するのか」
「それを決めるのは我々ではない。ラインハルト大将閣下だ」
「そうですね。あのお方が決断されるのです。我々はそれに従い、全力で戦おうではありませんか。どこまでもあのお方に付いていこうではありませんか。きっとそれは素晴らしいことですよ」
アルマはそう言ってくすりと笑った。
アルマは今回の戦いで五ヵ国連合軍が必死に塹壕の中でもがき、息絶えていく様子を眺めている。あの無様な姿も戦争の一側面なのだと思うと戦争が愉快に感じる。自分たちが数の力で五ヵ国連合軍を押し返したのに、五ヵ国連合軍にはそれができない。大量の歩兵が碌な火砲の支援もなく突撃し、雄叫びを上げるさまのなんと素晴らしいことか。
戦争はまさに芸術だ。多くの人間の作家が戦争をテーマにした文学を描くのもよく分かる。戦争は美術であり、惨劇であり、浪漫なのだ。
その戦いに身を投じていられるとは自分はなんて幸せ者なのだろうかとアルマは思う。それも敬愛するラインハルト大将閣下の指揮下で戦えるという栄光が得られるとは素晴らしいことこの上ない。
自分は実に恵まれているとアルマは改めて思った。
「そろそろ軍議の時間ではないのか?」
「そうですね。失礼します」
アルマが立ち去る。アルマはそのまま会議室に入る。まだ誰も来ていない。
「失礼します」
それからリヒャルトたちが集まった。
「やあ、諸君。一先ずの勝利だ」
そしてラインハルトが来るのに全員が敬礼を送る。
「我々は勝利のために尽くしてきた。それ今またひとつ報われたというわけだ。ブリタニア連合王国の陥落に加えて、今回の五ヵ国連合軍の敗退。実にいい。我々は勝利の波に乗っている、と。君たちもそう思いたいだろう」
だが、とラインハルトは続ける。
「我々のこの勝利は一過性のものだ。陸軍情報部によれば、五ヵ国連合軍は重砲を装備した砲兵の援軍を要請している。これが到着すれば今のバランスも崩れるだろう」
陸軍情報部は無線を傍受し、五ヵ国連合軍が重砲の支援を要請していることを把握している。五ヵ国連合軍の標準的な240ミリ重砲が到着すれば、塹壕も突破される可能性があった。
「では、どうすればいいのかと諸君らは問う。私は答える。ならば先に五ヵ国連合軍を撤退に追い込みさえすればいいのだと」
「可能なのですか?」
思わずリヒャルトが尋ねた。
「不可能ではない。ただし、それ相応の出血はする。両者が睨み合う塹壕戦というものは膠着を打破するのが難しいということは五ヵ国連合軍が既に証明済みだ」
ラインハルトは駒を動かす。
「これからやるのは五ヵ国連合軍に撤退を決断させるほどの打撃を与えることだ。土地を取るわけでもなく、敵の戦力を叩くことに重点がおかれる」
ラインハルトはそう言って、第1教導猟兵旅団“フェンリル”の駒を敵の後方に回した。それから第1、第2、第3近衛擲弾兵師団の駒を前方に配置する。
「我々は敵に対して21センチ重砲を含めた砲撃による短期間の圧力を加えたのちに、すぐさま攻撃へと移行。砲撃の効果が薄まる前に五ヵ国連合軍に打撃を与える。それと並行して、第1教導猟兵旅団“フェンリル”が敵地後方に浸透し、敵の火砲を破壊する」
ラインハルトの上げた攻撃手段は包囲殲滅戦でもなく、ただの攻撃だった。
「しかし、これで敵に打撃は与えられるのでしょうか?」
「可能だとも。我々がこれまで攻勢に出られなかった理由を考えてみるといい。それは火砲がなかったからだ。正確には足りなかったから、か。いずれにせよ歩兵と砲兵の連携なくして、塹壕戦を戦うことは不可能だ」
つまり、とラインハルトは続ける。
「敵の砲兵を戦闘不能に追い込めばいい。そのための第1教導猟兵旅団だ。彼らには敵の砲兵を無力化してもらう。敵の重砲が到着する前に他の火砲がなくなれば、五ヵ国連合軍も態勢を整えなおすために撤退を余儀なくされるだろう」
これには全員が納得した。
というのも、火砲なくして戦ってきた苦い経験が魔王軍にはあるからだ。
彼らは火砲のない戦いを経験してきたからこそ、火砲の重要性を理解している。火砲は確かに戦争の王だ。否定はできない。王なき魔王軍が、戦場の王もなく戦った間は苦労に次ぐ苦労だった。
「敵の火砲を無力化する。歩兵と砲兵の連携を崩す。それこそが必要なのだ。火砲を失った五ヵ国連合軍は間違いなく一度撤退する。後は我々の方で永久陣地化や火砲の増産、装備の充実を行っていけばいい」
これがラインハルトの示した五ヵ国連合軍を撤退に追い込む方法だった。
確かにこの作戦には問題がないように思える。攻勢の混乱というどさくさに紛れれば、人狼たちは容易に後方に浸透できる。後方に浸透した後は無防備な砲兵を叩くだけでいい。実行可能に思える作戦だった。
「何か質問は?」
質問はなかった。
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