護衛船団
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──護衛船団
ブリタニア連合王国はついに護衛船団を組み始めた。
単独航行している商船の犠牲が大きくなりすぎたこともあり、ブリタニア連合王国としても対応を取らなければならなくなったのだ。
当然ながら護衛船団方式では、もっとも足の遅い商船に速度を合わせるため、全体的な輸送効率は低下する。ブリタニア連合王国では再び物資不足という状況が起きつつあった。生活必需品は配給制になり、贅沢品は出回らない。
フランク共和国もこの危機に護衛のためのフリゲートや駆逐艦を差し向け、彼らが商船を守るよき牧羊犬たろうとした。
それでもブリタニア連合王国の犠牲は激しい。
護衛船団を組んでもベテランの潜水艦長に指揮された潜水艦は目標を撃沈し打撃を与える。護衛艦艇が追いかけて潜水艦を攻撃しようにも、悠々と逃げ出し、そして護衛艦艇が離れた隙に別の潜水艦が攻撃をかけるのだ。
これぞ群狼戦術である。複数の潜水艦が連携して、敵の護衛船団という城の守りを崩し、暴れまわるという戦術。
もっともこの戦術は万能というわけではない。
今、魔王軍海軍の暗号は一新されたが、無線を傍受され、暗号を解読されれば、当然ながらオオカミの群れは逆に追い詰められることになる。
そうでなくとも潜水艦の1隻が発する護衛船団を発見したという無線の電波を感知するだけで、護衛船団は進路を変更する可能性がある。
いずれにせよ、この戦法もいつまでも有効な手段という毛ではない。いずれは、潜水艦隊も苦しい戦いを強いられるだろう。
だが、今は、今だけは、思う存分狩りを楽しめる。
魔王軍海軍潜水艦隊は狩りの楽しみを味わった。
面白いように敵の商船が沈む。時には護衛艦を仕留めるときもあった。魚雷が敵の駆逐艦に命中し、大爆発を引き起こすのだ。これほど愉快なこともない。重油で毒の水と化した海上に炎上した護衛艦から飛び降り、そして重油に体を取られて、沈んでいく水兵たちを見るのは胸が躍る。
貴重な護衛艦を失い、無防備になった船団を殲滅することの楽しさと言ったら!
魔王軍海軍は狩りを楽しむ。狩りの楽しみは獲物仕留めることにあり、彼らは思う存分獲物を屠っていた。
六ヵ国連合軍も対応を迫られ、各国が護衛艦を提供する。だが、陸軍国の海軍ほど当てにならないものもない。彼らは複雑な艦隊運動についてこれず、船団の足を引っ張ることが多々あった。ブリタニア連合王国海軍提督に言わせれば『ないよりマシ』程度の戦力でしなかったのだ。
確かに艦隊運動の足を引っ張るし、適切な位置につけて居なかったりするが、護衛艦が存在するという事実は、魔王軍海軍への示威行為になった。護衛艦の数が増えるのに、潜水艦隊も慎重に攻撃を行うようになる。
それでも攻撃そのものが止まったわけではない。
今も海では夜になるたびに多くの商船が沈む。ブリタニア連合王国に運び込まれるはずだった物資が、ブリタニア連合王国から運び出されるはずだった物資が、敢え無く海底に沈んでいっているのである。
どの船も安全とは言えない。危険を秘めている。
そうであるが故にガブリエルのブリタニア連合王国訪問は、フレスベルグを使っての移動で行われることになった。
非武装のフレスベルグに乗ったガブリエルがブリタニア連合王国の空軍基地に到着する。迎えの車はすでに来ていた。ブリタニア連合王国では既に自動車が一般的な輸送手段となっていたのである。
フランク共和国も後に続けとモータリゼーションを進めているが、ブリタニア連合王国は彼らより早くモータリゼーションを実現した。だが、そうであるがために、石油という物資を諸外国から輸入しなければならず、今は配給制の中、再び馬車が活躍するようなことになってしまっている。
「ようこそいらっしゃいました、ガブリエル・ジラルディエール大佐殿」
「歓迎に感謝します」
「それでは研究所までご案内いたしますので」
ブリタニア連合王国陸軍の車に乗せられて、ガブリエルたちは人工聖剣の研究所を目指す。それは港湾都市にあるようだった。
「それにしてもやはり魔王軍による通商破壊作戦の影響は大きいのですか?」
「ええ。嫌になりますよ。あれがない、これがない、それがない。そして、次にそれが入荷される予定は未定。魔王軍は本当に殲滅しておくべきでした。せめて海軍だけでも完全に滅ぼしておくべきだったのです」
「全くです。魔王軍の脅威を甘く見たツケが回ってきているのです」
「フランク共和国は方針を大きく転換されたようで」
「ええ。ド・ゴール大統領閣下が魔王軍の完全な殲滅を求めていらっしゃいます」
「それは心強い。一刻も早く魔王軍海軍の海軍基地を制圧し、我々が安全に航行できるようにしてもらいたいものです」
迎えにやってきたブリタニア連合王国陸軍の将校はそう言った。
「我々が力を合わせれば達成可能な目標です。ともに力を合わせて戦いましょう」
「ええ。戦いましょう」
ガブリエルの言葉にブリタニア連合王国陸軍の将校が頷く。
ガブリエルたちはブリタニア連合王国の人工聖剣の研究所に向かうまでに、多くの戦争の犠牲者たちを見た。この通商破壊作戦に巻き込まれて破産した商店、物資がなくてやせ衰えた子供たち、護衛船団に参加し戦死した兵士の葬儀。
ガブリエルは一刻も早く、魔族たちを“救済”しなければと決意を新たにした。
このような罪を重ねてしまっては、救えるものも救えないではないかと。
彼女にとって魔族は依然として救済の対象であった。
殺すことによる救済の対象であった。
「ガブリエル・ジラルディエール大佐殿をお連れしました」
「ありがとう、大尉。ようこそ、ガブリエル・ジラルディエール大佐。私は研究所の所長を勤めるオズワルド・オリファントだ」
オリファンとのブリタニア連合王国海軍の軍服には中将の階級章がついていた。
「お会いできて光栄です、提督閣下」
「こちらこそ。では、研究所を案内しよう」
ブリタニア連合王国の人工聖剣の研究所はフランク共和国のそれに負けず劣らずだった。物資が不足する中でよくやっていると思われる。
だが、見渡せど、見渡せど、人工聖剣そのものの姿は影も形もない。
「提督閣下、人工聖剣はどこに?」
「うむ。こっちだ」
2名の歩哨が立ち、厳重に封鎖された区画にガブリエルたちは足を踏み入れる。
「これが我々の人工聖剣“エクスカリバー”だ」
大きさは“デュランダルMK3”とほぼ同じ、コアとなる特殊な魔力を帯びた水晶がはめ込まれ、そこから刃全体に魔力を行き渡させるように動力線のネットワークができている。これもまた“デュランダルMK3”と同様。
「成功したのですか?」
「まだだ。技術的な問題が解決していない。理屈の上ではこれで使用者の魔力が増幅され、夥しい魔力が解き放たれるはずなのだ。だが、全く動かない。我々は使用者に問題があるのではないかと考えている」
そこでオズワルドがガブリエルを見る。
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