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神々と悪魔について

……………………


 ──神々と悪魔について



「師団がひとつ、師団がふたつ、師団がみっつ。それが潰れて、君らは増える。数を増していく。まさに寄生虫だ。人類に寄生したこの世でもっとも獰猛で、悪意に満ちた寄生虫だよ。君たち魔族というものは」


 魔王城の王座の間ではラルヴァンダードがそう語りながらステップを踏んでいた。


「それで、いつになったらその椅子に座るんだい?」


 ラルヴァンダードがそう尋ねる。他でもないラインハルトに。


「私が座るにはあまりにも偉大過ぎる椅子です。私はこの椅子の傍らに立つ程度で十分。それにこの王座がどうやって作られたかご存じでしょう?」


「これまで殺してきた聖騎士たちの剣と盾と鎧を材料に鋳造し、聖職者たちの骨を瘴気で溶かし、塗り固めた。素敵な王座じゃないか。君にはとても似合うと思うけどな?」


「まさか。私には恐れ多いものですし、聖騎士の剣とは! よくもまあ、こんな椅子に座って正気が保てたものです」


 ラインハルトとラルヴァンダードがくすくすと笑う。


「それに私は未だにちっぽけな存在です。この王座の空位は私を大きく見せてくれる。これを欲するものは部下にはいませんが、これの威光に平伏す部下は大勢いるのです。それならば是非ともこの王座には空位であっていただきたい」


「君は相変わらず性格が悪いね」


「素晴らしい褒め言葉として受け取らせていただきます」


「君は嫌な奴だ」


「それも褒め言葉と」


 ラルヴァンダードはいつの間にか王座の背もたれの上に立っていた。


「この素敵な王座が君の権威を保障してくれる。君は権威にはならない。君は権力だけを握り続ける。権威と権力が分離しており、かつ権威が無力だからこそ、君の権力は絶大かつ永遠だ。そうだろう?」


「しかり。権威と権力は同居すべきではない。それらが共倒れになることは、軍の、国家の破綻を意味する。そうであるからこそ、この王座には私は永遠に座らないし、誰も座らせないのです」


 王座の権威は強力だ。そして、魔王最終指令を託されたラインハルトの権力は、この誰も座っていない王座によって保証される。


 ラルヴァンダードの言う通り、未来永劫。


「君は賢く権力と権威を運用しているわけだ。この世でもっとも愚かな行為のために。すわなち戦争のために」


「しかり。我々に残されたものはそれだけ。我々が行うべきはそれだけ。我々が存在する意義はそれだけ。戦うことしかない。戦うことで我々の存在意義は発生し、戦うことで個体としての我々は死んでいく」


「まさしく愚かだ。君たちは緩やかに自殺している」


 ラルヴァンダードの姿がまた消えると今度は王座の背後にあるバルコニーに立っていた。そこから彼女は天を見上げている。


「だが、ゲームプレイヤーとしてはなかなかだ。限られたリソースで最大限の効果を。向こうも焦っているのが手に取るように分かる。愉快じゃあないか。彼らは焦りのあまり生み出した使い捨ての存在すら、使い捨てにできずにいる」


「例の“剣の死神”ですかな?」


「または“聖剣の乙女”ともいう。彼らは地上を救うために遣いを寄越した。それは役割を終えるとともに破棄されるはずだった。だが、だがね。彼らはそれにさらに力を注ぎ込んで、もっと別のことに使おうとしている」


「ほう。面白そうなお話ですね」


「もちろん、教えてあげないよ」


 ラルヴァンダードがベーッと舌を出す。


「あなたは酷い人だ」


「褒め言葉として受け取っておこう」


 ラルヴァンダードがそう言ってにやりと笑った。


「しかし、神々も悪魔もやることは変わりませんな」


「そうかい? 彼らとボクらの間には決定的な違いがあると思うけれど」


「そう言いますと?」


 ラインハルトが純粋な興味から尋ねた。


「例えば、ここに200グラムの牛肉があったとする。それを外で塩コショウで味付けしただけでワイルドにいただくのが神々。対するボクらは赤ワインとハーブと焼いたときの油を使って香ばしいソースを作り、それを丁度いい具合に焼き上げたステーキにかけていただく。どっちも美味しそうだけれど、食べ方は異なる」


「あなた方の方は丁寧にやっていると?」


「そうとも。ボクたちにはルールがある。マナーがある。むやみやたらに地上に干渉しない。するときは丁寧にルールとマナーを守って行う。その結果がハチャメチャでもボクたちの知ったことではないというだけでね」


 ラルヴァンダードはバルコニーで手すりに腰を掛け、足を揺らしながらそういう。


「対する神々はしょっちゅう、地上に干渉しているよ。それもルールもマナーもなし。自分たちが信仰心を失って、堕落することを恐れているらしい。ボクたちみたいに堕落しても、恐怖によって存在を続けるという方法もあるのにね」


 神々は信仰心で存在を続け、悪魔は憎悪と恐怖によって存在を続ける。


 もっとも悪魔は恐怖が薄まったとしても、存在が堕落することはない。もう既に堕落しているからである。神々が信仰心を失い、堕落した姿こそが悪魔なのだ。このラルヴァンダードも元は少数民族に崇められる神であったのだ。


 生まれながらにしての悪魔というのはごく僅かにしかいない。


「神々は信仰心のために、ボクらは恐怖心のために地上に干渉する。信仰心は些かルール違反をしても得られる。だが、恐怖心は、本当の恐怖心は丁寧に、丁寧に、それこそ極上のステーキに似合う、極上のソースを作るように丁寧にやらなきゃいけない」


「そのための儀式。そのための生贄。というわけですな?」


「その通り。儀式は重要だ。生贄は重要だ。それがたとえ本来は必要ない行為だったとしても、それは悪魔としての恐怖心を高める。それに必要ないとはいえ、対価もなしにお願いを叶えるというのは美味しくないし、面白くもない」


 ラルヴァンダードはラインハルトの捧げた大量の生贄の魂を吸ってこの世に顕現した。それはただの死を与えるという形の上での儀式であるが、悪魔たちはより多くの恐怖心を得るために血なまぐさい儀式を求めている。


 その方がより明確に形を持てるが故に。


「恐怖心は美味だ。人間の恐怖心は実に美味だ。悪魔は魂を食らうと言われる。だが、実際に食らうのは魂を食われると恐れる人間の恐怖心だ。ボクたちは恐怖心によって力を持ち、恐怖心によって形を持ち、恐怖心によって支配する」


 またラルヴァンダードの姿が消え、今度はラインハルトの眼前に現れる。


「君も悪魔になった以上、恐怖心を得なければいけないよ。だが、同時に君は肉を持った存在からの悪魔への堕落でもある。君はボクたちにように地上に姿を現し、維持するのに力を使わなくてもいい。それはいいことだ。実にいいことだ。君は地上に留まり続け、恐怖を貪り続けられる。そして、君に力を与えたボクもまた」


「あなたも地上を自由に歩き回れるというわけですな」


「そうだよ。だけど、だけどね。神々は悪魔を嫌っている。自己嫌悪にも等しい嫌悪だ。そうであるから地上を歩き回る悪魔は殺されやすい。天使によって剣を突き立てられ、始末されてしまいやすい」


 ラルヴァンダードは踊るようにくるりと回る。


「まあ、用心しなよ。君は既に神々に目をつけられている」


 ラルヴァンダードはそう警告して姿を完全に消した。


「天使とは。また面白いものと戦争ができそうではないか……」


 そして、ラインハルトは笑う。くつくつと。


……………………

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[一言] 生け贄とかいらないんだ…
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