各個撃破
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──各個撃破
ラインハルトの予想したように六ヵ国連合軍は鉄道での戦略機動を行い、1個師団より小さな単位で部隊が移動していた。
というのも1個師団というのは1万5000名近い戦力となる。それに加えて、軍馬や火砲などの装備が加わるのだ。それら全てをひとつの編成の鉄道で輸送できるほどの出力を、今の六ヵ国連合軍の機関車は有していなかった。
移動は軍においてもっとも重要な任務と言える。
戦闘よりも重要だ。移動ができなければ戦闘にすらならないのだから。いかにして効率よく、かつ確実に大規模な戦力を移動させるかについて、六ヵ国連合軍は常に研究を重ねてきていた。
彼らはその結果として鉄道師団というものを組織し、レールの敷設から鉄道の運行管理までを一手に担う部隊を利用した。鉄道師団は今回の作戦でも動員されているが、彼らは新しく派遣されたのではなく、現地に駐留していた部隊だ。
というのも魔王領の植民地化という議題が六ヵ国連合軍加盟国の間で持ち上がっていたからだ。魔王領は荒れた土地であるが、将来的に地下資源の採掘が見込めるかもしれないし、そもそも権力の空白地帯を作るべきではないという意見があったからだ。
鉄道師団は植民地化を見越して、鉄道の敷設を行っていた。植民地化の上で重要なのは人と物の流れを作ることである。すなわち、鉄道を敷くことである。
鉄道師団はこれまで魔王領内に鉄道網を敷設してきた。
それが今回の戦いに使われようとしている。
ラインハルトは集結する前に叩いてしまうことが勝利に繋がると言ったが、それなれば六ヵ国連合軍は集結してしまえば勝利できる。
スピード勝負だ。だからこそ、移動は重要なのだ。
「異常はないか?」
「はっ。見張りを密にしておりますが、異常はありません」
そして、当然のことながら、六ヵ国連合軍も移動中に襲撃されることは想定している。そのための武器も準備しておいてあるのだ。
「装甲列車、か。未だに実戦経験はないが……」
そう、装甲列車である。
車両前方と後方に接続されたライフル弾ならば余裕で弾くだけの厚みの装甲を有し、かつ攻撃手段として37ミリ歩兵砲を砲塔化したものと機関銃を装備している。37ミリ砲は刻印弾も結界破砕弾も使用可能だ。
これで将兵が移動の間、襲われるリスクは少なくなった。
「しかし、上層部も困ったことをする」
「と、言いますと?」
「彼らは戦線があると思って鉄道を運用している。だが、実際は?」
そう、軍上層部は間違った認識でいた。
鉄道輸送は確かに迅速に兵士を展開できる手段だ。大勢に兵士を一挙に輸送し、展開させることができるのである。
だが、それはあくまで戦線後方での話だ。
戦線が存在するという前提の上に成り立った話だ。
「今の魔王軍との戦いに戦線は存在しない。魔王軍はどこにどう出没してもおかしくない。それなのに、こうしてうのんびりと鉄道輸送を行っているなど、敵に襲撃してくれと言っているようなものだ」
鉄道師団の将校が愚痴るように、魔王軍との戦いに今は戦線は存在しない。魔王軍は神出鬼没なゲリラとなり、突然襲い掛かってくる。後方も前線も存在せず、全てが戦場。この状況では鉄道での展開は命取りだ。
「ですが、18個師団に徒歩で展開しろとは言えませんよ」
「いや、いうべきだった。今の状況では火砲の砲撃も不可能だし、兵士たちは敵の砲撃からも守られない。以前、魔王領に進行したように徒歩で、確実に侵攻し、戦線を形成するべきだったのだ」
戦争は終わったという宣言が影響してるのだろう。
六ヵ国連合軍の将軍たちは早期決着と目立つ戦果を挙げることを求めている。今の戦争終結を宣言した与党が選挙で勝てるように、と。
だが、戦争は終わっていない。魔族の脅威は健在だ。
鉄道師団に所属する将兵ならば、魔王領に駐留する将兵ならば、それが分かっている。戦争は終わってなどいないと。魔王軍はいつ襲撃してくるか分からない脅威であると。そう分っているのである。
特に魔都ヘルヘイムが奪還されてから、魔王軍残党の活動は活発化した。
吸血鬼に指揮されるゴブリンやオークが、人狼たちが、六ヵ国連合軍を襲う。
鉄道師団も魔王軍の破壊工作と攻撃を受け、ギリギリの状態にあった。鉄道師団はそもそも工兵的な部隊であるため、砲兵などの有力な火力部隊を有していないのだ。
「この輸送が問題なく終わるならばいいのだが……」
将校は装甲車両の中で呟く。
列車に乗っている将兵たちはもう勝ったような気分だった。
彼らは戦争が終わったという政府発表を信じている。自分たちがこれから向かうのは魔王軍の残党を少しばかり掃討するためだと思っている。
兵士は勝利を味わうと弱くなるというが、それは六ヵ国連合軍でも例外ではなかった。彼らは戦争終結宣言で戦勝気分に浸り、弱くなっていた。以前のような試練には今すぐには耐えられないだろう。
「前方。線路に破損あり」
「停車。周辺警戒を密にせよ」
装甲車両に備え付けられた37ミリ砲と機関銃が周囲に向けられる。
「点検し、可能であれば修理する。来い」
「了解」
将校は部下を引き連れて破損した線路に向かう。
「爆発物を使った破壊工作だな。まさか、待ち伏せ……!?」
将校は周囲を見渡す。
だが、ここは待ち伏せに向ている場所とは言えない。見晴らしのいい平原で、魔族でも隠れる場所などない。将校はそのことにひとつ息を吐く。
「線路の修復作業を進めろ。私は乗客の指揮官に警告してくる」
だが、念のため、乗っている部隊の指揮官に警告を発することにした将校は、停車した鉄道車両に向かっていく。
その時だった。突如として銃声が鳴り響いたのは。
「なっ……! 魔族!? どこから!?」
突如として現れた魔族の群れが列車に襲い掛かる。
吸血鬼が霧化による高速移動で梱包爆薬を車両に投げつけて吹き飛ばし、オークとゴブリンの機関銃の射手が車両を滅多打ちにする。
「応戦しろ!」
装甲列車の37ミリ砲がキャニスター弾を魔族たちに叩き込む。刻印弾のそれを受けた魔族たちが一瞬怯むも、戦いの流れを決めていたのは魔族たちだった。
梱包爆薬と機関銃によって乗車したままの兵士たちなすすべなく撃ち倒されて行く。辛うじて武装を手にした兵士たちも不意を打たれたことで混乱している。
「どうなってる! 反撃だ! 友軍が武装するまでの時間を稼げ!」
「しかし、指揮官殿! 相手が多すぎますっ!」
機関銃の銃身が焼けただれんばかりに射撃を行い、37ミリ砲も豪快な射撃を繰り返しているが、魔族は次から次に湧いてくる。
「一体どこから……」
将校が荒れ地を見渡す。
「あったぞ。あそこだ! あそこに結界がある! きっと呪血魔術だ。結界破砕弾を装填! 狙いを定めろ!」
「了解!」
装填種が37ミリ砲に結界破砕弾を装填し、狙いを結界に定める。
だが、砲弾が目標の結界に到達することはなかった。
何故ならばその手前に新しい結界が展開し、砲弾を受け止めたからだ。
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