海軍の奮闘
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──海軍の奮闘
魔王軍海軍はアルトゥル港に包囲されていた。
海軍陸戦隊と陸軍部隊は港を構成する湾の高台に塹壕陣地を構築し、断固してここを渡すまいと必死の抵抗を続けていた。アルトゥル港には運ばれるはずだった武器弾薬が大量に残っており、それを使って抵抗している。
空軍部隊も駐留しており、2個飛行隊が港の上空を守っていた。
というのも、高台を巡って争っているのも、航空優勢を巡って争っているのも、アルトゥル港に停泊する魔王軍海軍第1艦隊への砲撃を狙ってのことなのである。
魔王軍海軍第1艦隊は大戦末期になると水兵を陸戦隊として供出することになり、港に停泊されたままになっていた。だが、海軍の水兵たちであるスキュラたちにとっては陸戦はあまり適した環境とは言えなかった。
結局のところ、陸戦隊は港まで押し戻され、かつ港を構成する湾はブリタニア連合王国海軍に包囲され、海軍第1艦隊は脱出することも、戦うこともできずに無力化されてしまった。そして、今に至るまで海軍第1艦隊を完全に無力化するために戦いが繰り広げられている。
「敵だ! 敵さんがいらしたぞ!」
「まだ遠い。しっかり当たる距離まで引き付けろ」
いくら運び損ねた武器弾薬があるとは言えど、数に限りがあることは事実だ。数を切らさないためには無駄玉を撃つことを徹底的に避けなければならない。
「400……300……200……」
「撃ち方始め!」
一斉に火器が火を噴く。
迫ってきていた六ヵ国連合軍の歩兵が蜂の巣にされ、地面に倒れる。
そして、敵の砲撃が降り注いでくる。
「まだ耐えられそうだな」
港の周りの要衝は永久陣地化されており、鉄筋コンクリートのバンカーが存在する。
これが六ヵ国連合軍地上部隊による攻略を妨げていた。
いくら砲撃してもバンカーは破壊できない。重砲を使ってようやく打撃を負わせられるだろうが、戦争終結宣言により重砲を装備した砲兵は撤退してしまった。
六ヵ国連合軍は最近では魔王軍海尉軍第1艦隊の撃滅に熱心ではなくなっていた。戦争は終わり、ここに残されている魔王軍の艦艇は僅か。乗組員も陸戦隊として戦死している。ならば、事実上魔王軍海軍は無力化されたようなものではないかと。
攻撃に熱心だったのはブリタニア連合王国だけだった。
ブリタニア連合王国は絶対に魔王軍の艦艇を全滅させなければならないと考えていた。魔王軍に海軍が存在し、それが行動可能な限り、ブリタニア連合王国は海軍をこの港に貼り付けておかなければならず、戦争終結宣言とは何だったのかという話になってしまう。
そして、少数の海軍部隊でも通商破壊作戦が行えることは先の戦争で証明されてる。
故にブリタニア連合王国だけはどうあってもこの港を落とそうと必死になっていた。
「閣下。弾薬の備蓄が怪しくなっております」
「兵士の損耗も激しいです」
陸軍の吸血鬼と人狼がそれぞれそう告げる。
「それでも守らなければならないのよ。魔王軍海軍第1艦隊は最後の希望。これを失えば我々は二度と海に出られなくなるかもしれない。そして、降伏したところで、どうせ皆殺しにされるだけでしょう」
そう応じるのはスキュラの女性提督だった。
海軍の女性提督は珍しいものではないスキュラの男女比は圧倒的に女性に偏っている。女性が多い職場で、女性が出世することは珍しくない。
彼女は青みがかった黒髪をショートボブに整え、女性的で豊満な体を海軍の白い軍服に包んでいた。
「そうですな。戦って散る以外に道はないわけです」
「我らが魔王軍に栄光あれ」
吸血鬼と人狼の指揮官が頷く。
「噂によれば、魔都ヘルヘイムが奪還され、六ヵ国連合軍を退けたそうです。我々もまだまだ戦えるでしょう」
「ええ。戦わなければなりませんわ。ここに残された艦隊のためにも。魔王軍の海のためにも。そして、我々の誇りのためにも」
艦隊の水兵たちは全て陸戦隊として港の防衛の任務に就いている。守る側は総力戦だ。六ヵ国連合軍の方はブリタニア連合王国だけがやる気を燃やしているのが現状だが、それでも六ヵ国連合軍の戦力は馬鹿にならない。
海の方でも攻防は繰り返されている。
港の要塞砲が迫りくるブリタニア連合王国海軍の艦艇を攻撃している。ブリタニア連合王国海軍は付近を機雷封鎖し、さらに港の出口を塞ごうと閉塞船を送り込んでくるが、今のところその任務が成功したという話は聞かない。
ブリタニア連合王国がここまで魔王軍海軍に徹底しているのは、彼らが島国だからだ。
彼らは海軍で大陸とやり取りすることによって、生活必需品を手に入れている。そのため魔王軍海軍が野放しだったときは、その交易を封鎖され、脅かされ、市民の生活が困窮していくばかりだった。
一時期は食料も最低限になり、ブリタニア連合王国は干上がりかけた。
ブリタニア連合王国海軍が決死の決戦挑み、魔王軍海軍第2艦隊を撃滅したことで、魔王軍海軍の活動は低調なものになり最後は海軍首脳部の決定で現存艦隊主義に陥り、魔王軍海軍はまともな活動を許されなかった。
ブリタニア連合王国海軍は戦力を貯え続け、そして魔王軍海軍第1艦隊をこのアルトゥル港に押し込み、そして今に至る。
「それではエリーゼ提督。我々は防衛戦闘を継続いたします。1滴でも多くの人間どもの血を流させてやりましょうぞ」
「我々も艦艇の装備で野戦に使えるものはそちらに渡します。なんとしても防衛をお願いしますわ」
「ええ。守り抜きましょう」
こうして、アルトゥル港防衛戦は続いた。
ブリタニア連合王国陸軍を主体とする六ヵ国連合軍は波状攻撃を仕掛け、その度に機関銃と砲撃によって薙ぎ払われる。
魔王軍の防衛隊も攻撃のたびに損害を出し、港の兵舎は負傷者だらけになっていた。
食料も底が見え始め、この数週間でジャガイモしか食べていないという兵士もいた。そんな彼らにとって人間の死体はごちそうであった。
魔族は人間を食う。吸血鬼は血を啜るし、人狼は肉を貪る。スキュラも溺死者を貪ると言われているし、ほぼ事実だ。
だから、彼らは人間たちが押し寄せてくるたびに舌なめずりするのだった。
おっと。今日もごちそうが自分からやってきたぞ、と。
だが、この日の攻撃はそうもいかなかった。
突如して魔王軍のバンカーが地面に向けて崩れ落ちたのだ。
「やられた! 坑道爆破だ!」
坑道爆破とは敵の防衛陣地地下まで坑道を伸ばし、爆破することで敵の攻撃を受けることなく敵の防衛陣地に打撃を与えることである。古くからある戦い方だが、魔王軍との塹壕戦が長引いた大戦中にも何度も行われている。
今回も魔王軍の永久陣地に業を煮やしたブリタニア連合王国陸軍が坑道爆破を実行し、魔王軍の永久陣地多数を破壊した。
そして、そこを目指して攻撃が行われる。
突撃してくるブリタニア連合王国陸軍を遮るものはない。彼らは辛うじて塹壕を作った魔王軍の機銃掃射を砲撃で吹き飛ばし、突撃を続ける。
そして、もう少しで湾内の魔王軍海軍第1艦隊を捕捉できる位置に到達しようとしていた。魔王軍からの猛砲撃で進軍がさえぎられるものの、ブリタニア連合王国陸軍の兵士は塹壕に潜み、前進の機会を窺っていた。
今度こそ、漸く今度こそ、俺たちは魔王軍海軍を撃滅するのだという思いがブリタニア連合王国陸軍の将兵たちの中にはあった。
だが、その思いは果たされなかった。
ついにラインハルトの指揮する魔王軍本隊がブリタニア連合王国陸軍の背後から攻撃を仕掛けたのである。
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