後方を落とす
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──後方を落とす
「さて、我々の狙うべき目標だが」
魔王城の軍議の場に新しくエリーゼが加わった。
そして、彼らは今後のことを判断する重要な軍議を行っていた。
「ブリタニア連合王国。我々はここを狙うべきだと考える」
「しかし、未だ制海権は握れておりません」
ラインハルトが言うのに、エリーゼがそう直言した。
「分かっているよ。海軍が今行っているのは通商破壊作戦だ。制海権を得るための決定打にはならない。だが、我々が決定打を得る機会があるのだ」
そこでラインハルトの脇にいた近衛吸血鬼が資料を配布する。
「なるほど。これが敵に決定打を与える作戦ですわね」
「そうだ。敵海軍のモットーは見敵必殺だ。それが海軍精神というものだ。では、思う存分その海軍精神を発露してもらおうではないか」
そして、罠にかかってもらおうとラインハルトは宣言した。
「空軍には訓練のための時間が必要だろう。これからのためにも」
「……閣下。これは空軍に行える任務なのでしょうか?」
「できるとも。洋上から陸地、洋上から“母艦”までの誘導は無線で行われる。無線の電波に従って行動していれば、自分たちの位置を見失うことなく、敵だけを狙える」
ラインハルトはそう言って笑った。
“母艦”。そう、魔王軍海軍は航空母艦を建造中であった。
空軍の部隊は空軍所属のまま、母艦を基地に航空作戦を展開する。
またそれとは別のことも空軍には課せられていた。
「敵が我々の狙い通りに動いてくれるならば、ブリタニア連合王国の海軍戦力は壊滅し、我々は制海権を一時的にでも得るだろう。そうなれば、もう恐れるものはない。ブリタニア連合王国本土に上陸し、無法の限りを尽くそうではないか」
ラインハルトはそう語る。
「女子供を拷問して殺し、瘴気の源としよう。荘厳なブリタニア連合王国の建物を焼いて、その炎で兵士たちを焼いてやろう。捕虜どもは四肢を切断し、穴に放り込んで穴の中で腐っていくのを眺めよう。敵の建造中の船を乗っ取り、魔王軍の旗を掲げよう」
我々は滅びをもたらすものとて相応しいことをしよう。破壊の限りを尽くし、本能の赴くままに野蛮を広めようとラインハルトはそう語る。
「ですが、本当に可能なのでしょうか? 前の戦争でも我々はブリタニア連合王国には到達できませんでした。前の方が戦艦の数は多かったように思えます。それなのにブリタニア連合王国本土上陸など可能なのでしょうか」
「可能なのだよ。可能でなければならないのだよ。我々は自分たちの役割を見失ってはいけない。魔族の役割とは何か? それは恐怖と暴力を広げることだ。戦争にこの世の全てを巻き込むことだ。少なくとも魔王最終指令の下にある我々はそうだ」
そう、魔王最終指令だ。この命令が魔族たちを縛っている。
ただただ『戦い続けろ』という命令が、魔王軍の行動を決定し、その存在意義すらも定義してしまっている。
魔王軍は、魔族は戦い続ける。世界を相手に戦い続ける。それが魔王ジークフリートの望みであり、魔王最終指令の執行者であるラインハルトの望みなのだから。彼らは世界を相手に戦い、今もなお戦っている。
「さて、では海軍は予定通り“ローレライ作戦”に従事し、空軍も“ローレライ作戦”に参加すること。連中の誇る艦隊を海の底に沈めてやろう。それはきっと愉快なことだ」
ラインハルトは愉快そうにそう言う。
「君たちには期待しているよ。敵の主力艦隊を殲滅した暁には、“ゼーレーヴェ作戦”を直ちに発動し、ブリタニア連合王国本土に強襲上陸する。近衛軍は全軍。陸軍は6師団が参加。連中の王都ロンディニウムを陥落させ、我々に勝利を」
ラインハルトはそう語るがリヒャルトは渋い顔をしている。
「しかし、閣下。陸軍は各地から続々と残存戦力が集結しているとはいえ、全軍で12個師団強しか存在しません。6個師団。しかも、その中には第1教導猟兵旅団も含まれているのですから、敵がもし攻撃を仕掛けてきたら、ひとたまりもありません」
どうやらリヒャルトは動員される戦力に不安があるようだった。
「それなら心配はいらない。今ある瘴気は全て陸軍のために使われる。それによって10個師団は確保できるだろう」
「本当ですかっ!?」
リヒャルトが目を丸くする。
「本当だとも。海軍のための人員補充は終わり、空軍はスケルトンドラゴンのおけげで大拡張された。今や陸軍こそ拡張するべきなのだ。リヒャルト、君が言ったように面を制圧できる戦力が必要だ。そして、私は君にそれを与えよう」
「ありがとうございます、閣下」
リヒャルトは深々と頭を下げた。
「では、後方に心配する必要はない。思う存分、ブリタニア連合王国本土で暴れてきたまえ。勝利の報告をいち早く聞くために私も同行しよう」
「おお……」
ラインハルト自身が同行するということはもはや勝ったも同然。
「閣下。制海権を得ずともヴェンデルの呪血魔術を使えば……」
「何もかもヴェンデル任せというのはぞっとする。もし、我々が上陸の際にヴェンデルを失うようなことがあればどうなるかな?」
「……ごもっともです」
アルマは自らの過ちに視線を伏せた。
「だが、君の考えも理解できるよ、アルマ。私は侵攻作戦の第一撃にはヴェンデルの力を借りるつもりだ、ヴェンデルの呪血魔術で王都ロンディニウムを奇襲する」
その言葉に“おおっ”と感嘆の声が上がる。
「いわゆる斬首作戦だ。敵の首を斬り落とすかの如く、指揮系統を崩壊させる。政府を叩き、軍司令部を叩き、暴れまわるだけ暴れまわったのちに、上陸してきた本隊と合流するのだ」
魔王軍ではこれまで斬首作戦の試みこそあったものの、実現には至っていなかった。
それは戦時ということもあって敵が首都近辺の警備を固めたことと、政府と軍司令部の位置を物理的に離したことのせいでもある。
だが、ブリタニア連合王国では完全な戦争終結が撤回されておらず、それに彼らは自分たちが海で大陸から隔てられているという安心感を持っている。王都ロンディニウムの守りはそう硬くはないはずだ。
ならば、斬首作戦は成功する。
ただ、この一度で斬首作戦は終わるだろう。そう何度も同じ手に引っかかってくれるほど、敵もお人よしじゃない。もしブリタニア連合王国が斬首作戦で落ちたとすれば、その情報は共有され、首都の警備強化に繋がるはずだ。
失敗しても、成功しても、この一度限りのカード。
それをラインハルトは使う。
「敵の首を容赦なく斬り落とす。ターゲットは既に調べてある。時間の誤差などがあって、首相や閣僚、軍の司令官がロンディニウムを離れているかもしれない。その場合は作戦失敗だ。直ちに、ロンディニウム襲撃部隊は撤退する」
無駄にロンディニウムで騒いだとしても意味はない。ロンディニウム近郊の部隊を引き付け、ロンディニウムに兵力を張り付けさせる結果になるが、その先に待っているのはロンディニウムに殴り込んだ精鋭部隊の壊滅である。
それは望ましくない。今の人手不足の魔王軍にとってそれは決して望ましくない。
特にベテランの将兵が不足している中、さらなる損耗を招けば、それはもはや敗北に繋がる。今はひとりでも多くのベテランの将兵が必要なのだ。
「上陸作戦については後に具体的に論議しよう。だが、これはきっと上手くいくよ」
ブリタニア連合王国の人間どもに地獄を見せようとラインハルトは結んだ。
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