魔都ヘルヘイムの戦い、再び
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──魔都ヘルヘイムの戦い、再び
先手を打ったのは六ヵ国連合軍の砲兵だった。六ヵ国連合軍の砲兵は口径85ミリの軽野砲、口径155ミリの榴弾砲、口径240ミリの重砲で魔都ヘルヘイムを砲撃した。
砲弾は赤魔術の刻印弾。魔都ヘルヘイムに落ちれば破壊が撒き散らされる。
それに反撃するようにして魔王軍の砲兵の火砲が火を噴く。
75ミリ軽野砲、155ミリ榴弾砲、21センチ重砲。
それらが射程内に入った六ヵ国連合軍の砲兵を砲撃する。
だが、既に六ヵ国連合軍の砲弾は放たれている。
「砕けろ」
離れた砲弾が空中で盛大に爆発する。アルマの呪血魔術だ。
呪血魔術によって砲弾のほとんどは空中で炸裂し、魔都ヘルヘイム市街地に影響を及ぼせなかった。そして、六ヵ国連合軍の砲兵陣地にカウンターの砲弾が降り注ぐ。
対砲兵射撃に警戒して、陣地を強化していたが直撃には耐えられない。
敵の砲兵の存在を考えて行動するべきだったかもしれないが、魔王軍からは六ヵ国連合軍が見えても、六ヵ国連合軍からは魔王軍の砲兵陣地は見えないのだ。これでは魔王軍に対して対砲兵射撃を行うのは難しい。
そして、陣地転換も難しかった。軽野砲は比較的簡単に移動させられるが、155ミリ榴弾砲や240ミリ重砲などは馬匹で移動させるのは苦労する。
それでも六ヵ国連合軍は可能な限り、砲兵を陣地転換させ、敵の対砲兵射撃に備える。魔王軍の対砲兵射撃は完全には命中しない。
魔王軍と六ヵ国連合軍の砲撃戦は続き、次第にアルマでも受け止め切れずに砲弾が市街地に落下することが出始める。砲弾は炸裂し、赤魔術の刻印弾は大規模な破壊をもたらす。特に240ミリの砲の威力は恐ろしいまでだ。
だが、無限に続くかと思われた六ヵ国連合軍の砲撃は唐突に終わった。
理由はふたつ。
ひとつは第1教導猟兵連隊が敵の砲兵陣地を奇襲したこと。彼らは六ヵ国連合軍の軍服を纏って砲兵陣地に近づき、砲兵陣地に梱包爆薬を放り込んだ。
備蓄されている砲弾も狙ったこの攻撃で六ヵ国連合軍の砲兵は大打撃を受けた。
高威力の240ミリ重砲が潰され、155ミリ榴弾砲が潰され、85ミリ軽野砲が潰される。
だが、彼らは完全に六ヵ国連合軍の砲兵を殲滅したわけではない。あくまで打撃を与えただけだ。全ての砲兵を叩き切るのは流石の人狼たちでも不可能だった。
六ヵ国連合軍の砲兵が砲撃を止めた理由のもうひとつ。
砲弾の備蓄に陰りが見えてきたからだ。
ブリタニア連合王国陸軍の将軍が憂慮していたように、兵站に支障が生じていたことが災いした。第1教導猟兵連隊の人狼たちの攻撃で砲弾の備蓄が破壊され、ただでさえ少ない砲弾は底を突きそうになっている。
これからは慎重に砲撃しなければならない。魔都ヘルヘイムを破壊しきるなどということは空軍部隊でなければ不可能となった。そして、その空軍部隊は到着していない。
「閣下。空軍の到着を待ちますか?」
「空軍を待っているような余裕はない。歩兵を進めろ。迫撃砲の砲弾は無事のはずだ」
「はっ」
迫撃砲は砲兵ではなく歩兵の装備になる。そして、迫撃砲弾には比較的余裕があった。市街地戦で火力負けすることはないだろう。
砲兵は魔王軍の砲兵の射程外まで撤退し、代わりに歩兵が前に出る。
まだ日は昇ったばかりで、魔王軍が得意とする夜戦の時間帯にはなっていない。
「魔族はどこだ……」
市街地は込み入っており、軍事城塞として機能している。
六ヵ国連合軍は分断を余儀なくされ、連携が取れなくなる。
「て、敵襲! 至近距離──」
そんな六ヵ国連合軍に地下から魔族が襲い掛かった。
突然の白兵戦に巻き込まれ、六ヵ国連合軍の歩兵が屠られる。朝であろうと魔王軍の魔族と白兵戦で勝利できるほど、人間はタフではない。せいぜい、ゴブリン程度ならば勝てるだろうが、オークや吸血鬼となると手も足も出ない。人狼など論外だ。
銃剣と銃剣が金属音を立ててぶつかり、魔王軍の歩兵が銃剣で六ヵ国連合軍の歩兵の喉や心臓を突く。六ヵ国連合軍も反撃を試みるが上手くいかない。
そして、ここに迫撃砲弾を撃ち込むわけにはいかなかった。
味方がいるのだ。味方ごと砲撃するなどできないし、味方の弾着観測は期待できない。彼らはパニック状態で撃破されていっている。
「片付いた、撤収だ」
「了解」
六ヵ国連合軍に砲撃を行わせない方法。
それは六ヵ国連合軍の歩兵と銃撃戦ではなく、白兵戦を挑むという物だった。それも奇襲を行うことにより、有利な状況で戦うのだ。
魔都ヘルヘイムに同時に展開できる戦力は限定される。魔都ヘルヘイムは市街地なのだ。波状攻撃はできても同時攻撃はできない。
波状攻撃ならば、まだ望みはあるとラインハルトは考えた。
同時に対処しなければならない戦力が少なければ、確かに勝算はゼロではない。兵士は疲弊し、弾薬も持たなくなるかもしれないが、それもまた戦争だとラインハルトは思う。戦争はそういうリスクのある行為で、リスクがあるからこそ盛り上がる。
「実に愉快だ」
ラインハルトは市街地での戦闘の音を聞きながらそう呟く。
悲鳴、銃声、悲鳴、金属音。砲声がないのは寂しいが、この魔都ヘルヘイムを守らなければならない以上は、敵の砲撃を許すわけにはいかなかった。
六ヵ国連合軍は確実に撃破されていっている。彼らは打撃を受け、一部の部隊は壊走を始めた。魔王軍は近衛軍も陸軍も逃がすことなく獲物を仕留める。
この軍事城塞として作られた魔都ヘルヘイムを陥落させることは難しい。一度目の攻撃の際は、六ヵ国連合軍は波状攻撃と、ガブリエルという切り札を使った。ガブリエルの攻撃は絶大で、魔王軍はなんら抵抗することもできず、斬り倒されて行った。
だが、今回はそのガブリエルは存在しない。
それが決定的な差となった。
六ヵ国連合軍は9個師団を擁していながら、たった2個旅団弱の戦力しかない魔王軍を攻めあぐねているのである。
これだから戦争は愉快なのだとラインハルトは歓喜する。
寡兵を以てして敵を倒す。そういうどんでん返しができる。それこそが戦争だ。これこそが戦争の素晴らしい点だ。戦況がどう流れるかなど、完全に予想できる指揮官はいない。それができれば間違いなく名将だが、そんな名将はいない。
何もかもが不確定。ナイフの刃の上で踊るようなリスク。
ああ。実に愉快だとラインハルトは思った。
この愉快さをもっと続けたい。戦争を続けたい。
そのための力は手に入れた。よろしい。戦争を続けようではないか。
「ふむ。このまま夜戦になれば逆襲できるな。今日中の決着も夢ではない、か」
戦争は甘美だが、いずれ終わりがやってくる。勝敗が決まるのだ。
勝敗の決まらない戦争というのも退屈なものだが、勝敗が付くことで終わってしまう戦争というのも悲しいものだとラインハルトは感じる。
「だが、この程度のことで諦めるようなものたちではあるまい。六ヵ国連合軍は一度は我々を破ったのだ。その誇りと英知を見せてくれたまえよ」
ラインハルトがそう言った時、六ヵ国連合軍にとっての騎兵隊が参上した。
空軍だ。
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