深夜の宴
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──深夜の宴
人狼たちによって迫撃砲の砲声が消えた代わりに悲鳴が響くようになっていた。林の中で、森の中で人間たちの悲鳴が響く。魔族たちには甘美な響きだ。
「もっとじゃんじゃん燃やしてやらないとな」
「そうですね。燃やして、潰して、魔王軍に歯向かうものを皆殺ししましょう」
ベネディクタとアルマが大きく動く。
彼女たちは包囲を畳もうとする六ヵ国連合軍が陣地を展開し終える前に襲撃し、呪血魔術を叩きつける。ベネディクタは相手を燃やし、アルマは潰す。どちらも人間たちにとっては大きな脅威であった。
「多段魔術、用意!」
そこに人類の編み出した新しい戦法が応じる。
白魔術の砲撃が複数の従軍魔術師を経由して、強力なものとなり、アルマたちに叩き込まれる。だが、それへの備えはもうできている。
多段魔術は数十名単位で複数人が一斉に浴びせれば脅威となるだろうが、一発、二発撃った程度では霧化して高速移動することの可能な近衛吸血鬼に当てることは難しい。そして、今の六ヵ国連合軍の歩兵部隊の編成では一斉に浴びせるには連隊規模の戦力が必要であった。ひとつの歩兵中隊や大隊に配属されている、従軍魔術師の数は少ないのだ。
それでも将来的にはこの多段魔術も脅威になるだろうとアルマは見ていた。
こちら側が籠城などで固定した陣地に立て籠もった場合、狙いを定めるのは野戦より容易だ。もしこの多段魔術をオークやゴブリンが受ければ瘴気も残さず蒸発する。吸血鬼であっても致命傷を負うだろう。
そして、人間たちは既に多段魔術の有用性に気づいているはずだ。将来的に歩兵小隊単位で専用の従軍魔術師部隊が編成されるのは明らかだった。
そうなれば、多段魔術が戦場で乱射されることになる。魔王軍にとっては大きな脅威だ。だが、魔王軍も多段魔術に相当する魔術を研究中だ。それが完成すれば一方的に撃たれるということだけはなくなるだろう。
「いずれにせよ、今は相手を潰すのみです」
多段魔術を放ってきた従軍魔術師たちをアルマが捻り潰す。
彼女は歩兵を次々に屠っていく。
ベネディクタも暴れていた。
彼女の場合は多段魔術を警戒する必要性は薄かった。
結界破砕弾を発射可能な37ミリ歩兵砲から最優先で潰し、従軍魔術師たちから根こそぎ魔力を吸い上げる。これだけでもう多段魔術を恐れる必要はなくなる。
「ははっ! 燃えろ、燃えろっ! 燃えちまえ!」
ベネディクタが炎を放ち続ける。
六ヵ国連合軍の将兵が火達磨になり、従軍魔術師は応戦することもできない。
次に展開してきた部隊が37ミり歩兵砲の狙いをベネディクタの結界に定めるが、それも砲弾を放つ間もなく燃やされてしまった。
37ミリ歩兵砲は1個歩兵連隊につき、たったの9門、その下の歩兵大隊に3門しかない。ベネディクタの火力の前にはあまりにも無力だ。
「突撃っ!」
「突撃っ!」
アルマとベネディクタが暴れまわった戦場にバルドゥイーンが指揮するガルム戦闘団が突撃してくる。既に機関銃も迫撃砲も歩兵砲も潰されてしまっている六ヵ国連合軍は深刻な火力不足を呈していた。
「続け! 敵に包囲などさせるな!」
バルドゥイーンも指揮官率先に則り、先頭で戦っていた。
彼は金属の槍を生成するとそれを雨あられと塹壕内の六ヵ国連合軍の将兵に降り注がせる。六ヵ国連合軍の将兵が串刺しにされ、息絶える。
「空軍の上空観測班が到着!」
「敵砲兵を狙わせろ。それで敵はお終いだ」
マキシミリアン率いる空軍の上空観測班が到着し、敵の砲兵の位置を特定する。
そこに向けて魔王軍が砲撃を始める。
夜間飛行能力があるのはドラゴンたちだけだ。六ヵ国連合軍の空軍部隊のフレスベルグは夜間飛行能力を有していない。
そのため迎撃の恐れなく、ドラゴンたちは砲撃を敵の砲兵陣地に誘導できた。敵の砲兵陣地が爆発を起こして吹き飛び、破壊されていくのを彼らは特等席から眺めていた。
砲兵はやがて完全に壊滅し、六ヵ国連合軍の計画は全て破綻した。
「どうなさるのですか、閣下! このままでは壊滅です!」
「包囲は失敗です! 食い破られました!」
悲鳴のように参謀たちが叫ぶ。
「……撤退を命じよ」
ガリエニ大将が苦々しい表情でそう命じる。
「しかし、このまま撤退できない部隊も……」
「殿は義務を果たせ。生き残れるものだけ生き延びればそれでいい。逃げるんだ。今は逃げろ。いずれ報復してやるのだ。あの魔族どもに」
もはや、それは命令ですらなかった。
ただのガリエニ大将の願望だ。生き延びられることを祈るという願望だ。
それもその願望を果たすために殿の部隊を犠牲にすることまで決めてしまっている。
「多大に命令を発しろ。このまま負けるわけには──」
ガリエニ大将がそう命じようとしたとき、司令部内に手榴弾が3発投げ込まれた。
「なっ……!」
対応しようとしたが遅すぎた。
鉄片に参謀もガリエニ大将も引き裂かれ、そのまま血の海に沈んだ。
ガリエニ大将は薄れゆく意識の中で司令部に迷彩服を纏った兵士たちが入ってきたのを確認できたが、そこまでだった。
「司令部、制圧完了」
「相変わらず司令部は脆いな」
生き残りを射殺してから、クラウディアが呟く。
「少佐殿、司令部要員が生かして捕まえろとのことでしたが……」
「余裕があれば、だ。今の我々に余裕があるか? 敵の陣地の真っただ中で捕虜を連れていけるというのか、大尉?」
「失礼しました、少佐殿」
ヴァルターが慌てて言葉を撤回する。
「気持ちは分かる、大尉。ここから生き残りを連れ出せればいい情報源になっただろう。相当高位の将軍だ、こいつは。フランク共和国陸軍大将。情報の価値は想像もできない。だが、我々の任務はまず生き延びることにある」
クラウディアがそう言って、ガリエニ大将の顔を確認する。
「書類を集めろ。何も残していくな。せめてもの土産だ。回収を終えたら、天幕に火を放て。書類を回収したことを悟られるなよ」
「了解しました、少佐殿」
ヴァルターが敬礼を送って書類を回収していく。
「さて、これであの戦争狂いも満足することだろう。一先ずは」
クラウディアは外に出てそう呟く。
「あの戦争狂いの最終目標はなんだ? 世界征服か? 魔王ジークフリートの間抜けでも成せなかったことを成して歴史に名を残すのが目的か? 私にはとてもではないが、そうだとは思えない。奴には別の目的がある」
「近衛軍の司令官が奴に心酔しているのが面倒だな。狂気に飲まれかけている。ああ。そうさ。戦争ほど甘美なものもない。人と魔族の一生が決まる場所だ。人と魔族の生死を決めるのはさぞや快楽だろう。駒を進め、陣地を奪い、勝利することは、どんな名酒より酔えることだろう」
がりっとクラウディアが奥歯を噛み締める。
「だが、巻き込まれる方はたまったものじゃない。死にたければ、戦いたければ、ひとりでやっていろ、狂人め」
クラウディアがそう悪態を吐く。
「だが、魔王最終指令がそうしろというのならば従うしかない。どうせ、私たちは戦うことしかできないんだ。ならば、これから地獄の底まで一緒に落ちてやるとも、ラインハルト大将閣下?」
六ヵ国連合軍の作戦は失敗した。
六ヵ国連合軍魔王領占領軍第2軍の司令官であるガリエニ大将の死は衝撃を以てして受け止められ、フランク共和国は暗澹たる空気が流れた。
指揮はブリタニア連合王国陸軍の将軍に引き継がれ、その将軍は前進を命じた。
戦いはまだ続く。
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