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人狼の軍隊

……………………


 ──人狼の軍隊



 ラインハルトはひとしきり笑うと、笑みを浮かべたままクラウディアに視線を向ける。クラウディアもラインハルトに視線を向けている。


「それで、どう思うかね? 人狼の集中運用というのは?」


「下手な兵隊に足を引っ張られないだけ活動の幅は広がるだろう。だが、実際にはもっと小規模の単位での運用になるだろうな。人狼の価値は相手の懐に潜り込めることにある。流石に旅団規模でそれは行えない。だが、連携はやりやすくなる。私が言えるのはそれだけだ。後は実際に運用して見なければ」


 クラウディアはそう言って肩をすくめた。


「確かに君たちの価値は少人数で大規模な戦果を挙げることにある。だが、少人数の部隊を各師団に配置してももったいない。それらは集中的に運用し、連携を高め、生存性を高めるべきだ。君たちは自分たちの道を自分たちの手で偵察し、敵を自分たちの手で引き裂き、敵から武器と軍服を奪って深く潜る。そして、それらは緩やかに進行する肺病のようにして敵を蝕む」


「上手くいけば、だな。我々も常に成功を期待されても困る。時には失敗することもあるだろう。我々の作戦はギャンブルに近いということを忘れないでもらいたい」


「戦争はその行為そのものがギャンブルのようなものだよ、クラウディア」


「では、あなたはとんだギャンブラーだな」


「まさしく」


 ギャンブルを楽しむような男ではあるまいとクラウディアは思う。


 この男は戦争の何を好んでいる? ああ、そうだ。我々はこの男の戦争のために作られた。だが、その目的はなんだ? 勝利か? この男は敗北の屈辱ですら楽しんでいたというではないか。


 戦争に何を求める、狂える賢者よ?


「もちろん、私はただの賭けとして戦争を遂行するつもりはない」


 クラウディアの沈黙を異論としてラインハルトは判断していた。


「勝利のための道筋は一か八か、ばかりに頼るわけにはいかない。堅実な戦争の遂行が必要になる。堅実な戦争の遂行だ。実に馬鹿馬鹿しい話ではないか。戦争をしている時点でもう堅実ではなくなっているというのに」


 くつくつとラインハルトが笑う。


「だが、戦争も人の営みであり、魔族の営みだ。必勝法こそないもののの、より勝利に近づく方法はある。数で押せば勝利できることは六ヵ国連合軍が証明した。寡兵でも勝てることは私たちが証明した。ならば、どうするべきか」


 戦争は数だけで勝敗が決まるものでもないとラインハルトは呟くように言う。


「我々は数を求め、そして質も求める。そのために必要なのは優秀な兵士だ。クラウディア。君は経験の豊富な将校だ。これからの戦いに期待する。その教導の名の通り、他の魔族たちを教え、導きたえよ」


「了解した。可能な限り、将兵を鍛えよう」


「ああ。まだ時間的な猶予はある。猶予はあるのだ」


 クラウディアは敬礼をラインハルトに送って王座の間を退室した。


「クラウディア大佐殿。昇格おめでとうございます」


「お前もな、ヴァルター。ごねてみるものだな。優秀な士官を次席指揮官に寄越せと」


「光栄です、大佐」


 ヴァルターも中佐に昇格していた。


「旅団の状態はどうだ? 装備は?」


「全て要請したものは届きました。驚きましたね。まさかクルアハン城で六ヵ国連合軍の弾薬や銃と言った装備まで作っているとは」


「あれはそういう男だ」


 ヴァルターの感心したような言葉にクラウディアは肩をすくめた。


 クルアハン城では六ヵ国連合軍の装備まで製造されていた。小銃、機関銃、拳銃、そしてサーベルから弾薬に至るまであらゆる敵の武器が製造されていたのである。


 今は製造ラインは閉じているが、相当な数の六ヵ国連合軍の装備が蓄えられていた。


 これも魔王軍が敗北するということを予知し、かつ再び人狼たちによる部隊が組織されると考えたラインハルトの思惑通りというわけだ。


 あの男はどこまで予想していたのだろうかとクラウディアは考える。


 魔王軍が敗北することは予知できたのだろう。だから、立ち上がりも早かった。ゲリラ戦は敗戦直後から始まり、近衛軍は着々と戦力を蓄えていた。


 だが、人狼たちがこれほど生き残ることをあの男は予想しえたのだろうかとクラウディアは思う。いや、予想しえたからこそ、こうして装備が与えられているのだろうが、あの男はどこまで予想できているのだ?


 そう思うとクラウディアはラインハルトが不気味に思えた。


「旅団はどのように運用を?」


「ああ。参謀たちとも話すが、基本的には小規模な部隊に分割しての運用となる。分割はするものの、部隊間の連携は行う。せっかく、我らが摂政閣下がひとつの部隊に纏めてくれたのだ。これまでのように1個大隊の歩兵戦力として運用するだけでは勿体ない」


 魔王城を歩きながらクラウディアが語る。


「これまで通り、敵後方への偽装による浸透は行うが、部隊間で連携して活動する。例えば、敵の砲兵に打撃を与える際に、敵の砲兵そのものと弾薬庫を同時に戦うなどだ。先の戦いでも連隊規模でそれができた。旅団規模になればもっと大規模にやれるだろう」


「敵の航空基地への破壊工作なども行えますね」


「そうだ。敵の砲兵や航空基地を叩き、友軍の戦闘をスムーズに行わせる。それが必要だ。敵の師団数がいくら我々より多かろうと、砲兵や空軍の支援をなくせば、魔族の得意とする白兵戦に持ち込みやすくなるし、こちらの砲兵で一方的に叩くこともできる」


 ヴァルターが納得し、クラウディアはそう述べた。


「砲兵は戦場の王だ。砲兵による一方的な射撃が実現するならば、我々も戦いやすくなる。我々は敵地後方に忍び込み、敵地後方で1個旅団の戦力として機能する。敵は突如として、1個旅団の戦力が後方に現れるのだから、面を食らうだろう」


「しかし、そうなると敵も対応を取るでしょう」


「当然だ。敵も馬鹿じゃない。軍服と装備で偽装されていると気づけば、何かしらの策を取るだろう。人間同士にしか通じない暗号や合言葉。それで敵味方を識別し始めるはずだ。だが、連中は六ヵ国連合軍だ。6つの国の集まりだ。それがネックになる」


「大佐殿は6つの国の全てで共通する暗号はないとお考えなのですね?」


「その通りだ。もちろん、情報収集は怠るな。陸軍にようやく情報部が発足した。前々から必要性を訴えていたが、よりによってこの状況で成立するとはな」


 陸軍情報部は正式に発足した。


 敵地に忍び込み情報を収集する情報部1課、無線情報を傍受する情報部2課、地図などの地形情報の収集を行う情報部3課の3つの組織からなるものだ。


 情報部第1課には人狼たちも多く在籍している。彼らの後方への浸透能力は極めて高いと判断されたためである。今頃は撤退する六ヵ国連合軍とともにそれぞれの国に種まきが行われただろう。


 近衛吸血鬼と吸血鬼はその目立つ外観のせいで、諜報向きで得はない。辛うじて変装した吸血鬼が諜報活動に従事しているだけである。


「情報部はこれから人間たちについての情報を多く収集し、報告するだろう。我々はそれを読み解き、敵の対策に応じなければならない。流行りの歌や歌手などが暗号に使われたこともあるからな」


「確かに。そのような例もありましたね」


「だろう。だから、どの情報にも細心の注意を徹底しろ」


「了解しました、大佐殿」


 ヴァルターは敬礼を送って立ち去った。


「あの男が何を考えているにせよ、我々にできるのは戦うことだけ、か」


 そして、クラウディアがそう呟く。


……………………

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[一言] 流行りの歌手 そんなことまで調べないといけないのかあ たいへんだなあ
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