六ヵ国連合軍の動き
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──六ヵ国連合軍の動き
六ヵ国連合軍は4個師団が壊滅した時点でようやく鉄道輸送は危険だということに気づいた。それまで彼らは兵力の展開に遅れがあるのは、鉄道輸送のせいではないと思っていたのである。
六ヵ国連合軍魔王領占領軍第2軍の司令官であるガリエニ大将は鉄道輸送を停止することを命令し、徒歩と馬車での移動を命じた。
これには今回の不始末の早期決着を求める政府から反発が生じたが、これ以上の損害を出せば、世論はもっと政府を批判するだろうと黙らせた。六ヵ国連合軍の加盟国の将軍たちにも協力を願い、鉄道輸送は完全に中止された。
歩兵は歩き、戦える状態で移動する。
だが、六ヵ国連合軍の部隊がいつ襲撃されるか分からない状態は続いていた。
魔王軍近衛軍ガルム戦闘団はヴェンデルのポータルによって神出鬼没であり、突然後方部隊が襲われて壊滅し、進軍が停止するということも相次いだ。それに加えて、進軍が停止し、物資の補充が怪しい部隊に魔王軍が襲い掛かるのだ。
アルマが遠方から砲兵を叩き潰し、ガルム戦闘団の砲兵が火を噴いて敵の歩兵を薙ぎ払い、ベネディクタとともにガルム戦闘団の兵士たちが敵に突撃する。
師団も常に纏まって移動できるわけではない。狭い道や森林地帯では分散して前進するしかない。いくら六ヵ国連合軍が18個師団で攻め込んで来ようと、18個師団の戦力がひとつの戦場に常に集結するのは不可能だ。
師団1万5000名の兵士が18個ともなれば、ひとつの街道で移動したとすれば、恐ろしい長さの隊列が出来て先頭が戦っているときに後方は未だに進軍中ということになってしまうのである。
故に現代の規模が巨大化した軍隊は分進合撃という形を取る。
事前に決戦地点を決め、そこに向けて複数のルートから進軍し、現地で合流して戦うという方法だ。これならば、複数の師団が一斉に戦えるというわけである。
だが、これは外線作戦であり、各個撃破されるリスクがある。
まさにそのリスクが六ヵ国連合軍を襲っていた。
魔王領に対し外側から分散しながら、一点に向けて進む六ヵ国連合軍は魔王軍のゲリラ的攻撃を繰り返し受け、1個大隊、1個連隊、1個師団と次々に損耗していった。
特に夜間攻撃が酷かった。
魔族にとって夜戦ほど有利な環境はない。近衛吸血鬼も、吸血鬼も、人狼も、夜に攻撃することを好む。そして、逆に人間は夜になると様々な制限を受け、戦えなくなってしまう。魔王軍はそのため好んで夜戦を仕掛けた。
六ヵ国連合軍も繰り返される魔王軍の夜襲を前に『全ての火砲と銃火器を以てして、敵の突撃を粉砕する』という戦術を編み出した。最終防護射撃と呼ばれる戦術だ。37ミリ歩兵砲から迫撃砲、機関銃、小銃に至るまで全ての火力が敵の気配のした場所に叩き込まれる。まさに最後の防衛戦闘というわけだ。
これにより魔王軍も夜戦で被害を出し始める。吸血鬼も、近衛吸血鬼も損耗した。
だが、それでも夜襲は続いた。
要は気づかれなければいいのだ。
音もなく野営地に忍び寄り、歩哨の喉笛を掻き切り、陣地に向けて手榴弾と梱包爆薬をありったけお見舞いする。
爆発によって敵がパニックに陥った時にはもう遅い。魔族は防衛線の内側にいる。魔族たちは兵士たちを次々と殺していき、朝になれば、死体すら残らず、血だまりだけが陣地に残されるという猟奇的光景が広がった。
この手の戦術を得意としたのは第1教導猟兵大隊の人狼たちだ。
彼らは夜襲のエキスパートだ。音もなくギリギリまで敵に気づかれずに陣地を制圧する手段を知っている。たったの1個大隊の戦力だが、1個連隊の野営地を制圧することも余裕であった。
こうなってくると六ヵ国連合軍に求められるのは真正面から敵と戦う従来の戦争ではなく、神出鬼没のゲリラを相手にする対ゲリラ戦となってくる。
これについては六ヵ国連合軍も、そして魔王軍すらもあまり経験がなかった。
ゲリラ戦というのは人狼たちが敵の軍服を着て後方に忍び、サボタージュや暗殺、橋などの要衝の確保に当たるというものも含むが、それが全てではない。
これは敵との決戦を避け続け、敵の野営地や後方部隊を襲うものだ。正面からの決戦に応じない。敵に物理的・精神的損耗を負わせながらも、陣地の占領や敵の包囲殲滅という派手な軍事行動は行わない。そういうものである。
今の魔王軍はまさにゲリラ戦を戦っていた。
だが、それにどう対応すればいい?
それが分かる人間は魔王軍にも、六ヵ国連合軍にもいなかった。
現代に入ってからゲリラ戦をここまで組織的に行った軍隊は存在しない。かつての魔王軍──魔王ゲオルギウス時代は小規模ながらゲリラ戦に近いことを行っていたが、あれはゲリラ戦というよりただの山賊に似た行動だった。
だが、今の魔王軍は徹底してゲリラ戦を行っている。
「どうするべきだと思うか、意見を聞きたい」
六ヵ国連合軍の魔王領占領軍第2軍の司令官であるガリエニ大将がそう尋ねた。
「ただでさえスケジュールが遅れているのに、これ以上遅れれば本国に影響する。ここは一気に魔王軍主力に対して決戦を挑むべきなのでは?」
「その決戦に魔王軍が応じそうにないから困っているのだ。決戦どころか、正面からの会戦にすら応じない。常に不意打ち。後方部隊は大打撃を被っていて、兵站将校たちが悲鳴を上げている。何か策を練らなければなりませんぞ」
「だが、こんなものどうしろと?」
六ヵ国連合軍を加盟国を代表する将軍たちが唸る。
「敵がどうあろうと決戦に応じざるを得ないのは魔都ヘルヘイムだ。あそこを守るためには魔王軍も決戦に応じるだろう。だが、そこまで辿り着くまでにどれほどの損害が出るか。ここは相手の行動に合わせてこうどうするべきではないだろうか?」
「と、言いますと?」
「相手は少数の部隊が突発的に攻撃を仕掛けるという戦術を取っている。本来はこちらの方が火力も戦力も上だ。敵が出てきたところをただ応戦するのではなく、包囲殲滅する方向に持っていけないだろうか?」
ガリエニ大将がそう問いかける。
「確かに敵が少数であれば包囲は可能だろう。だが、我々の後方部隊を襲われたときなどはそのようなことは不可能だ」
「その後方部隊を囮にする。後方部隊の傍に大規模な戦力を潜ませ、敵が出てきたところで一挙に仕掛けるのだ。これならば火砲の火力も発揮できる」
「確かに生贄の羊さえいればどうにかなりますな」
ブリタニア陸軍の将軍が少しばかり皮肉気にそう言った。皮肉なのはブリタニア連合王国の国民性のようなものだ。
「では、この方向で進めるということでいいだろうか?」
「しかし、敵がどの後方部隊を狙うのかまでは誘導できないのでは?」
「とびっきりの獲物を用意してやるのだ。大規模な補給部隊を編制し単独で前線に向かわせる。そして、夜間に野営する。照明弾はどの部隊も保有しているだろう」
「なるほど……。乗りましょう。我々からも部隊を出します」
ドナウ三重帝国陸軍の将軍が頷く。
「ありがとう。では、この方向で魔王軍をなんとしても捕捉し、殲滅しようではないか。敵に悟られぬよう行動を開始。作戦は補給部隊の編成が完了し次第開始される。詳細は追って伝える」
「了解」
こうして六ヵ国連合軍のゲリラ狩りが始まった。
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