ゼーレーヴェ作戦
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──ゼーレーヴェ作戦
「諸君らは大きな戦いの分岐点に立ってる」
ラインハルトが語る。
「今やブリタニア連合王国本土への道は開かれた。我々をこれまで苦しめ続けてきた六ヵ国連合軍の工業地帯のひとつが無防備に解放されているのだ」
ブリタニア連合王国は六ヵ国連合軍の弾薬庫だった。彼らが後方で武器弾薬を生産し、前線に運ぶことで、これまでの戦争は継続されていたのである。
「ブリタニア連合王国は今や孤立無援だ。群れから離れた羊だ。我々はそれを狙い、貪り食らうオオカミたちだ。ブリタニア連合王国という名の羊を平らげてやろうではないか。今、勝利は我々の側に偏っている」
ラインハルトが悠々と語る。
「食らいつくしたまえ。貪り散らかしたまえ。八つ裂きにしたまえ。これまでの借りをしっかりと利子をつけて返済してやろうではないか。ブリタニア連合王国という国家をこの世から消滅させてやろうではないか」
ラインハルトはくつくつと笑う。
「我々は海で勝利した。敵がもっとも得意とする海で勝利した。次は陸だ。陸で勝利する。ブリタニア連合王国を火の海としてやろう。ブリタニア連合王国の民衆に魔族の恐怖を思い知らせてやろう」
ラインハルトがそう言って背筋を正す。
「今こそ敗北の不名誉を雪ぐときである。全部隊、戦闘準備。目標はブリタニア連合王国本土。ブリタニア連合王国本土を落とそうではないか、諸君!」
「摂政閣下万歳! 上級集団司令官閣下万歳! 大将閣下万歳!」
そして、ついに魔王軍によるブリタニア連合王国本土進攻作戦“ゼーレーヴェ作戦”が発動した。
「じゃあ、始めるっすよ?」
「ああ」
第1教導猟兵旅団“フェンリル”の司令官であるクラウディアがヴェンデルに頷く。
「出た先は広場になってるはずっす。それでは幸運を」
完全武装のクラウディアたちはポータルに突撃する。
そして、彼女たちは夜の王都ロンディニウムに出た。
「第1猟兵大隊は首相官邸。第2猟兵大隊は国防省。第3猟兵大隊は陸軍省。第4猟兵大隊は海軍省。予定通りだ。作戦開始」
「了解」
それぞれの役割に応じて第1教導猟兵旅団の大隊が展開していく。
首相官邸では魔王軍による海上封鎖にどう対応するかを話し合っている最中であった。そこには陸海軍大臣も参謀長も揃っていた。首相を含めて閣僚たちも当然ながら出席していた。
そこをクラウディアたちは襲撃した。
外から小銃で蜂の巣にし、内部に突入にして喉笛を食いちぎる。
この時点で既に斬首作戦は成功していた。ブリタニア連合王国は頭脳を失ったのだ。
それから国防省が襲撃されて大混乱となり、陸海軍省も襲撃され次官や参謀たちが殺される。パニックはその日の夜間ずっと続き、最後にロンディニウム都市警察を襲撃して壊滅させた第1教導猟兵旅団はヴェンデルのポータルでロンディニウムから逃げおおせた。
そして、頭脳が斬り落とされたブリタニア連合王国本土に魔王軍の上陸船団が近づく。上陸船団は主力艦と補助艦に守られて航行し、ブリタニア連合王国本土に上陸艇を発進させる。
ブリタニア連合王国は陸軍も海軍も動けなかった。
どうやっても首相にも司令部にもつながらないのだ。現場の指揮官たちは王都ロンディニウムで何が起きたか知らず、首を刎ね飛ばされた衝撃は魔王軍の上陸によってピークを迎えた。
司令部と連絡が取れず、連携できないブリタニア連合王国陸軍は次々に各個撃破されて行ってしまい、戦線は瞬く間に後退する。
「司令部とはまだ繋がらないのか。首相官邸とは?」
「ダメです。繋がりません。まるで応答がないんです」
ブリタニア連合王国陸軍が混乱状態で押し流されている間、魔王軍は一気に戦線を押し上げていた。沿岸都市に橋頭保を築き、航空母艦で運ばれたドラゴンたちは野戦飛行場から離陸していき、夜間飛行で敵に爆弾の雨を降らせる。
魔王軍上陸が開始された日没から日の出までの間に戦線は完全に押し上げられ、ロンディニウムも飲み込まれた。
彼らは今や北部に王室とともに退避し、首相を新たに任命して指揮系統を立て直し、魔王軍に応じようとしている。
空軍部隊はかなりの数が夜間爆撃で地上撃破されてしまったし、陸軍部隊は壊滅状態だし、海軍部隊は旧式艦しか残っていない。
それでも彼らは戦うつもりなのだ。
戦い続けるつもりなのだ。
「素晴らしい。素晴らしい戦果だ、諸君。我々は勝利した。だが、これは最初の一歩に過ぎない。たとえ大きな一歩でも一歩は一歩に過ぎない。後に続くように歩き続けなければ勝利は手にできない。さあ、死体を踏みつけ、踏みにじり、血だまりを跳ねさせ、突撃し続けようじゃないか」
ラインハルトは占領したロンディニウムの王室の宮殿でそう語る。
「しかし、閣下。流石に敵も打撃から立ち直っているでしょう。これからの兵站を考えると難しいところがあります」
「ふむ。では、どうするべきかね、アルマ?」
「我々が占領した地域を完全に破壊し尽くして、撤退するのはどうでしょうか。工業力も海運能力も失ったブリタニア連合王国など恐れるに値しません」
アルマの提案は焦土作戦。
確かに今やブリタニア連合王国の工業地帯も港湾地帯も魔王軍の手にある。これらを全て、徹底的に破壊していけば、ブリタニア連合王国とはこれ以上戦わずとも、相手に大損害を与えられることだろう。
「ダメだ。ダメだ、アルマ。それではダメだ。我々はブリタニア連合王国という名の国家をこの地上から消し去らなければいけないのだ」
だが、ラインハルトは首を横に振る。
「ひとつの国家が、六ヵ国連合軍加盟国の国家が消えた。それが重要なのだ。彼らに魔王軍の脅威を知らしめ、彼らに次の行動を取るのを躊躇わせなばならない。そして、そうやって稼いだ時間に魔王軍をさらに増強するのだ」
ラインハルトはそう語る。
「近衛軍も、陸軍も、空軍も戦力不足だ。だが、それは瘴気の大量な蓄積によって解決に向かいつつある。スケルトンドラゴンが実用化できたことも望ましいことだ。このまま我々が戦闘準備を完了するまで、六ヵ国連合軍には大人しくしておいてもらわなければならないのだ」
ラインハルトはそう結論した。
「分かりました、そのようなお考えであれば、このアルマ、可能なぎり力を尽くす次第です。閣下の覇業のためにも。永遠続く戦争のためにも」
「ありがとう、アルマ。その献身には報いると誓おう」
「さて、これからが問題だ。兵站に支障を生じさせず、前進しなければならない」
丘に上ったアシカはどのようにするべきか。
「後方の船団は?」
「船団が運ぶ物資の量より我々の使う物資の量が多い。だらかと言って、物資を使うなとも言えまい。勝利するためには物資を使わなければならない」
そこでラインハルトはひとつのことを思いついた。
「彼らを使おう」
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