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指揮官率先

……………………


 ──指揮官率先



 手前で止まった結界破砕弾。


「ベネディクタ様のお出ましだ! 雑魚どもは焼けちまえ!」


 そう、ベネディクタである。


 ベネディクタは結界を張り直すと、結界破砕弾を放ってきた装甲列車に狙いを定める。列車の乗客たちから魔力を吸い上げ、火力としてぶつける。


「うわあああっ!」


 結界破砕弾を装填中だった37ミリ砲が砲弾ごと燃え、暴発する。


 先頭車両の装甲列車はそれで戦闘不能になり、次は後方の装甲列車が応戦する。


「爆ぜろ」


 そこで37ミリ砲と機関銃の砲身と銃身がねじ曲がり、砲弾は腔発を起こし、機関銃は弾詰まりを起こして射撃できなくなる。


「潰れろ」


 それから装甲列車そのものがぐしゃりと地面に押しつぶされた。


「やるねえ、アルマ少将閣下」


「当然です。指揮官率先は魔王軍の習わし。指揮官が戦ってこそ、部下も戦うのです」


 ベネディクタの言葉にアルマがそう返す。


 アルマのような将官が現場に立つのは何も魔王軍が末期状態だからというわけだけだからではない。そこには魔族の習性というものがある。


 魔王軍の原初の発生は有力な魔族に他の魔族たちが集まったことで起きた。


 つまり、魔族とは自分たちより強い魔族に従うという習性があるのだ。このことは軍においても同様だった。頭脳に優れた指揮官が後方で指揮を執るよりも、前線で腕っぷしに優れた指揮官が暴れまわる方が魔族の士気は上がるのだ。


 なんとも非合理的と言ってしまえばそれまでだ。確かにこれでは後方の指揮官の存在や、後方から前線を支える輜重兵や技術者の存在が無視されかねない。


 だが、魔王軍がそれをよしとして進化していったものなので、今も指揮官率先と言って、前線に佐官や将官が戦うために姿を見せることがあった。


 そのせいもあり、優秀な指揮官が大戦末期に押されてくるとバタバタと死に、魔族は混乱状態のまま六ヵ国連合軍の大攻勢を迎えることになったのでる。


 それは負けるのも当然だ。指揮官という頭を潰された軍隊の機能は限定的だ。


 他の部隊との連携はできない。戦術的行動はとれない。撤退していいのかどうか分からない。そんな混乱した状態で魔族たちは次々に撃破されてしまい、それに加えてガブリエルの猛攻もあり、戦線は崩壊した。


 そして、最後は魔王ジークフリート自らが指揮官率先をやり、ガブリエルに撃ち倒されたのである。


 これが魔族と人間の致命的な違いだ。魔族は戦いで力を示さなければ指示に背かれるという危険性がある。だが、その分、指揮官は強力な力を持つ。アルマのように優れた力の持ち主が司令官に就任するのである。


 もっとも、指揮官に適しているかどうかを判断せず、力だけで人事を決めてしまうことも魔王軍敗退の原因だったのだろうが。


 何はともあれ、指揮官率先も今は有効だ。


 近衛軍司令官であるアルマが戦場に姿を見せ、絶大な力を振るったことで魔王軍の士気は大きく高まった。吸血鬼たちは車両の中に向けて突撃し、銃剣で敵を滅多刺しにする。オークの射手とゴブリンの装填手からなる重機関銃班も射撃を継続し、人間たちを蜂の巣に変えていく。


「敵車両はほぼ壊滅状態です、バルドゥイーン准将閣下」


「ご苦労」


 バルドゥイーンも戦場に姿を見せていた。


 指揮官が戦場に姿を見せるということは、参謀たちもそれに続くことになる。故に魔王軍の指揮通信機能はほとんど場合、移動式のものだった。馬車の荷台に大形無線機を載せ、参謀たちは司令官とともに戦場に向かう。


 そのため参謀の戦死率も高かった。これもまた大戦末期になると魔王軍に響いてくる。参謀も司令官もいなくなった軍隊というのは、もはや近代的な軍隊として機能する条件を失っていると言っていい。


 大戦末期には多くの部隊がその状況にあり、司令官と参謀が即席で配置されては戦死するのを繰り返していた。魔王軍の戦略・戦術的な能力は下降する一方なのに、六ヵ国連合軍は戦うたびに強くなっていくのだから、勝てるはずの戦いも勝てないはずである。


 指揮官率先は確かに魔族の士気を上げ、不可能な命令にも従わせる力を有するが、問題のあるシステムであることは明白であった。


「しかし、我が軍にもあのサイズの砲が欲しいな」


 バルドゥイーンは先頭で燃え上がっている37ミリ砲を指さす。37ミリ歩兵砲を砲塔化したものなので、当然ながら37ミリ歩兵砲としての役割を果たす。


 魔王軍にはないサイズの火砲だ。このサイズの火砲は間接照準射撃という今の砲兵の常識的な攻撃手段に使われるのではなく、歩兵が敵の歩兵の隊列を薙ぎ払うために使用するものである。魔王軍では機関銃がその役割を担っているし、六ヵ国連合軍にも当然機関銃はあるが、一度の砲撃で及ぼせる影響は断然歩兵砲に利がある。


「しかし、これ以上火砲の種類が増えますと補給に影響します」


「そうだな。兵站もいずれは考えなければならない問題になってくる。今はヴェンデルがいるからいいものの、将来的に戦線が引かれ、戦域が拡大したときには、ヴェンデルひとりに頼ってはいられなくなるだろう」


 兵站参謀が述べるのにバルドゥイーンが唸った。


 今の近衛軍ガルム戦闘団にはヴェンデルの呪血魔術という反則的な輸送手段がある。だが、それも近衛軍に1個旅団しか存在せず、戦線も定まっていないからだ。


 これあから戦線が定まり、戦域が拡大すれば、そして近衛軍がかつてのように数十個師団を擁するようになれば、ヴェンデルの呪血魔術はここぞという時のものになるだろう。兵站は人間と同様に、地道に行わなければならない。


 兵站は甘く見ると痛い目を見る戦争の要だ。


 魔王軍も六ヵ国連合軍も馬車に頼った兵站を行っている。馬車は馬車そのものが飼い葉や水を必要とし、かつ速度も荷物を載せた状態では遅い。


 そして、指揮官率先のような戦場での誉れを求める魔王軍においても、勝利を急ぐ六ヵ国連合軍でも無視されがちなものであった。


 何といっても兵站は整っていれば整っているに越したことはないのだが、必ずしも兵站が万全でないと勝利できないというわけではないのだ。兵站を無視して、速度を重視して進軍し、そして勝利した将軍たちも数少なくない。


 だが、兵站を無視し続ければ、いずれツケを支払わされる。砲弾も銃弾も不足し、兵糧は尽き、水はなくなり、兵は戦うこともできず、飢えと渇きで地獄の苦しみを味わいながら死んでいくことになる。


 魔王軍の魔族は飢えることも乾くことも少ないが、武器弾薬の欠乏は致命的だ。戦えなくなった部隊は包囲され、殲滅されることになる。魔王軍が負け始めたのも、丁度兵站が限界を迎え始めていたころだった。


 六ヵ国連合軍はこの問題に鉄道という答えを出した。鉄道で物資を移送し、大規模な軍隊の兵站を支える。実に賢い。兵站を軽視しきり、全てを馬車に頼った魔王軍とは実に対照的である。


「火砲はともかくとして、あの鉄道は我々も運用できるようにならなければな」


 だが、敗者は失敗に学ぶ。


 魔王軍は今度は兵站を軽視して、戦えなくなることはなくなるだろう。


……………………

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― 新着の感想 ―
[一言] 食料は無視して武器類だけに兵站を集中できるのはすごい強みだな
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