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忘れられし旧都クルアハン

本日1回目の更新です。

……………………


 ──忘れられし旧都クルアハン



 閲兵場では既にヴェンデルが撤退の準備を済ませていた。


「座標はクルアハンの中央広場になっているっす。全軍を収容するには手狭ですが、あそこで他に広い場所なんていうものは見当たらないっすからね。とりあえず、ポータルだけは作るんで、部隊は向こうで纏めてほしいっす」


「ああ。上出来だ、ヴェンデル。成長したね」


「……そりゃ、何百年と吸血鬼やってるっすからね。おかげさまで」


 ヴェンデルはラインハルトにそう言って、ラインハルトから視線を逸らした。


「では、撤退だ、諸君。屈辱だろう。恥辱だろう。惨めだろう。だが、我々は魔王最終指令の下、戦い続けなければならない。決してここで戦いを終えてしまうわけにはいかないのだ。我々は戦い続ける。そして、その先にある何かを手にする」


 魔族たちはその何かこそが栄光であり、勝利であると確信していた。


 その先に本当に何があるのか分からないラインハルトとは違い。


「ここに魔王軍四天王として、近衛軍大将として、摂政として、上級集団司令官として、そして魔王最終指令の執行者として命じる。我々は撤退する。明日の戦いのために、明後日の戦いのために、これから永遠と思われるほどに続く戦争のために」


 ラインハルトが拳を突き上げる。


「我々は確かに一度敗北し、屈辱を味わった。だからこそ、諸君らは強くなれる。今日死ぬことは明日戦うことを放棄している。死は逃亡だ。ここでの死は敵前逃亡だ。それは決して許されない」


 魔族たちがラインハルトの言葉に聞き入る。


「諸君、命じる。戦い続けろ。終わりの時が来るまで戦い続けろ。決して敗北と死に甘んじるな。生きて、戦え。戦いのために生きろ。全てをこの未曽有の闘争に、その命をこの戦争のために活かせ。許可がなければ死ぬことすら許さぬ」


 ラインハルトが拳を振り下ろす。


「これより戦いこそ我々の存在意義となる! 戦え! 存在意義を示せ! 諸君らはたとえ1個旅団の敗残兵なれど、世界が恐れる敗残兵となるとなるだろう! 六ヵ国連合軍の将兵たちは再び魔王軍の恐怖を思い出すこととなる!」


「我々に戦いを! 戦いを、大将閣下! 戦いを、摂政閣下! 戦いを、上級集団司令官閣下!」


「よろしい。戦いを与えよう。戦うということは我々の唯一の使命である」


 そして、ヴェンデルの方をラインハルトが向く。


「ポータル展開」


 ヴェンデルがそう唱えると光の壁が閲兵場に出現した。


「さあ、行こう、諸君。戦いのためにはまずは準備が必要だ。また敗北の恥辱を味わわぬためにも、な」


 ラインハルトが光の壁の向こうに消える。


 それから魔族たちがひとり、またひとりと光の壁に向かっていく。


 それが集団となり、1個旅団と数個大隊の戦力が光の壁の向こうに消える。


「ご苦労、ヴェンデル」


「俺にできることと言ったらこれぐらいっすからね」


 アルマが言うのに、ヴェンデルは肩をすくめた。


 空間操作。それがヴェンデルの有する力だった。


 結界魔術であり、結界内でしか発動しない。今、ヴェンデルは魔王城の閲兵場とクルアハンとに結界を張り、両者を結びつけた。


 そして、大規模な兵力の一瞬の移動が可能になるのだ。


 もっとも、いつもこうできるというわけではないが。


「姐さん。気を悪くしたら申し訳ないっすけど、ラインハルトの大将。ちょっと人が変わったと思いませんか?」


「どうしてそう思ったのですか?」


「いや。これまでは四天王の中では地味で、自分から何かをするような人ではなかったイメージがあったから、さっきの演説といい、魔王最終指令の執行者を名乗ることといい、何か変わったような感じがするんすよね」


「そうですね……」


 ラインハルトには違和感があった。


 彼は四天王の中では末席、つまり最弱の存在だった。


 目立つこともないし、とりわけ大きな戦功というと“クラウン川撤退戦”ぐらいのものである。味方の被害を最小限に押さえて撤退を完了させた。それぐらいの戦功しかないのである。それも魔王軍が敗北を重ね始めた段階での活躍である。


 戦争が魔王軍にとって優位だったころには、彼は魔王軍の戦いに従軍こそすれど、目立った戦功もなく、ただ作戦に参加していたというイメージしか湧かない。


 それが、今になって絶大な権力を手にし、多大な存在感を放っている。


「何か妙な事の前触れでないといいんっすけど」


「我々はラインハルト大将閣下を信じるしかありません」


 ラインハルトこそが今の魔王軍において最上位の軍人であり、魔王最終指令を託された人物である。ラインハルトの様子がおかしかろうとなんだろうと、アルマたちはラインハルトに従って、戦うしかないのだ。


「分かったっす。なら、信じてついていきましょう。その先が地獄だろうと」


 ヴェンデルはそう言って、アルマにポータルを潜るように促す。


「ええ。信じてついていくのです」


 アルマがポータルを通り、最後にヴェンデルがポータルを潜る。


 そこで結界は消失し、ポータルも消えた。


「ここが忘れられし旧都クルアハン」


 クルアハンは完全に街だった。


 廃墟のようでありながら、建物の破損はすくない。まるで何かの災害が起きて、大勢が逃げ出していったかのような、そんな様子だった。


「クルアハンが何故放棄され、忘れられたのか知っているか、アルマ」


「大量の瘴気の発生でしたね」


「そうだ。ここで4体の邪悪なるドラゴンが殺し合い、3体が屍を晒した。ドラゴンから漏れ出る瘴気によって都市は汚染され、魔族ですら住むことができなくなった。そうであるが故に、人間たちも近づこうとはしない」


「ですが、今のこの瘴気は……」


「そうだ。この地を汚染していた瘴気は薄れていき、やがてほぼなくなった。今でも危険な場所はあるが、ほとんどの場所は問題ない」


 ラインハルトはそう言って地面に手を伸ばす。


「ふむ。危険な場所でも致死量ではなくなっている。暫しの間、ここで軍を再編し、次の戦いに備えよう。それからバルドゥイーンを後で呼んでもらえるか?」


「畏まりました。ラインハルト大将閣下はどちらに?」


「仮にも魔王最終指令の執行者だ。あるべきところにあらねばなるまい。あそこだ」


 ラインハルトが指さすのは魔王城に比べると小さな城塞だった。


「クルアハン城。ここが今のような状態になるまでは歴代の首長が座していた城だ。この旧都が栄えていたときには、あの城に座すものは莫大な富と権力を手にしていた。私はあそこに居を構えようかと思っている。まあ、仮初の司令部だが」


「クルアハン城……。了解しました。そのように」


「では、よろしく頼むよ、アルマ。君のことは信頼している」


 アルマは心の底を見抜かれたような気がした。


 僅かに芽生えたラインハルトへの猜疑心を、ラインハルトは見抜いているのではないかと。アルマはそう考えて表情を強張らせた。


「補給も考えなければならないが、幸いにしてこのような時に備えていた」


 ラインハルトは城に向かう。


……………………

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