戦争継続のために
本日4回目の更新です。
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──戦争継続のために
「ひとつお聞かせください。閣下は戦争の末に勝利を求めるのですか?」
「勝利は結果だ。望もうとすれば、困難を乗り越えれば得られるだろう。だが、私はこの戦争に絶対に勝利できるなどとは言えない」
「求めるのか、求めないかの質問です。実際に得る得ないは関係ありません」
「それであればもちろん求めるとも。六ヵ国連合軍に勝利し、魔族の繁栄を求めようではないか。魔王ジークフリートがそう願ったように。我々もその意志を引き継ぐべきなのだ。魔王最終指令を履行するだけはなく、彼の意志も継がねば」
そう言いながらラインハルトは低く笑う。
「バルドゥイーン。死ぬのが恐ろしくなったかね? 自分が何も成せぬままに、勝利を得ることなく、死ぬことが恐ろしくなったかね? これからの戦いは泥水を啜り、屈辱に耐えながら戦っていく戦いだ。栄光ある勝利などないかもしれない。しかし、これだけは約束しよう。君たちが忠実に戦ってくれるならば、六ヵ国連合軍に恐怖を思い出させると。魔王ジークフリートが世界に覇を唱えた時と同じ衝撃を与えてやると」
淡々と、だが確かな決意を込めてラインハルトは語った。
「失礼しました、大将閣下。出過ぎたことを。我々は勝利を信じ、勝利のために尽力しましょう。それが屈辱的な戦いであったとしても、我々は戦い続ける次第です」
「それはいい。実にいい。だが、気を付けたまえよ、バルドゥイーン。君が思っているほど君の部下は戦争を望んでいないことがある。このまま逃げ伸びて、安寧を得ようとするかもしれない。それを君は正さなければならない。兵士たちを戦える兵士にしなければならない。どうすればいいか、分かっているか?」
「それは……」
バルドゥイーンが言葉に詰まる。
「恐怖によって統率する。それも手のひとつだ。兵士たちに脱走や逃亡が重い罪であることを叩き込み、恐怖によって戦場に立たせる。だが、私はあまりこの方法がすきではない。戦争とはやはり己の勇気で戦うべき代物だろう? 誰かに強制されて戦うなどというのは、虚しく、またいずれ破綻するのが目に見えている」
恐怖によって無理やり兵を戦わせる。
魔王軍には懲罰部隊というものがあり、前線からの逃亡を企てた兵士や、上官の命令に歯向かった兵士、その他犯罪行為を犯した兵士を集めて部隊を組織していた。
その部隊には野戦憲兵隊が同行しており、兵士たちを後ろから機関銃の射撃で追い立て、敵に向けて突撃させるのである。懲罰部隊の兵士は後ろから銃撃されるのに、前進するしかなく、文字通り恐怖によって戦わされていた。
だが、戦争が敗北に近づくと、懲罰部隊はまともに機能しなくなった。野戦憲兵隊に与える装備を前線に回した方が効果的とされて装備の支給が滞る。懲罰部隊の兵士は反乱を起こしたりすることが多くなったため、敵地に見捨てられたことすらある。
そうやって魔王軍による恐怖による兵士の統率は破綻した。
「では、どうやって兵士たちを戦わせるか。希望だよ。希望を見せるんだ。この作戦の先にあるのが惨めな敗北ではなく、栄光ある勝利だと思わせるんだ。兵士たちにこの戦いに勝利さえすれば、魔王軍は復活すると思わせるんだ。希望を持った兵士たちは強い。そして、希望というものは恐怖より長続きする。自分がその希望を信じたということを、兵士たちは否定するのを嫌がる。だからこそ、希望は続く」
そして、戦争もまた続いていくのだとラインハルトは語った。
「頑張りたまえよ、バルドゥイーン。君の苦労は始まったばかりだ。まずは装備を受領するといいだろう。武器があれば多少なりと士気も上がるはずだ。人工幻獣についても供給体制が整っている。1日3体のスレイプニルが生み出されている。それで騎兵部隊を組織するといい。我々が誇る騎兵集団だ。我々はあらゆる場所で六ヵ国連合軍に敗れてきたが、騎兵だけは絶対に敗北しなかった」
「はっ。装備を受領し、戦闘準備を整えます」
「ああ。戦争のために尽力したまえ」
そう言ってラインハルトは低く、低く笑った。
そのラインハルトの言動に不穏なものを感じながらも、バルドゥイーンは自分に与えれらた部隊のための装備の受領に向かう。
クルアハン城の地下は本当に工廠になっていた。
魔王軍正式採用小銃Gew1888小銃が量産され、MG88重機関銃も生産されてる。手榴弾や工兵のための梱包爆薬なども製造されている。
そして、驚くべきことに魔導生物学によって生み出される怪物たちも生産されていた。培養炉では何十体というゴブリンやオークが粘膜に包まれた中で成長し、生まれてくる。生まれた個体には服従の刻印が施されており、魔王軍に歯向かうことはない。生まれながらにしてすぐに兵士として使えるように培養中に催眠学習が施されており、生まれてすぐに小銃や機関銃を握り、前線に送り込める。
もっともオークやゴブリンの知性は決して高くない。高度な戦術で行動することはできないし、それどころか自分たちが何のために戦っているのかすら分かっていないこともある。そのためオークやゴブリンは吸血鬼や人狼が指揮を執るのだ。
その吸血鬼は数を減らしている。人狼もだ。
度重なる敗北によって吸血鬼も人狼も損耗した。戦えるものは戦うために玉砕覚悟で敵にぶつかり、戦えないものは撤退ではなく死を選んだ。
「吸血鬼と人狼の増援が必要だ」
バルドゥイーンが呟くようにそう言う。
恐らく、この問題はラインハルト自身が認識してることだろう。近衛吸血鬼を始めとする吸血鬼や人狼を作っていたのは彼なのだ。ラインハルトこそが、吸血鬼と人狼のの生みの親であった
「しかし、いったいどれほどの規模の戦いができるのか……」
魔王軍に残されたのはたったの1個旅団と数個大隊。それらを組み合わせて、旅団戦闘団としてガルム戦闘団を編成しているものの、バルドゥイーンにはどこまで戦えるのか分からなかった。
ここで長く潜伏し、六ヵ国連合軍が動員を解除したところで仕掛ければ、数か月は戦えるだろう。だが、いずれ六ヵ国連合軍が再動員を行い、前の戦争で戦った兵士たちを前線復帰させる。そうすれば、魔王軍は二度目の敗北を味わうことになる……。
恐らくはそんなことぐらいラインハルトは理解しているはずだ。彼は何かしらの勝算があるから、ここにこうして新しい拠点を準備していたのだ。敗北を悟ったときから、その敗北を覆す方法を考えていたはずだ。
しかし、どうやって?
吸血鬼と人狼を量産するのは一筋縄ではいかない話なのは分かっている。そして、ただオークやゴブリンを敵にぶつけるのは無意味だと分かっている。
六ヵ国連合軍には大量の敵の突撃を粉砕する戦術がある。火砲と機関銃の集中運用によって、どんな大規模な軍勢を送り込んでも粉砕される。
何より相手には“剣の死神”がいるではないか。
バルドゥイーンの体が僅かに震える。
“剣の死神”は正真正銘の化け物だ。人間とは思えない。だが、吸血鬼や人狼ではない。あれは正真正銘の人間でありながら、人間の枠を外れた、規格外の化け物なのだ。あれの相手をしたバルドゥイーンには分かる。
だが、あれと戦いたい。今度こそ勝利したい。何を犠牲にしてでも。
バルドゥイーンの心にラインハルトと似た感情が蠢き始めていた。
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