ブリタニア連合王国の焦り
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──ブリタニア連合王国の焦り
六ヵ国連合軍は先の合同作戦の失敗を総括すべく、会合を開いた。
六ヵ国連合軍にはかつてほどの戦意も、かつてほどの団結力もなかった。
ただ、この厄介な問題をどう穏便に処理するかだけに注力していた。
かつての彼らは違った。かつての彼らは魔族への敵意に燃え、奪われた祖国の領土を奪還するために血眼になって、勝利する道を探していた。だが、それが一度なされてしまうと、途端に堕落してしまった。
魔王軍との、魔族との戦争は終わった。今は魔王軍との戦いで負った傷を癒すべき時間だ。彼らはそう考えるようになってしまっていた。
だが、ここでブリタニア連合王国の首相が叫ぶように発言する。
「魔王軍はまだ壊滅したとは言えない! 徹底した掃討戦が必要だ!」
ブリタニア連合王国はフランク共和国と同程度の大国であるが、彼らは脅かされていた。今、楔から解き放たれた魔王軍海軍第1艦隊の脅威に脅かされていたのである。
「魔王軍海軍第1個艦隊は今や自由の身だ。我が国のみならず、他の国々の海軍を脅やかす危険があるのである!」
ブリタニア連合王国の首相はそう言って各国代表を見渡した。
真剣な表情をしているのはブリタニア連合王国との貿易額の大きなフランク共和国とスヴェリア連邦だけで、他の国々はあまりに乗り気でないのが表情に現れている。
六ヵ国連合軍でも海軍国と堂々と名乗れるのはブリタニア連合王国ぐらいのものであり、他の国々はほぼ陸軍国である。もちろん、海軍こそ保有しているものの、沿岸海軍をでないような規模でしかなかった。
そうであるが故に他の国々にはせいぜい1個の艦隊が解き放たれた程度という認識であり、その1個艦隊がブリタニア連合王国の全てのシーレーンを脅かす存在になり、最終的にブリタニア連合王国が六ヵ国連合軍から脱落する可能性すらあることを認識できていなかった。彼らにとってはアルトゥル港を巡る戦いすら理解の対象外だったのだ。
だが、ブリタニア連合王国は分かってる。楔から解き放たれた魔王軍海軍第1艦隊は祖国にとっての重大な脅威であると。これを撃滅しなければ、ブリタニア連合王国の未来は暗いものとなるであろうことを。
「よく考えていただきたい。魔王軍海軍が復活した意味を」
ブリタニア連合王国の首相はそう告げるが答えはない。
「フランク共和国としては重大な脅威であると認識している。我が国の艦隊も敵艦隊の討伐に協力しよう」
フランク共和国には比較的強力な共和国海軍が存在する。
「艦隊を叩くだけでは意味がないのです。艦隊の背後にああるものを叩かなければなりません。つまりは敵の港湾を」
それに対してブリタニア連合王国の首相が語り始める。
「代々ブリタニア連合王国はその防衛線を敵の港の背後としてきました。そうしなければ敵艦隊の活動を許し、最終的には我々ブリタニア連合王国への本土上陸すらも許す可能性があるからです。我々の陸軍は決して強力なものではない」
ブリタニア連合王国は何度もの他民族の本土上陸を許し、そのために海軍力に傾注するようになった。だが、彼らはその強力な艦隊での艦隊決戦で勝敗を付けるということよりも、敵艦隊を無力化してしまうことの方を重視していた。
すなわち、敵艦隊の母港の占領だ。
敵艦隊は自分たちの母港で補給を行い、艦隊の整備を行う。それさえ妨害してしまえば、敵艦隊は無力化されたも同然だ。
先の大戦では魔王軍海軍は思った以上に強力で、かつ陸戦全般において不利であったために母港を叩くことができず、艦隊決戦で魔王軍海軍第2艦隊を撃滅したが、第1艦隊は取り逃し、そのためにアルトゥル港の戦いを繰り広げる羽目になっていた。
「魔王軍の港は豊富で、それも六ヵ国連合軍によって占拠されていません。中には建造ドックを備えた港まであるような状況です。この脅威をご理解いただけるか?」
ブリタニア連合王国の首相は周囲を見渡すが、賛同の声はフランク共和国とスヴェリア連邦からしか上がらない。
「いいですか。我が国で生産されれる弾薬の量は六ヵ国連合軍の4分の1を占めるのです。我が国のシーレーンが脅かされればその供給も止まるのですよ」
「それは代替案を考えておくべでしょうな。ひとつの国にそのように任せてしまっているのは我々の弱点になりかねない」
ルーシニア帝国の首相がそう言う。
「つまり我が国を見捨てるとおっしゃるのか!」
「そうはいっていない。ただ、弱点が少ない方がいいというだけの話です」
ブリタニア連合王国の首相が激昂するのを、ルーシニア帝国の首相が聞き分けない子供を宥めるようにそういう。
ルーシニア帝国が農業国から工業国への転換を図っているのは公然の事実だ。
「今一度討伐軍を派遣できないだろうか? 我々はそれを求める」
その話には全員の気が重くなった。
「残念だが……。我々には余裕がない。常備師団を派遣したせいで、どの国も大打撃を被っている。これ以上の出血は許容できない」
「ならば、動員を。再動員を行おうではないか。これは我が国だけの危機ではない。六ヵ国連合軍加盟国全体の危機なのだ」
ブリタニア連合王国の首相はそう訴えるが、それに対する反応はない。
「魔王軍は滅んでなどいない。今も人類の敵だ。敵であり続けている。これに対処しなければ、後で後悔する結果になるぞ……!」
「だが、あなたも戦争終結宣言を出されたはずだ。それを撤回するのか?」
「するとも。今は政治家の面子がどうこうという問題ではない。全人類の危機だ。私は必要があるならば戦争終結宣言を撤回し、再動員を行おう。ブリタニア連合王国の臣民たちもそれを理解してくれるはずだ」
ブリタニア連合王国の首相は毅然とそう主張した。
「確かにブリタニア連合王国の危機は理解できるが、戦争終結宣言の撤回となると……」
「間違いなくパニックになるな」
六ヵ国連合軍加盟国の首脳たちが頷き合う。
「もう既にパニックは起き始めている! 魔王軍海軍が解き放たれたと聞いて、どの商船も海軍の護衛を求めている。我々も魔王軍海軍に対抗するためにストップしていた建艦計画を押し進めなければいけなくなった。既に混乱は始まってる」
ブリタニア連合王国の首相の必死の訴えに、流石の六ヵ国連合軍加盟国の首脳たちも不味いものを感じ始めていた。
「だが、再動員は……」
「戦争終結宣言を撤回することで発生する経済的損害は、そのまま魔王軍と戦うための経済基盤に打撃となるのですよ。もっと段階を踏んで、着実に物事を進めていくべきでしょう。いきなりの戦争終結宣言の撤回や再動員には応じられない」
フランク共和国の大統領が言い淀み、ルーシニア帝国の首相がそう語る。
「今すぐに対応しなければならないのだ! 魔王軍海軍が実際に通商破壊作戦を始めてからでは遅い。もちろん、我が海軍は魔王軍に決戦を挑み勝利して見せよう。だが、海上における決戦とは陸上における決戦とは大きく異なるのだ」
陸上よりも海上は広く、それに加えて潜水艦という武器が加わるという。
潜水艦は面倒な発明品だ。それは海軍に決戦を行わせず、シーレーンだけを脅かすとブリタニア連合王国の首相は苦々しく語った。
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