海への進軍
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──海への進軍
六ヵ国連合軍による包囲は14日間に渡る戦闘の末に全て解除された。
大量の捕虜が捉えられては魔王城に連行され、そこで瘴気の材料となる。戦場の死体も残すことなく回収され、瘴気を生み出すための素材にされた。
魔王城の地下深くでは腐臭が漂い、澱んだ瘴気が生み出されては、ゴブリンやオークの作業員によって汲みだされ、慎重に容器に収められていく。一歩間違うと自分たちも瘴気で死ぬことになるので慎重な作業だ。
少しずつ汲みだされた瘴気は魔王城の地下からラインハルトの研究室兼魔族の生産拠点に運ばれる。そこでラインハルトは必要な魔族を生み出したり、彼の黒き腐敗に対応できる魔族を生み出そうとしていた。
今のところ、黒き腐敗の研究は進んでいない。辛うじて死者を操るのに使えると判明しただけである。その死者もドラゴンのようにタフなものでなければならない。
そして、そのような作業が行われている中で、いよいよ魔王軍の復活を遂げて以来の大規模攻勢が計画されていた。
アルマたち幹部が真剣に地図を眺める。
「陸軍が戦線を張れるとしても西の海までは遠いですね」
「この距離ならば大丈夫です。今は大戦末期と違って火砲もしっかりと装備されていますから。まず撃ち負けることはありません」
アルマの懸念にリヒャルトがそう太鼓判を押した。
「では、我々近衛軍が主力となって攻撃を」
「ええ。お任せします。我々は戦線の維持に務めます」
攻撃は近衛軍が請け負う。エリート兵科である近衛軍は攻勢の際には先鋒を務めることで知られている。
近衛軍も本来は魔王の護衛だったのだが、指揮官率先によって魔王も戦場に立つようになると規模が大きくなっていき、やがて魔王が後方から指揮を取るようになっても近衛軍として存在することになった。
性格としてはフランク共和国の共和国親衛隊に近い。あれも元は警護部隊から発足し、やがて規模が拡充され、エリート部隊になった類だ。
歴史的にはフランク共和国の共和国親衛隊の方が古いが、別に近衛軍がフランク共和国を真似たというわけではない。両者ともに生まれるべくして生まれた組織というものなのだ。
そして、進軍計画と補給計画が練られる。
ある意味では直接の戦闘よりも、このふたつは重要だ。戦争は準備で決まるともいうが、まさに進軍計画と補給計画は準備だ。これをしっかりと構築すれば勝利できるし、逆にこれがダメならば敗北する。
大戦末期の魔王軍はまさに進軍も補給も計画性がなかった。
部隊は分断されて補給は行えず、救出に行くための部隊の進軍はただただ急いだだけの稚拙なものであり、大勢の魔族が犠牲になった。
対する六ヵ国連合軍は進軍計画も補給計画も確かなものだった。数百個師団という規模の軍隊は前進させるだけでも苦労するものだが、六ヵ国連合軍緻密に計画を練り、進軍、戦闘、補給、再編、進軍再開というサイクルと上手く回した。
あの戦争は動員された兵士の数も多かったが、補給に携わる兵士の数も半端ではなかったのだ。
そして、戦争には勝利したものの、六ヵ国連合軍は膨大な資産を使用し、世界恐慌間際にまで経済状況は悪化していた。だからこそ、今の六ヵ国連合軍の加盟各国は戦争を再開することに及び腰なのである。
今度は危機を逃れられるとは限らないのだ。
「進軍計画と補給計画は以下のようになります」
計画が決まると、幹部たちが依然として魔王の座にはつかず、王座の隣に立つラインハルトに報告に向かった。ラインハルトは満足そうに計画を聞くと、頷いて見せた。
「それで進めたまえ。海軍を取り戻すぞ」
「はっ!」
そして、魔王軍の海への進軍が始まった。
魔王軍の能力を試すために非常時を除いてヴェンデルの呪血魔術は使用しない。これからの戦いでいつもヴェンデルの呪血魔術が使えるわけではないのだ。彼は魔都ヘルヘイムに残り、非常事態の際には援軍や物資を送れるように控えておく。
魔王軍は分進合撃の形を取り、進軍経路にいる六ヵ国連合軍の魔王領占領軍を撃破していく。陸軍は後方から続き、海までの面を守るために塹壕を掘り、戦線を形成する。
六ヵ国連合軍の抵抗は弱いもので、近衛軍だけで簡単に排除できた。そして、包囲されていた空軍部隊や陸軍、近衛軍部隊が新たに仲間に加わっていく。
だが、問題はあった。
肝心の最終目的地である西の軍港を包囲している六ヵ国連合軍の規模が大きいのだ。そして、困ったことに六ヵ国連合軍は海軍を使って魔王軍の海軍を包囲している。
その海軍部隊をどのように撃破して、魔王軍海軍を救出するかが問題だった。
「まもなく、我々の海軍基地に到着するが、実際のところどうするのだ?」
バルドゥイーンが第1近衛擲弾兵師団“ガルム”の師団長として尋ねる。
「敵の海軍の母港を叩き、兵站を断つというのは? 敵の海軍とて、永遠に攻撃が続けられるだけの戦力があるわけではるまい」
「敵の海軍の母港はブリタニア連合王国だ。地上軍では叩けないし、空軍でも今の状況では難しいのではないか?」
「ううむ。確かにその通りだ」
マキシミリアンが唸りながら同意する。
「海軍部隊を直接叩くというのは? 砲兵などを利用して」
「こちらの砲兵は動けないが、敵艦は動きながら発砲してくる。どちらが有利かは言うまでもないでしょう。無理です」
そしてバルドゥイーンの提言をアルマが却下する。
「ですが、敵の海軍部隊を叩くというのは良いアイディアかもしれません」
「どうやって? 砲兵は使えないとなるとどうやって敵の海軍を叩くのだ?」
バルドゥイーンが心底不思議そうに尋ねる。
「今こそ非常事態ですヴェンデルに頼みましょう」
そして、ヴェンデルにお呼びがかかった。
「ヴェンデルの呪血魔術で私とベネディクタが敵艦に乗り込み、制圧します。それの繰り返しで敵艦隊を撃滅します」
「随分な賭けだぞ、それは」
「分かっています。ですが、これ以外に方法はありません」
アルマの呪血魔術で敵艦を殲滅するという手もあるが、人体を潰す程度なら遠く離れていてもできるとは言え、鋼鉄でできた艦艇を潰すなどということはやったことがない。
だから、可能な限り敵に近づく必要がある。
「分かった。その方向で行こう。我々は敵の包囲の突破を目指す。敵を逆包囲し、殲滅して御覧に入れよう」
「頼みましたよ、バルドゥイーン」
アルマがそう言う。
「それでは魔都ヘルヘイムのヴェンデルに連絡を。そして、近衛軍は敵の攻撃準備を進めてください。敵の数は4個師団ですが、狭い場所に集中しています。包囲は不可能ではありません」
「了解」
近衛軍の将軍たちが敬礼する。
「空軍は航空優勢の確保をお願いします。敵のフレスベルグは我々によって脅威です」
「了解した」
マキシミリアンが頷く。
「それでは、我々の海軍を奪還しましょう。それが必要です」
いよいよ魔王軍海軍が解放されるかどうかの戦いが始まる。
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