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異常数値

……………………


 ──異常数値



「大丈夫です。これは大したことではありません」


 ガブリエルが物が飛び交う室内に入っていく。


「危険です、大佐!」


「安心してください。私なら大丈夫ですから」


 そして、ガブリエルは室内を進むが全てのものが彼女を避けていく。


「なんと……。君、計器は動いているかね?」


「は、はい。動いています」


「今の現実歪曲値はどれほどだ?」


 現実歪曲値? ああ。魔力のことを科学者たちは最近そう呼び始めたのだったなとアルセーヌは思い出した。


「計器が降り切れています……」


「そんな馬鹿な。あり得ない」


 そして、ガブリエルが人工聖剣“デュランダルMK3”を手にする。


「我らが神々よ。どうかお鎮まりください。危機は理解しております。必ず罪人たちを救済することを改めてあなた方に誓います」


 そう言ってガブリエルは人工聖剣“デュランダルMK3”の刃で自分の手の平を切った。血が流れ、刃を伝っていく。それと同時に宙を舞っていたものが全て元の位置へと収まっていき、全ては何もなかったかのように収まった。


「い、一体……」


「げ、現実歪曲値が計測可能になりました。いつものように通常より倍以上は高いものの計測可能です」


 ラマルク博士と助手は完全に困惑しきっていた。


「ガ、ガブリエル大佐……? 何をどうして、先ほどの状況を収めたのか聞かせてくれるかね……?」


 ラマルク博士が恐る恐る尋ねる。


「神々の声を聞いたのです。神々は尋ねておられました。だから、私は答えを提示しました。そして、神々は答えてくださりました。『それでよい』と」


「答えとは……?」


「魔族を救済することです。血の意志を以てして示しました。私は魔族を救済する意志があるのだということを。罪人たちに穏やかな死を与え、その魂を奈落から救い上げるのです。それこそが私の義務」


 ガブリエルの手の平の傷はいつの間にか消えていた。


 彼女は人工聖剣“デュランダルMK3”を鞘に納めて、抱きしめる。


「安心してください。私はあなたを放置してどこかに行くようなことはしません」


 まるで赤子に言い聞かせるようにしてガブリエルは人工聖剣に語り掛けた。


「神の意志……? 答え……? 救済……? 非科学的だ。あり得ない。あり得てはならない。この共和国の理性を守るための科学という城がそのようなことで破壊されるようなことがあってはならないのだ」


 ラマルク博士はまるで自分に言い聞かせるように喋り続ける。


「おお。彼女こそ天が遣わしてくださった守護天使なのですね……」


 助手の方は完全にガブリエルに飲まれていた。今や彼女に祈りをささげるかのような姿勢で跪いている。


 一方のアルセーヌは困惑するだけだった。


 神々や救済の話は彼女がいた孤児院での作り話だとばかり思っていた。そんなものは信じていなかった。だが、ここで何が起きた? 産業用の魔力想定装置の目盛りが降り切れるような値を叩き出し、ガブリエルが血を流すことで収まった“あれ”はなんだ?


 分からない。人は未知のものに恐怖すうというが、アルセーヌは恐怖はしていなかった。ただ、分からないことに困惑をし続けていただけだ。


「難しいことを考えていますね」


 いつものような屈託のない笑みでガブリエルがアルセーヌの顔を覗き込む。


「あなたは……一体……?」


「私は私です。ガブリエル・ジラルディエール。共和国親衛隊大佐。それだけです」


 そういってガブリエルはにこりと微笑んだ。


 いや、違う。それは本当の姿ではないはずだ。アルセーヌはそう言いそうになった。


 アルセーヌは祈りが神に届き、世界を救ってくれるなどとは欠片も信じていない。何ならば神の存在すら疑っている。神がいるならばどうしてここまで残酷な世界が存在するのだろうかと。


 だが、ガブリエルは、この少女は、神がいるとしか思えない行動をとる。


 いっそ全部悪質なペテンだった方がマシだ。ラマルク博士も我々も全員が騙されたペテンであればどれだけよかったか。


 だが、これはペテンなどではない。


 間違いなく事実だ。


「神々はおられます」


 アルセーヌの心を読んだようにガブリエルが語る。


「天から見守っておられるのです。私の成したことは全て神々の求められたこと。私はただそれに応えようとしていただけです。今も、なお。ですが、共和国への忠誠は確かなものですから、安心してください」


 からかうような笑みを最後に浮かべたガブリエルだったが、アルセーヌにはその言葉をどこまで信用していいのか分からなかった。


 神の啓示という名の幻覚で、ド・ゴールの選挙活動まで支援しているとなれば、いつそれが裏返ってもおかしくはないのだ。


「では、検査の続きをしませんか?」


「あ、ああ。検査を行おう。君、いつまでもそうしていないで人工聖剣を」


 ガブリエルがちょっと困惑して言うのに、ラマルク博士たちが我に返った。


 人工聖剣“デュランダルMK3”は再び検査台の上に乗せられ、測定機器が設置される。だが、それを扱う助手は乙女に触れるような手先で人工聖剣を扱っていた。


「信じられるかね、君」


「何がでしょうか?」


「あの現実歪曲値──魔力の数値だ。あれは産業用の測定器だと以前話しただろう」


「ええ。聞いています。ガブリエル大佐に合わせて、と」


 前に検査を行った時にあまりにも物々しい測定器があったのでアルセーヌが尋ねていたのだ。そして、ラマルク博士から説明を受けた。


「あれは240ミリ重砲の砲弾を刻印弾にするときに使用するものだ。それも1発ではなく、同時に1万発の砲弾を刻印弾にするときに異常がないか調べるためのものだ。私の言いたいことが分かるかね?」


「……さっき、この部屋で生じていた魔力は240ミリ重砲の刻印弾1万発分の魔力だった。いや、それ以上のものであったということですか?」


「ほぼその通りだ。だが、通常このような測定器には余裕を持たせておくものだ。つまり、1万発、2万発、3万発もの重砲の刻印弾を製造するための堅実歪曲値が計測できる。そして、先ほどはその化け物のような計測器が振り切れたのだ……」


「しかし、その測定器はガブリエル大佐の測定にも」


「その通りだ。彼女の測定にも使っている。君と私の思っていることは同じだろう。『どうして今の時代に彼女のような人間が、人工聖剣を託されて生まれたのか?』と」


 ああ。そうだとも。どうしてこの混乱した時代にまさしく相応しい人間が、“たまたま”生まれたのだ。人工聖剣への適応力もあり、自身の魔力そのものも異常なほど高い、まるでこれでは──。


「彼女は神の遣いか?」


 ラマルク博士がそう呟くのをアルセーヌは聞いた。


「博士。科学こそ共和国が信じる理性の牙城だと私は信じております」


「まさしく。神々の話は話半分にしておこう。今の時代だからこそ彼女のような人間が目立っただけで、かつてからこのような人間は存在していたのかもしれない。かのオレルアンの乙女のように」


 ラマルク博士はそう言って検査が行われている部屋に向かった。


 畜生なんてこった。神々? 冗談だろう?


 アルセーヌはそう思いながらも感情を殺して検査室に扉の前に立った。


……………………

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