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罠に嵌める

……………………


 ──罠に嵌める



 六ヵ国連合軍の対ゲリラ作戦が開始された。


 本当はどのような作戦が正しかったのかということになるが、ゲリラは点しか支配できていないというところを突くのが、比較的正しい選択だ。つまり点と点で構成される敵ゲリラを地道に徒歩で街道だけではなく山林も進む歩兵で追い込んでいき、追い詰め、包囲し、殲滅する。


 もっとも、これは相手がただのゲリラだった場合だ。


 ただのゲリラは呪血魔術によって縦横無尽、神出鬼没に行動したりはしない。突然消えたり、現れたりしない。


 よって、六ヵ国連合軍の将軍たちが選択した作戦も外れというわけではない。


 だが、今の六ヵ国連合軍には焦りもあった。


 進軍スケジュールは当初のものならばもうとっくに魔都ヘルヘイムに到達し、魔都ヘルヘイムを攻略しているはずであった。


 それなのに魔都ヘルヘイムは今だ遥か彼方。六ヵ国連合軍の予定は大幅に遅れ、本国では戦争終結宣言は嘘だったのかという批判の声が上がっている。


 確かに戦争終結宣言はあまりにも早く出されてしまった。間違いだった。魔王軍の幹部ひとりを取り逃し、今だに多くの魔王軍残党が潜んでいる状態で戦争終結宣言を出したのは間違いであった。


 だが、政治家というものは一度口にした言葉を引っ込めるというのがとても難しい生き物なのである。それは自分の判断ミスを自白する行為であり、国家の命運を決める国策に過ちがあったと認める行為なのだ。


 政治家にとってそれは致命的だ。国策の過ちを認めるのは、政権が無能だったと言うことと同じであり、国民からすれば任せられないという判断になる。


 六ヵ国連合軍は程度の差はあれ、民主主義的政体を有する。ドナウ三重帝国も、ブリタニア連合王国も、立憲君主制と議会制民主主義という政治体制を取っている。


 後は選挙権がどの層に与えられているのかということだが、これはフランク共和国が普通選挙を導入したことに始まり、各国で参政権を求める運動が始まっている。ドナウ三重帝国が次に倣いそうであった。かの国は民族問題などもあって、不平不満は早急に解決しなければ、国家が分裂する危機に晒されているのである。


 なにはともあれ、スケジュールの遅れで本国政府の存続が脅かされているのはどの国も同じこと。それを解決するためにも早急な魔王軍の撃破が望まれ、今回の作戦に至ったのである。


 1個連隊規模の補給部隊が野営を始める。


 馬匹の数は数えきれず、馬糞の臭いが漂う。補給物資が兵士に横領されていないかを将校たちが確認していき、砲弾などの武器弾薬は炎から離れた場所に置かれる。


 補給部隊には彼らが囮であることは知らされていない。下手に知らせると行動にそれが出てしまい、敵が気づく可能性があるという参謀の指摘があったからだ。


 彼らは自分たちがおとりだなどと思わず職務に励んでいる。


 そして、攻撃は不意に始まった。


 突如して爆発が武器弾薬を運んでいた馬車の方向で起き、兵士たちが叫び声をあげる。弾薬は大爆発を起こし、衝撃波が野営をしていた兵士たちの焚火の炎を揺さぶる。


「敵襲! 敵襲!」


 補給部隊の兵士たちが叫ぶ。


「仕掛けないのですか?」


「敵を十分に引き付けたからだ」


 潜んでいる包囲殲滅のための部隊は待機していた。未だなお。


 補給部隊は応戦を試みて、護衛の部隊が機関銃や小銃で塹壕に入り応戦する。


 そこに近衛吸血鬼が姿を見せた。


 真っ白な髪。青ざめた肌。間違いなく近衛吸血鬼だ。


「全軍、突撃! 突撃!」


「全軍、突撃!」


 指揮官の号令で一斉に六ヵ国連合軍の部隊が補給部隊を襲った近衛吸血鬼たちを包囲しようと展開していく。


「砲撃要請、砲撃要請──」


 加えて獲物である魔族たちを逃がさないために火砲による砲撃も始まる。60ミリ迫撃砲、81ミリ迫撃砲、85ミリ軽野砲、155ミリ榴弾砲の全てが火を噴き、魔族の頭上や足元で炸裂する──はずだった。


「甘いですよ」


 だが、包囲されつつある近衛吸血鬼とはアルマであった。


 彼女は砲弾を呪血魔術で握りつぶすと空中で爆散させ、周囲に広がっていく六ヵ国連合軍の姿を夜の闇の中ではっきりと捉えていた。


「ベネディクタ、相手は我々を包囲するつもりのようです」


「おもしれえ。やれるもんならやってみろってんだ」


 ベネディクタが結界を展開する。


「焼けちまいな!」


 まずは補給部隊を始末する。微かに応戦していた歩兵たちが火だるまになる。


「そのまま魔力を吸い上げ続けなさい。例の多段魔術を使われるとこの数は面倒です。私は敵の火点を確実に潰していきます」


 アルマは呪血魔術で機関銃を装備した部隊を最優先で潰して行く。敵は味方が骨と血だけに変わったのを見て、悲鳴を上げ、逃げ散る。


 それと同時に火砲の砲撃に応じる。敵の発射間隔が短い軽野砲の砲弾を潰し、榴弾砲の砲撃を受け止めて放り投げ返す。


「マキシミリアンの奴はどうしたんだ?」


「空軍はもうすぐ上空に到達するはずです。そうすれば上空からの弾着観測も可能になるでしょう。今は敵を叩き続けるのみです。まもなく陸軍の第1教導猟兵大隊も合流します。陸軍に近衛軍の威信を見せつけるように」


「あいよ」


 ベネディクタは興味なさそうに頷くと敵を燃やし続けた。


 そして、六ヵ国連合軍側はこのままでは包囲を畳み切れないと判断したか、砲撃が激化する。迫撃砲は砲弾のあらん限りに砲撃を続け、軽野砲と榴弾砲も激しい砲撃を行う。



 アルマたちの攻撃を避けて、広がっていき、塹壕を大急ぎで掘り、急ごしらえの機関銃陣地を作る六ヵ国連合軍。近衛吸血鬼相手に煙幕は意味がないと分かっているので、手の空いている迫撃砲は引き続き照明弾を打ち上げている。


 上空の光で明々とアルマたちが照らし出される。


 だが、不意に砲撃が止まる。迫撃砲が砲撃を止めて、静かになった。


「どうやら第1教導猟兵大隊が合流したようです」


「人狼の奴らの戦いぶりを拝ませてもらおうか」


「恐らくは無理でしょう。彼らは静かに、気づかれることなく獲物を仕留めます」


「すげーな。敵の迫撃砲が壊滅したっぽいぞ」


 あれだけ響いていた迫撃砲の砲声はもう1発たりとも聞こえない。


「撃つなよ。友軍だ」


 そう言って林の中からヴァルターが姿を見せる。


「迫撃砲を仕留めてくださったので?」


「正確には鹵獲した。使い方は知っている。これから敵歩兵を砲撃する。そちらの通信兵に迫撃砲部隊は味方だと伝えてもらえるか?」


「分かりました。伝えましょう」


「助かる──りますた、少将閣下」


 そこでヴァルターはアルマが少将の階級章をつけていることに気づいて敬礼する。


「今さら畏まらなくて結構です。それより他に注意すべき点は?」


「今のところはそれだけです、閣下。連絡を頼みます」


「分かりました」


 ヴァルターはオオカミ化すると林の中に消えた。


……………………

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[一言] 包囲を読んでたわけじゃないけど、警戒はしてたのかな?
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