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兵站の事情

……………………


 ──兵站の事情



 魔都ヘルヘイムは3度目の戦場となろうとしていた。


 魔都ヘルヘイムを包囲するようにして六ヵ国連合軍が展開し、火砲の砲口を魔都ヘルヘイムに向ける。だが、攻撃は始まらない。


 今、魔王領占領軍第2軍の総司令官を務めるブリタニア連合王国陸軍の将軍は、魔都ヘルヘイムを無血開城できないかと考えていたのだ。


 今の六ヵ国連合軍ならば魔都ヘルヘイムを廃墟にできるだろう。だが、それには膨大な量の砲弾が必要になる。そして、魔王領占領軍第2軍はこれから来た道を戻らなければならないのである。


 魔都ヘルヘイムを破壊したことで怒り狂った魔族たちに襲われた場合、砲弾が足りないせいで反撃できないという羽目になるになるかもしれない。それは実に望ましい展開とは言えない。最悪だと言っていい。


 だからこそ、魔都ヘルヘイムを無血開城できないかと考えたのだ。


 六ヵ国連合軍は魔都ヘルヘイムを奪還したという事実さえあればいい。自分たちの憂慮は隠しておき、魔都ヘルヘイムを破壊できるのだと事実を突き付け、魔都ヘルヘイムを破壊されるぐらいならば人間に明け渡すという流れになれば万々歳だ。


 何せ、強行軍のせいで補給部隊も多く撃破されてしまった。砲弾は一発たりとも無駄遣いできない。慎重に使わなければならないのだ。


 問題は魔族が交渉というものに応じるかどうかであった。


 魔族と交渉したという話はあまりにも少ない。ほぼないと言ってもいい。


 人間も魔族も捕虜など取ることはほとんどないし、価値観が違いすぎて話し合いにならない。一度停戦交渉を行おうとした将軍がいるが、彼は魔王軍に騙し討ちに逢い、死亡する羽目になっている。


 だが、今や圧倒的な戦力差がある状況ならば、交渉は上手くいくのではないかという楽観的な見込みがあった。


 少なくともブリタニア連合王国陸軍の将軍はここで交渉を成功させないと、自分たちが不味い状況に追い詰められることを認識していた。


『魔王軍に告ぐ。我々は諸君らをこの魔都ヘルヘイムから無事に脱出させる準備がある。魔都ヘルヘイムの無血開城に応じるならば、我々は諸君らを──』


 魔都ヘルヘイムに向けてスピーカーが叫ぶ。


「あのようなこと言っていますが、どうなさりますか?」


「都合がいい。魔都ヘルヘイムを彼らは落とそうと思えば落とせるはずだ。それなのに無血開城などを求めている。それは彼らの側に何らかの問題がある証拠だ。我々に補給部隊を叩かれたことが響いたのかもしれないし、相次ぐゲリラ戦で兵士の士気が下がり切っているのかもしれない」


 アルマが尋ねると、ラインハルトが彼女の横で展開する六ヵ国連合軍を眺めながら、そう語った。ラインハルトの読みは当たっている。


「では、彼らは戦えないと?」


「いいや。戦えるからこそ、あのような勧告が出せるのだ。完全なはったりというのは上手くいかないものだ。手札ある程度揃ってるからはったりを使える。恐らく戦えはするが、戦った結果として勝利しても不味いことがあるというところだろう」


「では、このまま無視を?」


「ふうむ。それは些か礼に欠ける。交渉する姿勢ぐらいは見せておいた方がいいだろう。私が交渉をしに行こう」


 そこでアルマがぎょっとした。


「危険です、閣下!」


「戦場で危険でない場所などあるかね? どこにいても、何をしていても危険だ。ならば、少しぐらいは私がその危険を引き受けよう。魔族とも交渉できるという実例をひとつ残しておけば、選択肢は広がるというものだ。そして、交渉は司令官同士で行うというものだよ、アルマ」


「……畏まりました、閣下」


 そこでラインハルトがくつくつを笑う。


「何も恐れる必要はない。心配する必要もない。今の私はかつての私とは大きく異なる。六ヵ国連合軍が私を殺そうとするならば応じるよ。ただ、そうなって欲しくはないものだな。少しぐらいは魔族に信頼を向けてほしい」


 ラインハルトは語る。


「そして、その信頼を土壇場で裏切る。信頼していた相手が裏切り、自分たちが窮地に陥る人間たちを見るのはきっと楽しい。実に愉快だろう。そうするためには、まず魔族とも対話ができるということを教えなければ」


 ラインハルトがそう言ってアルマの方を向く。


「ヴェンデルを呼んでもらえるかな? 彼の力で城門まで向かう。帰る時も同様に。交渉は行うが相手の要求には応じない。戦闘になるだろう。私はこの魔王城を守らなければならない。分かるね?」


「畏まりました、閣下」


 アルマがヴェンデルを呼び出す。


「え? 今の頭の悪い人間たちの要求に応じるんすか?」


 話をアルマから聞いたヴェンデルが目を丸くする。


「応じはしない。ただ、交渉するだけだ。そして、その交渉は決裂する。いずれにせよ、魔都ヘルヘイムは戦場となるのだ」


「そうすか。分かったっす。で、どこに送れば?」


「城門まででいい。君の呪血魔術は隠しておきたい」


「……了解っす。今、ポータルを開くっす」


 ヴェンデルはそう言い、結界を展開すると呪血魔術でポータルを作った。


「はい、どうぞ、閣下?」


「助かるよ、ヴェンデル」


 ヴェンデルはラインハルトがアルマすら従わせず、ひとりで交渉に向かったのを見届けた。そして、アルマの方を向く。


「アルマの姐さん。大将閣下は正気なんすか?」


「失礼ですよ、ヴェンデル。閣下は正気です。我々が疑うべきことではありません」


「でも、ひとりで交渉に、とは。以前の大将閣下なら考えられなかったすよね?」


「何が言いたいのですか、ヴェンデル?」


「はっきり言って、大将閣下は何か別のものに変わったんじゃないかってことです」


 ヴェンデルはそうはっきりと言った。


「……何を言うのですか」


「アルマの姐さんも薄々感じているでしょう? 大将閣下は以前とは違う存在だと。以前の大将閣下はあんな化け物みたいなドラゴンを使役していたっすか? どこからあんなものを呼び出して、顕現させ、従わせたっていうんです?」


「それでもラインハルト大将閣下はラインハルト大将閣下です。変わりはありません」


「そうすか……。別に反乱を起こそうとかそういう相談じゃないすけどね。ただ、どうして大将閣下が変わったのか、どうやって大将閣下が変わったのか、そしてその結果どうなるのかというのを話しておきたかっただけなんすけど」


「不要です。我々はただ従えばいいのです。ラインハルト大将閣下に」


 アルマがそこににやりと笑う。


「そうすれば閣下は甘美な戦いを与えてくれます。実に甘い勝利をもたらしてくださいます。我々が閣下に従っている限り、我々に問題など生じないのです。私は地獄へ進軍するとしてもラインハルト大将閣下に従いましょう」


「アルマの姐さん……。姐さんも向こう側の人間だったんすね。分かりました。何も言わないっす。大将閣下に従っておくっすよ」


「それでいいのです」


 アルマはそう言うとラインハルトが交渉に向かった六ヵ国連合軍の陣地を見る。


……………………

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― 新着の感想 ―
[一言] ヴェンデル、知らない方が良いこともあるんだよ
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