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空っぽの魔王城

本日2回目の更新です。

……………………


 ──空っぽの魔王城



「クリア!」


「クリア!」


 魔都ヘルヘイムに突入した第1突撃軍集団の先鋒を務める第1共和国親衛師団“シャルルマーニュ”の兵士たちは、魔王城の中を捜索していた。流石はフランク共和国のエリート部隊なだけあって、略奪の類には手を染めない。迂闊に略奪した品が、呪いのトラップが仕掛けられている可能性もあるのだ。


「ガブリエル・ジラルディエール大佐殿! 魔王城内に魔族は存在しません!」


「ひとりも、ですか?」


「はっ! 一匹たりとも存在しません!」


 人工聖剣“デュランダルMK3”を鞘に収め、魔王城内部の制圧部隊の指揮を取っていたガブリエルが眉を歪める。


「おかしいですね。魔王城は魔族にとって精神的支柱。それをあっさりと明け渡すとは。それもあれだけの抵抗を前線で示しておきながら、ですよ? あれは私はてっきり魔王城陥落を遅らせるものだとばかり思っていましたが」


「それは……確かにそうですね。魔族たちの動きが奇妙です」


「それからもうひとつです」


 ガブリエルが周囲に鋭い視線を巡らせる。その鋭さに将校の息が一瞬詰まる。


「ラインハルト。四天王のラインハルトを私たちは仕留めていません。あれを仕留めそこなっていることは我々は魔王軍を倒したとは言えません」


「ラインハルト? 四天王最弱という? しかし、そのようなもの……」


「四天王最弱? 彼が? あの男が?」


 ガブリエルが将校に詰めより、将校がたじろぐ。


「“クラウン川撤退戦”をあなたは見ていないのですね」


「魔王軍の唯一成功した撤退作戦という……」


「そうです。魔王軍は攻撃的ドクトリンには長けていましたが、撤退や防御となると戦略・戦術の研究の欠如が見られました。だからこそ、我々が反撃に転じたとき、戦線は一挙に動いたのです」


 ガブリエルは大佐という階級に相応しい分析をする。


「ですが、あの男だけは例外でした。あの男は手段を選ばず、そして的確に撤退させたのです。本来ならば重装備を放棄してでも撤退となるところを、事前に調べていたかのように川の流れが弱い場所を通って重装備を撤退させた。そしてさらには陽動の攻勢までかけて注意を逸らし、その隙に魔王軍20万を撤退させたのです」


「確かに優れた指揮官のようですが、それを仕留め切れなかったからと言っても魔王軍が勢いを取り戻すことはないでしょう? 魔王軍は各地で分断され、包囲され、どの部隊も補給が切れて逃げ惑っています。我々の勝利は確実かと」


 将校は楽観的な意見を述べるも、ガブリエルに睨まれる。


「慢心ですね。我々が楽に勝ちすぎたということもあるのでしょうが、ここ最近では“魔族は弱い”なる慢心が見られます。魔族は恐るべき敵であり、神が我々に与えられた試練です。我々は真剣にこの試練に立ち向かわなければならないのです」


 寛容なガブリエルにしては僅かな怒りを見せ、将校を見据える。


「ラインハルトの存在。戦場で近衛吸血鬼を見たことは?」


「ありません。近衛吸血鬼は存在するのですか? 私にはフォークロアの類だとしか思えないのですが」


「実在します。そして、決して侮れぬ力を持っています。個体によっては1体で1個連隊規模の戦力を発揮するものすら存在します。私が交戦した近衛吸血鬼は私であっても辛うじて退けるので精一杯でした」


「本当ですか?」


「事実です。だからこそ、侮ってはならないのです」


 ひとりの戦力でひとつの師団、軍団規模と言われるガブリエルを苦戦させた。それだけで近衛吸血鬼の恐ろしさがよく分かる。


「そして、その近衛吸血鬼の生みの親こそが他ならぬラインハルトなのです。もし、彼が近衛吸血鬼の軍団を組織することができれば、彼の指揮能力も相まって、この六ヵ国連合軍の勝利は脆くも崩れ去るでしょう」


 ガブリエルに襲い掛かったのは正確に言えばアルマ、バルドゥイーン、ベネディクタの3名だった。だが、連戦となっただけで、ガブリエルを苦戦させたことには違いない


「ラインハルトは恐るべき男です。四天王最弱など偽装でしょう。それか他の四天王が戦功を誇る中、ひとりだけ沈黙していたのか。彼は戦局を読める魔族でした。“クラウン川撤退戦”ばかりが取り上げられますが、私の知る限り、彼は軍を生かし、長期戦に向けて兵を運用する達人でした」


 ガブリエルはつかつかと魔王城内部を歩きながら将校に語る。


「今、まさに今、ラインハルトが魔王軍の再起を図っていたら? 近衛吸血鬼を生み出し、軍団を組織し、我々への報復を目論んでいたら?」


「しかし、魔都ヘルヘイムが陥落し、魔王城も陥落したとあれば、魔族たちの士気は一気に低下するはずです。それも恐らくは魔王も死んでいます。あの負傷で生き残れたとは思えません。それならば!」


「いいえ。いいえです。ラインハルトの恐ろしいところはどのような絶望的な状況でも、将兵にそれを感じさせないところなのです。“クラウン川撤退戦”では六ヵ国連合軍60万にたった数万人で陽動を仕掛け、そして20万の将兵を脱出させたのです」


 ガブリエルが語る。


「普通ならば、将兵の士気はどん底まで落ち、作戦効率は低下したでしょう。撤退戦は成功しなかった可能性が高いのです。これは私だけの意見ではなく、共和国陸軍参謀本部の意見でもあります。それでも彼は撤退を成し遂げた」


「しかし……」


「やれるのです、彼ならば。絶望的な状況から巻き返し、将兵たちに再び奮起させることができるのです。私は他の四天王も強力であったと認識しています。ですが、戦略レベルで強力なのはラインハルトただひとり。我々は下手なドラゴンよりも恐ろしい存在をみすみす逃してしまったのですよ」


 そう言って、ガブリエルはため息を吐く。


「戦争は続くでしょう。暫しの休息を挟み、また戦火が広がるでしょう。ですが、我々はそれを乗り越えなければなりません。これは神々の課された試練。我々はこの神聖なる試練を乗り越え、魔族を救済しましょう」


 そこでにぱーっとした笑みをガブリエルが浮かべる。


 その笑みに将校は安堵するとともに、不気味なものを感じた。


 これから戦火がまた広がると分かっていながらにして、ガブリエルは笑っているのだ。それは戦争を楽しんでいるということではないのか?


 いや、違う。


 ガブリエルの主義主張は一貫している。


 魔族との戦争は神々の与えられし、試練。魔族はそのために生み出され、戦ってきた。その魔族を殺して、その魂を救済することこそが、ガブリエルの一貫した考えであった。そう彼女は魔族には死こそが救済であると考えているのだ。


 ある意味ではぞっとする話だ。憎いわけでもない。嫌っているわけでもない。命令だからと従っているわけではない。


 救済のために、殺すのだ。


 魔族は殺されることで救済される。ガブリエルは本気でそう考えている。


 狂信者のようだが、この考えを除けば優れた軍人であり、年相応の少女としての側面も見せる。それが逆に歪であったとしても。


「魔王軍の追跡を具申しておきます。私の独断だけでは決められませんから」


 空っぽの魔王城を眺めて、ガブリエルは笑みを維持したままそう述べる。


 救済を祈る彼女は無垢で──。


 ──冷酷であった。


……………………

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