包囲網突破
……………………
──包囲網突破
今の魔都ヘルヘイムは包囲下にある。
とはいっても、六ヵ国連合軍の討伐軍が撤退する際に残した1個師団と地方から呼び出された3個師団がかなり遠巻きに包囲しているという穴だらけの包囲網だ。
だが、それでも魔王軍の小部隊ならば阻止できる。これによって合流を阻まれてた部隊も存在する。まずはこれを取り除き、魔都ヘルヘイムを完全に解放された状態にしておかなければならないとラインハルトは考えた。
そして、近衛軍、陸軍、空軍に命令が下される。
全ての部隊が動き、魔王軍は敗戦の日から始めて、大規模かつ組織的な攻勢に打って出た。ついに魔王軍は魔都ヘルヘイムを守るだけではなくなったのだ。
敵は間隔を置いて4個師団を配置しており、魔王軍はそれを各個撃破すればいいだけだった。だが、攻撃に出るということはこれまで防衛側として有利だった点を全て捨て去ることを意味する。
戦略上の要衝は全て敵が押さえている。
砲兵の観測班は展開する場所に困り、近衛軍と陸軍の砲兵は馬車で移動しなければならない。砲兵戦力が展開し、砲撃を実施できるようになるまでかなりの時間がかかる。
歩兵も敵の築いた強固な塹壕陣地に挑まなければならない。
敵の機関銃は適切に配置されており、それを突破するには砲兵の支援が欠かせないが、砲兵は展開に手間取る。
魔王軍陸軍は大戦末期に乱造された魔族たちがメインになって構成されている。練度不足は否めない。砲兵にしても、歩兵にしても、輜重兵にしても、あらゆることに手間取っている。
対する近衛軍は比較的スムーズな展開を完了した。特にバルドゥイーン少将の指揮する第1近衛擲弾兵師団“ガルム”はベテランを集めたおかげで、かなりの速度で展開を完了した。
だが、他の部隊が揃わないことには攻撃は始められない。戦争においては大抵の場合防衛側が優位であり、攻撃側は大規模な兵力を必要とする。奇策でも使わない限り、その原則が敗れることはない。
そして、今の魔王軍の様相では奇策など使おうものならば、連携が崩れて、逆に各個撃破されかねなかった。
バルドゥイーンは真っ先に戦場に展開しながら、部下に塹壕掘りをさせておくしかなかった。第2近衛擲弾兵師団も、第3近衛擲弾兵師団も、展開が第1近衛擲弾兵師団よりも遅い。ベテランはベテランだが、大戦末期のベテランというのは当てにならない。
しかしながら、誰よりも先に行動を起こしている部隊もあった。
第1教導猟兵旅団“フェンリル”だ。
彼らは六ヵ国連合軍の戦線の穴を抜けて後方に浸透し、攻撃開始の合図を待たずして行動していた。
既に六ヵ国連合軍は魔王軍が自分たちに攻撃を仕掛けてくることをフレスベルグの航空偵察で知っている。そのため、六ヵ国連合軍は臨戦態勢にすでにあったのだ。
そこに第1教導猟兵旅団が攻撃を仕掛ける。
砲兵の弾薬庫が爆破され、砲兵が次々に破壊工作を受けて火砲を失っていく。人狼たちの動きは素早く、瞬く間に1個師団の戦力に付随する砲兵戦力を無力化した。
そして、魔王軍の攻勢が始まる。
砲弾が雨あられと塹壕陣地に降り注ぎ、黒魔術の刻印弾が炸裂して、屍食鬼を生み出す。それでも塹壕を完全に破壊するまでには至らない。
だが、そこに歩兵が突撃することで戦局は変化する。
近衛吸血鬼と吸血鬼が霧化の高速移動で攻撃を仕掛け、塹壕に立て籠もる敵歩兵の喉に銃剣を突き立てる。
「進め! 制圧して進め!」
近衛吸血鬼の将校たちがそう叫びながら、前進しては塹壕に手榴弾を放り込み、銃剣で相手を仕留めていく。
それに続いてゴブリンとオークの陸軍部隊が塹壕を完全に制圧していく。
「ふむ。問題はなさそうだね」
ラインハルトは双眼鏡で戦場を見渡しながらそう呟く。
「閣下、我々も」
「ダメだ。いつも君たちが戦場にいるわけではないんだ。君たち抜きの近衛軍と陸軍の戦闘力を見ておきたい。本当ならば第1教導猟兵旅団“フェンリル”の投入ですら、行うかどうか迷っていたところなんだ」
アルマが出撃を望んで告げるのに、ラインハルトは首を横に振った。
「指揮官率先は確かに素晴らしい考えだ。指揮官が模範を示し、兵士たちを鼓舞する。だがね、優秀な指揮官や参謀には限りがある。特に今の限られた戦力で戦っている状態ではなおのことだ。これからは優秀な人材は後方で指揮に専念してもらわなければ」
「しかし、それでは兵士たちの士気が落ちてしまします。そして、我々が出た方が、勝利が確実となる場合もあるかと思います」
「確かにそういう機会もあるだろう。その時は君たちが前にでたまえ。だが、今は必要ない。今は部下の力だけで制圧できるはずだ。いつまでも君たちにおんぶにだっこでは、部下が育たないだろう?」
「……畏まりました、閣下」
アルマも、バルドゥイーンも前線で戦いたがっているが、彼らには部下がいる。指揮官として部下の命を最大限守るために後方の指揮に専念することも、指揮官としての役割である。いつも部下の隣に立って戦うのは前線指揮官の仕事だ。
もっとも、部下を持たないものたちは自由にやれる。
「燃えろ、燃えろ! さあ、例の多段魔術や結界破砕弾はどうしたっ!」
ベネディクタは昇進を望まず、前線で戦い続けることを選んだために、今も前線で戦っている。彼女は部下は要らなかったし、高い階級も必要なかった。
ただただ前線で戦い続けることだけ。彼女が望んだのはそれだけだった。
「中佐殿! 敵の歩兵砲です1」
「来たか! いいだろう、相手になってやる!」
ベネディクタがすぐに歩兵砲に火を放つ。
それと同時に魔王軍が持ち込んだ兵器も火を放っていた。
「ひゅー。まさか高射砲って対空火器を水平にぶっぱなつとはね」
そう88ミリ高射砲の水平射撃だ。
魔王軍は以前から歩兵を支援する六ヵ国連合軍の37ミリ歩兵砲のような武器を欲しがっていたが、兵站が複雑化するという理由で断念していた。
だが、空軍に防空軍団が発足し、空軍防空軍団から野戦防空部隊が分派すると、戦場に30ミリ対空機関砲や88ミリ高射砲が配置にされるようになる。それらの武器には航空目標への射撃だけではなく、地上目標を射撃するための砲弾も準備されていた。
そして、今、こうして敵の37ミリ歩兵砲をアウトレンジで撃破する兵器が戦場に登場したのである。
もっとも、本来は空軍の管轄下にある兵器であり、砲弾も兵站の都合上対地攻撃向けのものばかりは運べない。防空軍団の88ミリ高射砲は早くも戦線を離脱した。
だが、歩兵砲が片付けばベネディクタを止められるものなどいない。
彼女は炎と死を振りまき、破壊の限りを尽くした。
そんなベネディクタに対抗しようとする動きはあった。
結界外からの多段魔術攻撃である。
ベネディクタの結界の中では魔力を吸い取られて、従軍魔術師は本来の力を発揮できないが、結界の外から狙えばいけるはずと踏んだのだ。
確かに多段魔術を放つことには成功した。
「当たるかよ、そんなもの」
だが、近衛吸血鬼の反射速度を持つ彼女に遠距離からの攻撃は命中しなかった。
「燃えちまえ」
そして、結界の射程内に魔術師たちを収め、炎を放つ。
さて、ベネディクタのような結界を用いた魔術だが、これは結界が狭ければ狭いほど効果は高まる。結界を広くしすぎると、吸い取れる魔力も少なくなり、攻撃の威力も低下する。結界という制約をつけているからこそ、彼女の呪血魔術は強力なのであり、それを有耶無耶にするようではダメなのだ。
ヴェンデルの呪血魔術もヴェンデルは小さい範囲に収めている。入り口と出口だけ。だからこそ、あれだけの長距離移動ができるのだ。
アルマのような結界がなくとも強力な呪血魔術は本人の鍛錬の結果と言える。
生まれたばかりの近衛吸血鬼は呪血魔術をつかうことすらできない。
「さて、勝利だ」
そして、戦闘の末に六ヵ国連合軍の1師団の戦力が消滅した。
……………………




