数だけは多い
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──数だけは多い
前の大戦から生きている魔族は自分たちは五ヵ国連合軍の卑劣な物量に負けたのであって、戦争そのものに負けたつもちはないと思っている。
だが、今やその状況は逆転した。
魔王軍の物量が五ヵ国連合軍を上回ったのだ。
ラインハルトが瘴気と黒き腐敗から精製した何百万体もの魔族が一斉に解き放たれ、そのまま五ヵ国連合軍との戦いに突入した。
「歩兵用の装備がない? 砲兵用の装備もない?」
リヒャルトは新規師団編成の報告を受け取りつつも、そのほとんどが装備不足のまま投入されていることを知った。
「なんてこった。これじゃあ、銃も火砲もなしに兵力を突撃させる羽目になるぞ。まるで自殺じゃないか」
そのリヒャルトの懸念は的中した。
自分たちの指揮下に入った魔族たちを魔王軍の将軍たちはただただ突撃させた。死を恐れぬ魔族たちはまさか逆襲して来るとは思わなかった五ヵ国連合軍を襲撃し、兵士たちを惨殺して、最終的には蜂の巣にされた。
だが、この攻撃も幾度となく繰り返されると五ヵ国連合軍を弱らせた。
彼らは魔王軍が自殺的突撃を実行してくることに怯え、それから身を守るために、塹壕陣地に籠ったまま、魔王軍の陣地を攻撃することをやめた。
魔王軍はついに五ヵ国連合軍の圧力から解放されたのだ。
それどころか今や魔王軍は反撃に転じている。
辛うじて供給された装備で師団がきちんと編成されて行き、火砲は準備砲撃として五ヵ国連合軍の塹壕陣地に砲弾の雨を振らせて、そこに大量生産された魔族たちが突撃していく。ひたすらに突撃していく。
五ヵ国連合軍は機関銃と火砲で突撃を粉砕しようとするが、あまりにも魔王軍の突撃の規模が大きく、五ヵ国連合軍は塹壕陣地を奪われる。五ヵ国連合軍は撤退を余儀なくされ、予備陣地に移って魔王軍の突撃を粉砕するための砲撃を行い、魔王軍を食い止めた。
だが、それでも魔王軍は夜襲を仕掛けたり、数に任せた波状攻撃を行ったりと、あらゆる手を使って五ヵ国連合軍を攻撃してくる。
特に夜襲の影響は大きかった。
闇夜では目が見えない五ヵ国連合軍の兵士たちと違って夜は魔族の時間だ。魔族は突撃を敢行し、夜襲によって戦果を拡大する。五ヵ国連合軍もそれを防ごうとするが、彼らが照明弾を打ち上げるころには、魔王軍は塹壕陣地の一部を占領している。
そして、魔王軍が攻撃の手を緩めず攻撃を行い続けた。
五ヵ国連合軍は撤退につく撤退を強いられ、とうとう火砲の射程は当初の魔王軍の陣地を捉えられなくなる。
五ヵ国連合軍ではこの戦いの敗北を巡って争いが置き始め、フランク共和国ではより大規模な動員が支持され、ルーシニア帝国ではこれ以上の動員は不可能という政策が支持された。五ヵ国連合軍の足並みは揃わず、前線においては魔王軍が不意に突撃をやめて、不気味な静寂が訪れていた。
魔王軍は魔王軍で装備不足が深刻化していてた。
歩兵用の銃火器程度は揃ったものの、火砲については全く数が足りない。このまま戦い続ければ、せっかく増強された師団数もやがて削り取られ、また撤退を強いられる羽目になるだろうという考えがリヒャルトを中心に考えられていた。
「火砲の数が不足している、か」
リヒャルトからの報告を呼んでラインハルトが頷く。
ラインハルトも装備不足は痛感していた。火砲などの製造は進んでいるものの、段々と物資不足に落ちっていることもあり、製造ペースを早めることはできなかった。
1個師団には2個連隊近い砲兵が付く。1個師団を構成する3個の旅団に1個大隊の砲兵が付き、これが1個連隊に相当。それとは別に師団砲兵が1個連隊突く。
この編成通りに装備が配分されていれば、魔王軍の戦闘力はそれなり以上のものとなる。のだが、残念なことに現状ではこの通りの編成できちんと装備を受領している師団は全体の10分1にも満たない。
圧倒的な装備不足。
「魔王ジークフリートは装備の開発には熱心だった。だからこそ、魔王軍は今現代的な火砲を有している。そして、彼は火砲こそ勝利を導くという火力優勢主義者だった。彼は正しい。戦争は火力で決まる」
ラインハルトはそう呟く。
「だが、私はこの有様か。なんとも情けない話ではないか」
ラインハルトの編成した魔王軍はただ数が多いだけの烏合の衆である。
火砲が足りない。練度が足りない。弾薬が足りない。
足りないものだらけで、あるものから数えた方がはやいと思われるほどだった。
「火力不足は敗北に繋がる。しかし、生産力をこれ以上上げるのは難しい。今ですら資源の採掘量に対して使用量が上回っているのだ。備蓄していた資源を食いつぶせばそれまでだ。ここは何か手を討たなければなるまい」
ラインハルトは考える。そしてひとつの考えに至った。
「ああ。クルアハン城の製造ラインも稼働させておくか」
製造ラインは魔王城地下だけではなく、クルアハン城の地下にも存在する。
「まあ、出来上がるまでには時間がかかるだろうが、それまでは凌いでもらうしかない。私も魔術師がように装備を生み出すことはできないのだ」
だが、不足しているのは装備だけではなかった歩兵の銃弾や砲兵の砲弾と言った弾薬類も不足していた。特に砲弾の弾薬の消耗が大きく、これ以上は戦えないという砲兵部隊も少なくなかった。
やむを得ず、弾薬の製造ラインを拡大し、新規火砲の生産ラインを縮小する。
とにかく今あるものは戦えるようにしておかなければ。そうでなければ、全てが無意味なガラクタと化してしまう。
これによって何とか戦えるようになった魔王軍は攻撃を再開する。
砲撃が行われ、それから巨大な魔族の群れが波状攻撃を仕掛ける。
第一波をしのいでもすぐに第二波が到達する。
魔王軍はどんどんと戦線を押し上げ、五ヵ国連合軍は撤退していく。
「火砲が足りません、大将閣下」
リヒャルトのこの泣き言を聞くのが何度目かは分からないが、事態は確かに深刻であった。兵士の数に対して火砲の規模があまりにも小さいのだ。
「このままでは兵士を無駄死にさせるだけです。どうか火砲を」
「では、暫くの間、攻撃は控えたまえ。確かに火砲を供給しよう。その代わり前線に送る兵士を減らす。彼らには工場労働者になってもらい、我々が使用する火砲などの装備品を作ることに従事してもらう」
「ええ。それで構いません。装備がもっとも重要ですから」
リヒャルトがコクコクと頷く。
「今のうちに塹壕を何列にも掘って起きたまえ。縦深防御だ。敵は我々の戦線を突破するために何層もの塹壕陣地を突破しなければならないようにする。それが必要だ」
数だけは増えた魔王軍を運用するには頭を使わなければならない。
彼らの有意な点は数の優位でしかなく、火力も何もかも数が不足しているのだ。
本当に数だけは多いというわけだ。
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