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墓を暴く

……………………


 ──墓を暴く



「空軍の戦力が絶対的に不足しています、ラインハルト大将閣下」


 空軍総司令官のマキシミリアンの悲痛な声が会議の場で流れた。


「ドラゴンの数があまりにも足りません。確かに閣下の開発された機関砲によって航空戦は優位になりました。ですが、それは戦術レベルでの話です。戦略レベルでは未だに我々魔王軍は劣勢。少数の飛行隊では魔都ヘルヘイムや旧都クルアハンという拠点防空はできても、それ以上の制空戦闘は行えません」


「そして、空軍の航空優勢がなければ地上戦においても不利になります」


 マキシミリアンと陸軍総司令官のリヒャルトがそれぞれそう告げる。


「だがね、君たちドラゴンを作るための瘴気はあまりにも膨大な量が必要とされるんだ。そのことは分かっているだろう? 君たちドラゴン1体を作る瘴気の量で、一体どれほどの近衛吸血鬼や人狼が生み出せるのか」


「ですが、空軍はこのままでは任務を果たせません」


「確かに。それは認めよう。戦力は不足している。だが、それは全軍に言えることだ。君たち空軍だけの問題ではない。瘴気はいたるところで不足している」


 人間たちの捕虜を拷問し、憎悪と恐怖を刻み付け、瘴気の原材料としても、今の瘴気で作れるのはせいぜい1個飛行隊程度。その程度の微増では、マキシミリアンはやはり戦略的な不利は覆せないと主張するだろう。


 それに空軍に全てのリソースを割いて、地上で敗北しては意味がない。


 地上における決戦こそ、戦争の勝敗を決めるのだ。


 海でもない。空でもない。人間と魔族が暮らす地上の土地を奪ってこそ、勝利は成し遂げられるのである。


「そこで提案がある。空軍に新たに防空軍団を創設しよう」


「防空軍団でありますか?」


「そうだ。来たまえ。諸君らに見せておきたいものがある」


 ラインハルトが魔王城に隣接する造兵廠に幹部たちを案内する。


「2連装口径30ミリ対空機関砲だ。これは空軍で使用されている航空機関砲“グラムB型”を対空兵器として改装したものだ。命中精度はあまり高くはないが、敵は地上から対空機関砲で狙われているというだけで、爆撃を諦めることもあるだろう」


 ラインハルトが兵器について語っていく。


「これは88ミリ高射砲だ。使用する砲弾は全く新しいものになるが、これは時限信管を内蔵しており、敵の飛行高度に合わせて信管を調整し、空に向けて放つ。すると、上空に鉄の花が裂き、上手くいけばフレスベルグの肉片が滴り落ちていく」


 そして、ラインハルトは幹部たちを見る。


「これらはゴブリンやオークでも扱える。これらを装備する防空軍団を新たに空軍隷下に設立し、拠点防空の負担を減らす。敵騎を撃墜するのはやはり同じ空を飛ぶドラゴンたちだろうが、これらの防空兵器は敵の爆撃を阻止する効果などがある」


 確かに地上から狙われるとなれば、おちおち爆撃もできないだろう。ドラゴンもフレスベルグも爆撃を実行する際の急降下の態勢こそもっとも危ない態勢なのだ。そこを狙われそうになれば、爆撃は諦めるか、水平爆撃で目標に爆弾が命中することを期待するしかないわけである。高高度からの水平爆撃の命中精度は決して高くはない。


「納得しました、閣下。確かに防空軍団の存在は我々の負担を軽くするでしょう。ですが、これから閣下が攻撃に打って出るならば、やはり戦力が不足しています」


「ふうむ。では、あまりやりたくはなかったが、奥の手を使おうか」


 ラインハルトはそう言うとまた幹部たちを連れて移動する。


「ここは……! 空軍の軍人墓地ではありませんか!?」


 ラインハルトが立ったのは空軍軍人墓地の扉の前だった。


 ドラゴンを含めた魔族は死ぬと瘴気となって消える。だが、骨は残る。


 その骨がここには安置されているのである。


「そうだ。マキシミリアン中将。空軍軍人墓地だ。ここには君たちの先達や戦友たちが眠っている。大量に。もっとも、大戦末期には遺骨の回収もままならなかったのだが」


 ラインハルトはそう言って扉を開く。


「では、諸君。私の実験の成果をひとつ見せるとしよう」


 ラインハルトの体から例の黒き腐敗が湧き起り、空軍軍人墓地に収められているドラゴンたちの骨に染みこんでいく。


 そして、墓石が破壊され、墓の中からドラゴンたちが姿を見せた。いや、ドラゴンではない。ドラゴンの骨だけだ。太い骨で構築されたスケルトンドラゴンとでも言うべきものが、ラインハルトと幹部たちの前に並び、整列する。


「どうだね。彼らは戦力になるだろう。彼らは生前と同じように働く。だが、君が不安に思うならば、スケルトンドラゴンとドラゴンの2騎編隊を編成してもいいだろう。保障していいが、彼らも君たちと同じ武器が扱える」


「し、しかし、これは……」


「我々は死を覆したのだよ、マキシミリアン。今の魔王軍には死者の力すらも借りなければならない。そして、私は死を覆した。死者がただ死者であるということを許されぬ状況へと変えた。死は、これからは永遠ではない」


 狼狽えるマキシミリアンにラインハルトがそう宣告する。


「さあ、これで空軍の戦力不足は解消されただろう。そうだね、マキシミリアン中将」


「……はい、閣下」


「よろしい。では、空軍の問題は解決した。次は我々はどのように動くべきかだ」


 再び一同は会議室に戻る。


「我々は戦力を回復させつつある。陸軍は既に10個師団となった。ここはひとつ戦域を広げてみようと思うのだが」


「今ならば、点だけではなく、面も守れるかと思いますので問題ないかと」


「ありがとう、リヒャルト。では、進軍方向だ」


 地図がテーブルの上に広げられており、そこに魔王軍と六ヵ国連合軍を示す駒が置かれている。今のところ兵力は魔都ヘルヘイムと旧都クルアハンに集中している。


 北の魔王領を取り囲むようにフランク共和国、ドナウ三重帝国、ルーシニア帝国、クラクス王国、スヴェリア連邦、そしてブリタニア連合王国が広がっている。


「今のところは領土回復が重要だ。他国への侵攻はそれからだ。そして、我々の進むべき方向は──」


 ラインハルトが第1近衛擲弾兵師団の駒を西へと動かす。


「海だ。近衛軍は回復しつつある。陸軍と空軍も回復しつつある。であるならば、我々が次に取り戻すべきは海だ。海軍だ」


 ラインハルトがそう宣言するのに、唸り声が響いた。


「閣下。今は内陸部の兵力を回収するのに専念するべきでは?」


「彼らは歩いてでも我々の下にやってくる。陸軍情報部の報告によれば、六ヵ国連合軍が次に討伐軍を派遣する可能性は極めて低いとされてる。問題はないだろう。だが、海軍はそうはいかない。今でこそ我々は内陸に押し込められ、内陸国となっているが、我々には誇るべき海軍があった。あの大戦の中でも敗北することのなかった海軍がいた」


 ラインハルトは語る。


「彼らが生き延びられるように、我々は海に出て海軍を取り戻そうではないか。我々にはその義務がある。いずれは海に出なければいけないのだ。それならば早急に海軍を救い出す義務がある」


「分かりました、閣下。我々近衛軍は海へと進軍します」


 アルマが真っ先に賛成の声を上げた。


「陸軍も従いましょう」


「空軍も同様に」


 リヒャルトとマキシミリアンも賛同する。


「では、諸君。海への進軍だ」


……………………

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