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無血開城の交渉

……………………


 ──無血開城の交渉



 ラインハルトはヴェンデルの呪血魔術で城門に出ると、見張りの兵士に合図をして城門を開けさせた。


 どうせ、この城門も六ヵ国連合軍の火砲の砲撃を受けたらあっさりと破壊される。そして、今展開している六ヵ国連合軍にはそれを可能とするだけの戦力が存在するのである。9個師団の砲兵の数はどれだけだ?


 少なくとも今の魔王軍より圧倒的に優勢であろう。たった5個大隊の砲兵とは比べ物にならない数の砲兵が展開しているに違いない。


「止まれ!」


「軍使だ。失礼、白旗を忘れた。これでいいかね」


 ラインハルトは自分に機関銃の銃口を向けてくる兵士たちに白いハンカチを振った。


「少尉殿、軍使を名乗るものが来ています!」


「待て、自分が案内する」


 少尉の階級章をつけた将校がラインハルトの前に出る。


「軍使殿。今から司令部にご案内する」


「どうもありがとう」


「こちらだ」


 ラインハルトは周囲からの視線をひしひしと感じていた。


 邪悪な魔族が現れたぞと誰もが表情を強張らせている。今にも銃撃が発生しそうなほど空気がピリピリとしている。


 それがラインハルトには心地よかった。彼らは戦争の中にある。彼らは戦争の只中にある。ここは戦場だ。まさしく戦場なのだ。いつ殺し合いが始まってもおかしくない戦場なのだ。その中に自分が存在する。


 実に滾る。これほどに興奮する状況もない。


 ひとつ間違えばラインハルトは蜂の巣にされるだろう。だが、残念なのは今のラインハルトはその程度のことでは死なないということだ。


 悪魔の体というのは肉の楽しみも奪ってしまうのだなとラインハルトは思う。純粋な精神体は思考はクリアになり、肉の体に影響されない。だが、あのアドレナリンが解放され、心臓が胸を叩き、恐怖に顔がひきつるような経験も奪ってしまうのだ。


 それが実に残念だとラインハルトは思った。


「閣下! 軍使殿をご案内しました!」


「ご苦労」


 ラインハルトは天幕の中に入るよう促される。


「……近衛吸血鬼か?」


「残念だが、外れだ。彼らの生みの親だ」


 ブリタニア連合王国陸軍の将軍はラインハルトの白髪と近衛軍の軍服を見て近衛吸血鬼だと思ったようだが、そうではないとラインハルトは犬歯を見せて示す。


「近衛吸血鬼の生みの親とは。まさか四天王ラインハルトか?」


「いかにも。私が四天王ラインハルトだ。もっとも四天王はもう私しか残っていので、こう名乗ることに意味があるとも思えないが。他の3人はあなた方に殺されてしまったのだらかね」


「これは戦争だ」


「その通り。あなた方に彼らを殺す権利があった。そのことを私は否定しない。そして、恨んでもいない。あなた方は堂々と戦い、堂々と彼らを討ち取ったのだ。どこにあなた方を非難するようなことがあろうというのか」


 ラインハルトは肩をすくめた。


「では、文字通り、交渉のテーブルにつこう」


 ブリタニア連合王国陸軍の将軍とラインハルトが司令部の椅子に腰かける。


「我々はそちらに無血開城を勧める。魔王軍が魔都ヘルヘイムから退去する間、我々は攻撃を一切行わないと約束しよう。魔都ヘルヘイムを引き渡してくれるならば、不要な流血は生じない」


「不要な流血とは? 我々は魔都ヘルヘイムを守るために血を流すことを無駄などとは思わないし、あなた方が魔都ヘルヘイムを奪うために流す血も尊いものだと認識しているのだが。どれも意味のある流血だ」


 ラインハルトは肩をすくめてそう返した。


「勝敗は目に見えているだろう。そちらは我々を道連れにできるかもしれない。だが、最後に勝者としてこの地に立っているのは我々だ。我々は勝利する。そちらは全滅する。それでも意味のある流血だと?」


 ブリタニア連合王国陸軍の将軍が抉るように尋ねる。


「この魔都ヘルヘイムが最初に陥落したとき、この魔都ヘルヘイムを守るために犠牲になった将兵の数をご存じかな? 彼らはこの魔都ヘルヘイムはもう守れないのだと分かっていた。それでも彼らは勇敢に戦ったのだ。我々はその意志を尊ばなければならない」


 ラインハルトは笑みを浮かべてそう返した。


「交渉する意志はあるのか?」


「もちろんだとも。我々の目的は交渉によって得られるものではない。交渉そのものにある。魔族と人間も時として話し合うことができる。そう思ってもらいたい。残念だが、今回はそちらの要請に応じられないが。私とは別の魔族とは上手くいくかもしれない。魔族を人間の言葉を模倣するだけの害獣扱いしないでほしい」


 ラインハルトはブリタニア連合王国陸軍の将軍にそう語った。


「要請に応じないというならばここまでだ」


「ああ。残念なことだ。我々はどうあっても殺し合う定めにあるようだ」


 ラインハルトが席を立つ。


「だが、覚えておいてほしい。伝えておいてほしい。魔族とも話し合えるということは。我々はこの事実が広まることを願うよ」


「そのようだな。確かに伝えておこう」


「ありがとう」


 ラインハルトはそう言って天幕を去った。


 また緊張感に満ちた陣地を潜り抜け、城門へと帰還する。


 そして、ヴェンデルのポータルを抜けると魔王城に帰還した。


「どうでしたか?」


 アルマがラインハルトが戻ってきてすぐに尋ねる。


「ああ。向こうは実に紳士的だったよ。そして、私は彼らの要求をのまず、彼らは我々の要求をのんだ。すなわち、魔族とも交渉できるという事実を広めてくれることに同意してくれたのだよ」


 ラインハルトはくつくつと笑う。


「これからはより高度な情報戦が求められる。その際に、魔族と交渉ができるという事実を彼らが知っているのは実に有益だ。情報戦は騙し合いだからね。彼らは我々と交渉できると思って行動する。我々はそれに乗り、征服する」


「交渉で征服するということですか?」


「今はまだ置いておこう。今重要なのは、彼らは魔都ヘルヘイムを攻撃するということだ。私が帰ったのを見計らって、彼らは砲撃を始めるだろう」


「では」


「魔王城の防衛については私が責任を持とう。アルマ、君も前線に向かいたまえ。だが、死なないように。六ヵ国連合軍の攻撃は苛烈なものになるはずだ」


「はい、閣下」


 ヴェンデルのポータルでアルマが前線に向かう。


「君はどうするかね、ヴェンデル? 君は前線に行ってもいいし、ここに残ってもいい。君のしたいようにするといい」


「じゃあ、前線にいくっす。ここにいてもなにもすることはないので」


「戦いから逃れることはできるぞ。君の嫌いな戦いから」


「戦いは嫌いっすけど、仲間は好きなので」


「正直な子だ」


 ヴェンデルの言葉にラインハルトは笑った。


 ヴェンデルは暗にラインハルトは仲間ではないと言っているのだ。


「さて、砲声が響くぞ。観測班は配置についた。敵砲兵の砲撃に砲撃で応じるのだ。魔都ヘルヘイムは今度こそ灰燼と化すかもしれない。それを防げるかどうかは私にも分からない。結果が分からないからこそ、戦争は楽しいのだ」


 ラインハルトがそう語り、腕を広げたとき、砲声が響いた。


 ついに六ヵ国連合軍と魔王軍の砲撃戦が始まったのだ。


……………………

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