魔王軍の再建
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──魔王軍の再建
魔都ヘルヘイムの勝利は魔王領全体に響き渡った。
討伐にやってきた六ヵ国連合軍は壊走した。
今こそ、魔王軍を再建すべき時!
次々に魔族たちが魔都ヘルヘイムを目指す。
魔族は強いものに本能的に惹かれる。魔王ゲオルギウスが生まれたときも、魔王ジークフリートがそれを引き継いだ後も、魔族たちは強い存在に引き寄せられていった。すなわち魔王であるゲオルギウスとジークフリートに。
今回も同じことだ。
魔王軍を粉砕した六ヵ国連合軍と正面から戦って勝利した。それは強者の証である。魔族たちは本能的なことからも魔都ヘルヘイムを目指していた。「
それとは別の理由もある。
六ヵ国連合軍の報復を恐れてのことだ。
魔王軍は六ヵ国連合軍の将兵を大量に殺した。そのことに人間たちが黙っているとは魔族たちには思えなかった。報復のために残党狩りが激しくなり、自分たちが狩られることを恐れた魔族たちはより大きな集団となることで身を守ろうとしたのだ。
魔族たちは続々と魔都ヘルヘイムにやってくる。
「──第38歩兵師団の残余戦力。第118歩兵師団の残余戦力。第91砲兵師団の残余戦力。以上がさらに合流した魔王軍戦力です、閣下」
「素晴らしい」
ラインハルトはアルマの報告を聞いて頷いた。
「今や魔王軍は近衛軍に3個師団と陸軍に6個師団と1個旅団、空軍に9個飛行隊が揃ったわけだ」
「はい。さらに以前の六ヵ国連合軍の攻撃で生じた死体から瘴気が生まれます」
「魔王軍の再建は近いね。素晴らしいことだ」
ラインハルトは嬉しそうに拍手を送る。
「ですが、優先順位の問題もあります」
「近衛軍か、陸軍か、空軍か、だね」
「はい。陸軍が増強されてきたので近衛軍にもという声が聞こえています」
「近衛軍はおいそれとは増やせないのだが」
近衛軍が3個師団を有するのに陸軍は2倍の6個師団が増えた。当然ながら、兵員の多い方が何かと優遇されやすいのは当り前だ。それだけの発言力が手に入る。
バルドゥイーンを始めとする近衛軍の幹部たちは近衛軍にも兵力をと望んでいた。
「それに下手に近衛軍を増やしたところで、近衛軍の質は維持できるのかね? 近衛軍は私の記憶ではエリート部隊だったはずだが。下手にゴブリンやオークで水増しするのは、近衛軍とは呼べないだろう」
「その通りです、閣下。バルドゥイーンたちには言い聞かせておきます。ですが、空軍もマキシミリアン少将が航空優勢の確保には兵員が足りないと。今回合流した飛行隊は大戦末期に乱造された新兵ばかりだそうで」
「では、なおのこと負担を増やすわけにはいかないな。彼らにはしっかりと後進を育てるように言っておかなければならない。空軍にもリソースを割いてもいいが、それは後進がちゃんと育ったのが確認出来てからだ」
「畏まりました、閣下」
アルマが頭を下げる。
「それから、だが。君とマキシミリアン、リヒャルトを中将に昇格させる。異例のスピード昇格だが、今の近衛軍の規模を考えるといつまでも総司令官を少将としておくわけにはいかない。空軍と陸軍も同様だ」
「光栄です」
「人事については後々正式に公表するが、バルドゥイーンも少将に昇格させるつもりだ。そこで相談だが、ベネディクタとヴェンデルをどう扱うべきだと思うかね?」
「ベネディクタとヴェンデル、ですか?」
「彼らは事実上単独の戦力として動いている。代わりはいない。呪血魔術の使える貴重なふたりだ。彼らを昇格させて、部下を与えるべきか。それとも今の地位のままでよしとするか。昇格するならば、それ相応の待遇を与えなければならない。私にできるのは彼らに部下と戦争を与えることぐらいだ」
魔王軍で年金など期待しているものはいないからねとラインハルトは自嘲する。
「難しい問題ですが、ベネディクタとヴェンデルは昇格を望まないでしょう」
「何故かね?」
「ベネディクタは部下など放って自分が戦いに向かうタイプです。まあ、私もあまり人のことは言えませんが。ヴェンデルについては彼が些か怠惰だからです。ヴェンデルの活躍そのものは認めますが、彼はあまりこの戦いに積極的ではありません」
「なるほど」
ラインハルトが愉快そうに笑みを浮かべる。
「では、ベネディクタとヴェンデルはそのままにしておこう。将来、彼らが昇格を望めば当然応じるが、今の彼らが昇格を望んでいないのに押し付けても仕方ない」
「はい、閣下」
この後、正式に人事発表がなされた。
アルマは近衛軍総司令官として中将に昇格。
バルドゥイーンは近衛軍第1近衛擲弾兵師団“ガルム”の指揮官として少将に昇格。
リヒャルトは陸軍総司令官として中将に昇格。
クラウディアは陸軍第1教導猟兵旅団“フェンリル”の司令官として大佐に昇格。
マキシミリアンは空軍総司令官として中将に昇格。
新たにふたつの部隊が発足したが、それは依然存在していた部隊を拡張したものだ。
第1近衛擲弾兵師団“ガルム”は新たに2個歩兵旅団と1個砲兵連隊を加えて師団へと昇格したガルム戦闘団である。
そして、第1教導猟兵旅団“フェンリル”は新たに全てが人狼からなる2個歩兵大隊と旅団司令部中隊が加わった第1期教導猟兵連隊だ。
第1近衛擲弾兵師団“ガルム”はともかく、第1教導猟兵旅団“フェンリル”は新しい試みになる。かつて、これまで大規模に人狼を集中運用した例はないのだ。
「どう思うかね、クラウディア」
「私がどう思うと決まったことなのだろう?」
「だが、上官として意見は聞いておきたい」
「私の直接の上官はリヒャルトだ」
クラウディアはあくまで王座は空位にし、摂政として王座の脇に立つ男を見つめた。
その空位に何の意味がある? 魔王軍は既にお前のものだ。あの忠実な近衛吸血鬼の女を誑し込んで手に入れたのだろう? 王位を授かればいい。魔王を名乗ればいい。これまで1度しか存在しなかった摂政という立場に何の意味がある?
「クラウディア。そう邪険にしないでもらいたいな。私は君たちの創造主だ。父だ。君たちが唯一肉親と言えるのはこの私以外にいないのだよ」
「あなたが生んだわけではあるまい。瘴気に情報を注ぎ込み、魔力で形成した。それだけだ。ただ、戦闘のためにしか役立たない肉体をそうやって生み出した。人間たちは戦争には、闘争には、殺し合いには不完全だ。人狼は完全だ。ある意味では近衛吸血鬼よりも。そういう風にあなたが設計した」
「そうだ。私がそのように設計した。近衛吸血鬼も同様に」
「ヴェンデルという近衛吸血鬼はそれを知ったぞ」
「ああ。彼の不信はそのためか」
ラインハルトは愉快そうに笑った。
「私は真理を追求するという行為は何事にも勝る優れた行いだと信じていた。かつて、私は闘争や戦争よりも真理を追求することに邁進していた。かつての私は賢く、そして愚かであった。真理は甘く、残酷で、猛毒だった」
ラインハルトが笑いながら語る。
「私が真理に到達したことで得た結論は、知るべきではないことを知ってもそれは有害でしかないということだ。人はその愚かさに気づかず、無意味な探求を続ける。全く以て愚かだ。だが、諸君らはそうではない。諸君らは真理など望まない。私が──」
「そう設計したから。だが、私は真理をひとつ知ったぞ」
「では、君は賢く、愚かだ」
ラインハルトは今まで見たことがないような顔で笑っていた。
彼は真理に行きついた末に何を見たのか。
そう問いたくなる顔だった。
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