そして、彼がやってきた
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──そして、彼がやってきた
「一刻も早く魔王軍の港湾基地を全て制圧し、我々は海上の安全を確保しなければならない。もし、魔王軍海軍が本格的に活動を始めれば、何十万トンとも貨物船が沈められ、護衛のための船団に使用する石油を何千万トンも使用し、まさに資源の壮大な浪費が起き、そのことは六ヵ国連合軍加盟国の諸君らの国にも悪影響が及ぶだろう」
脅すような声色でブリタニア連合王国の首相が語る。
「我々は限りある資源で戦わなければならない。そのためにも、魔王軍に対する再動員と完全な征服が求められるのだ。これは我がブリタニア連合王国だけの問題ではないことを理解していただきたい」
そう言ってブリタニア連合王国の首相は席に着いた。
「ブリタニア連合王国の懸念についてはよく分かった。我々はこの問題に対処していかなければならないだろう。それも早急に。だが、再動員と戦争終結宣言の撤回は段階的に行われなければならない」
「本当にそうなりますかな? 貴国の情勢は移り変わりつつあるようですが」
「それは理解している」
まもなくフランク共和国は共和国大統領選だ。そして、ド・ゴール陣営は勝利に向けて突き進みつつあった。このままならば政権交代がなされるだろう。
現政権は力を失い、ド・ゴールが主張する戦争終結宣言の撤回と再動員が実施される。となれば、周辺諸国もそれに引っ張られて再動員ということになるだろう。
シーレーンを脅かされんとしているブリタニア連合王国にとってはまたとない朗報だ。
そして、他の国々にとってはまた戦争に巻き込まれるという不運である。
フランク共和国はこれまでも魔王軍との戦いで常に存在感を発揮していた。数だけ多いルーシニア帝国の軍隊が撃破されて以降、大戦の主導権を握っているのは、フランク共和国であった。
彼らは人工聖剣という技術も生み出し、それを操るガブリエル・ジラルディエール共和国親衛隊大佐という秘密兵器まで有していた。
故にどの国もフランク共和国が戦争を始めると決めれば、戦争を始めるだろう。国民もある程度は納得するだろう。もっとも、今ここに顔を揃える各国の首脳たちがダメージを受けないはずもないが。
「戦争終結宣言は可能な限り段階的に撤回されるべきだし、再動員も経済に影響がない範囲で行うべきだ。私はそう考えている。だが、私の後任者は私とは違った意見を持っているかもしれない。それに備えてもらいたい」
自分たちが大統領の座を追放されるかもれいないからそれに備えてくれとフランク共和国の大統領は言っているのだ。
そして、この会議から1か月後、共和国大統領選が始まった。
世論調査の結果でも優位なのはド・ゴール陣営だ。彼らは選挙において大勝を目前にしていた。共和国の8割の人間が、ド・ゴール陣営の掲げる偽りの戦争終結宣言の撤回と再動員による魔王軍の完全壊滅に賛同していた。
それはその内容そのものは受けなかったものの、必要だという意識が国民の中にあったためである。“聖剣の乙女”ことガブリエルがド・ゴール陣営についていたのも決定的だった。誰も彼女の言葉を止められず、ド・ゴール陣営とガブリエルを讃える声が上がる。それは戦争への道だというのに。
ガブリエルはラジオや新聞を通じてド・ゴール陣営を支援し続けた。
彼女の言葉は新聞よりラジオの方が効果が高かった。彼女の澄んだソプラノの声を聞くと、誰もが勇気づけられるという。これから立ち向かわなければならない戦いに備えられるという。
それが事実かどうかは分からないが、ガブリエルがラジオで演説する度にド・ゴール陣営の支持率は上昇していった。
ド・ゴール陣営の当選はもはや確定だった。
開票が行われたとき、勝者としてド・ゴール大統領が誕生していても、誰も驚くことはなかった。納得しかなかったのである。
ド・ゴール大統領は直ちに戦争終結宣言の撤回。魔王軍と六ヵ国連合軍は今も交戦状態にあるという布告を出した。
そして、彼らは段階的再動員の命令書にサインした。
段階的な動員が開始され始め、それは魔王軍と戦うためのものであり、そちらにも再動員をお願いしたいとの言葉が各国にいるフランク共和国大使から首脳に伝えられる。
六ヵ国連合軍ではついに来るべきものが来たという考えであった。
魔王領占領軍第2軍が壊滅的打撃を被ってからというもの、戦争終結宣言が道化であるのは明白だった。偽りの平和を作り出すための偽りの宣言がいつまでも通じるはずがない。いずれそれは撤回されるだろうという流れだった。
そして、ド・ゴール大統領の誕生がそれを決定的なものにした。
「閣下。ご当選おめでとうございます」
ガブリエルは副官のアルセーヌとともにド・ゴール大統領の新たな戦場となる大統領宮殿を訪問していた。
「君のおかげだ、ガブリエル大佐。君の支持がなければ当選は不可能だっただろう」
「ご謙遜なされず。閣下は必ず当選していましたよ」
ド・ゴール大統領が満面の笑みを浮かべるのに、ガブリエルがそう返す。
「ですが、身の回りにはご用心を。閣下のことを好ましく思わないものもいます。魔王軍の残党がこのルテティアに潜伏しているという話も聞きます。魔王軍にとっては閣下が政権を担うことは大きな障害となるでしょう。常に共和国親衛隊の護衛をお付けください。閣下はそれを拒否していると聞きます」
「私も軍人だ。命の危険は何度も犯してきた。それが大統領になった途端、がっちりと周りを固められるのは落ち着かない。だが、ガブリエル大佐のいうことが。これからは共和国親衛隊の警護を受けることにしよう」
ド・ゴール大統領はそう言って頷いた。
「賢明なご判断です。共和国親衛隊はその任務をその身に変えてでも全うします」
「君自身は何かを望むのかね?」
これまでド・ゴール大統領の当選に協力してきたものたちは閣僚のポストや政治的発言力などの恩恵を受けていた。だが、ガブリエルはそういうものをド・ゴール大統領にまだ求めていない。
「私は特に求めるものはありません。閣下がご当選なさっただけで十分です。私は共和国親衛隊大佐として戦場を駆け巡れればと思っております」
「そのことだが、君を一度ブリタニア連合王国に派遣することになった。ブリタニア連合王国でも人工聖剣の開発が始まっている。その開発に君からアドバイスを行ってほしいというのは向こう側の求めるものだ」
「向こうでも人工聖剣を……」
「ああ。とは言え、そう簡単に上手くいくものではないと思うが」
ブリタニア連合王国の人工聖剣計画は計画名『エクスカリバー』と呼ばれ、現在人工聖剣“デュランダルMK3”のデータのデータを基に試作品が作られようとしているところであった。
だが、上手くはいっていない。当然だろう。当のフランク共和国すらもどうして“デュランダルMK3”が人工聖剣として機能しているのか分かっていないのだから。
「了解しました。では、閣下。先ほどの言葉を翻すことになりますが、お願いをひとついいでしょうか?」
「なんだね?」
「戦災孤児の救済基金の設立にお力添えを。私と教会で進めてきましたが、これからまた戦争となると多くの孤児が生まれるでしょう。そのようなものたちを救い、共和国の若い人材を絶やさぬようにお願いします」
「分かった。手配しておこう」
「ありがとうございます、閣下。では、失礼します」
ガブリエルは退室し、アルセーヌにブリタニア連合王国への赴任のことを話す。
着実に戦争の歯車は回りつつあった。
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